第5話 テンプレを攻略せよ
ずーっとコウヤのターンだぜ
『う、あぁ……。』
あぁ……何だか頭が痛いし、身体も重い。取り敢えず、状況確認だけでもしよう。
首を動かし、辺りを見渡す。
前には、待ち合わせ場所の岩。
辺り一面は原っぱ。
空は綺麗なオレンジ色に染まり、太陽は沈みかけている。
やっべ、もう夕方……てか、日が暮れるじゃん。夜は魔が闊歩する時間だって言うけど、この世界でもそうだったら困るなぁ。
……て、あれ?
俺、胸を刺されて死んだんじゃなかったっけ?
胸に手を遣り、傷を確認する。
なんか……別に痛くないし穴も何もす無いし。あ、助けてくれたのかな?
……ん? じゃあ、カグネは何処行ったんだ?
……まさか、俺の言ったことを気にして、どっかに行ったんじゃ……
それはマズイ。
取り敢えず立って行動しないと。
『よいしょっと……ん?』
うつ伏せの状態から立ち上がった時、何かが背中を転がった感じがした。後ろを振り向く。
「スー……スー……」
『……おぉ……』
全裸のカグネが寝ていた。
マズイぞ……これは、ひっじょーにマズイ。
俺は物語の主人公なんかじゃないからこれはラッキースケベではないし、カグネならば問答無用で俺の事をズタズタに引き裂くだろう。
……うん、マズイ。緊急事態だ。俺の命に関わる、超重要な問題だ。取り敢えずの対応として、俺の学ランを着せよう。
なるべく肌を見ないようにし、カグネに学ランを着せてやる。
さて、カグネの服は何処だ?
辺りを見回し、服を探す。
……お、あった。
服や袋、武器を拾い上げてカグネの元へと戻る。
さて、本当なら今すぐにカグネの服を着せてやりたいのだが、着せ方が分からない。
うん、詰んだな。仕方ない。
『よいしょ。』
カグネを背負い、服は肩にかけ、薙刀は脇に挟み、木刀はベルトに挟む。
さて、日が暮れるまでに町へ戻らないと、なんとなくダメな気がするな。
『しゃあっ! 長距離専門の陸部の足、舐めんじゃねぇぞ!』
街まで耐久フルマラソン……
『グギャガ』 『ギャガギャガ』
『グギギ』 『クゲゲ』
『なんでこのタイミングでモンスターが出てくるんだよ!』
命を賭けたフルマラソン開始!
〜〜〜
『はぁ、はぁ、はぁ……』
呼吸が荒くなり、水をぶっかけられたみたいに汗がドバドバと流れる。
ヤバイ、こいつら走るの速い。
……いや、俺が遅いだけか。
背中に人をおぶり、腕を振らずに脇は締めて走っているのだからそりゃあ遅い。
しかもカグネ……凄く重い。
うん、50キロなんてもんじゃない。80キロは絶対にあるだろう。意味がわからん。その線の細さで、どこにそんだけの筋肉が詰まってるんだよ。
……貧ヌーだから、胸では無いな。
『グギャガ!』
『危ねぇ!』
ゴブリンと思わしき、醜悪な顔に小さな角がおでこに生え、全裸の緑色の小鬼に対して、そう言う。
だって、いきなり茶色くて太くてボロボロな棒を振ってきたんですもん。危ないじゃないですか。
うん、こんな事考えてる場合じゃない。
でも、ふざけて無いと、背中にある命を賭けて逃げていると言う重圧に押し潰されそうで、逃げ出しそうで、耐えられそうにない。
『はぁ、はぁ、あぁくそ!』
今日は、走りであそこまで移動していた。時間にして、大体2時間だった筈だ。携帯の充電が切れていなかったから分かった。
そこから考えるに、あと1時間ぐらいは本当の意味での鬼ごっこをする事になるだろう。
通った道はあまり覚えていない。
方角は携帯のコンパス機能で分かったが、本当に正しいのかどうか、確信は無い。リュックは宿屋に置いておいて正解だったな。もしリュックも持って来ていたら、もっと走るのが遅くなっていただろう。
『ヴォン!』
二足歩行をしている狼みたいなのが、俺に噛みつこうと飛びついてくるのを避け、通り抜け際に一発蹴っておく。
ったく、あぁクソッ! もう踏んだり蹴ったりだ! 殺されかけるし、死にかけるし、現在進行形で殺されかけるし、ちょっとハードル高過ぎねぇか?
ネット小説で見かける他の転移者だとかは、みんなチートで無双してるじゃねぇか。それがどうだ……俺の場合、ゲームでも最弱枠のゴブリンから逃げ回ってるじゃねぇか。
オマケに、最大戦力で俺の保護者的立場のカグネはグッスリ睡眠中。
いや、気絶なのかもしれないが、意識が無いのに変わりない。
この世界はヨーロッパに近いのか、平原のど真ん中に森がある。それに、オマケと言わんばかりに樹の背が高い。そのせいで、昼間に隠れていたであろう魔物達が森の奥から出てきて襲いかかってくる。
小鬼、二足歩行の狼、歩く豚、巨大で太った人型の生き物、魑魅魍魎が我が物顔で闊歩し、俺たちの命を狙って襲いかかる。
ゴブリンは湧いて出てくる。
コボルトは走り辛いのか、移動速度がそこまで早くないので無視しても問題ない。
オークも、やはり豚足のせいなのか凄く遅い。
トロールは、一歩一歩がでかいがトロいので、遠回りしていけば問題ない。
これだけならとても簡単そうに聞こえるだろう。だが、デカイ奴の攻撃範囲から離れて行くと、そこにはゴブリンなどが居て、そいつらをまた避けて行くので、中々街に辿り着かない。
四面楚歌……その言葉が、この現状に最高に似合うだろう。
いや、こっちかもしれないな。
『なんでこんなとこに崖があるんだよ……飛び降りれない高さだぞ。』
ーー背水の陣
その言葉が、脳裏をよぎった。
まぁ、背後にあるのは崖だが。
背後には底すら見えない崖、前には魑魅魍魎共。
『本当……人生上手くいかねぇよ。』
おぶっていたカグネを降ろし、服を下に敷いて寝かせる。
大きく息を吸って、吐いてを少しの間繰り返し、落ち着かせる。
その間にも、少しづつ奴らは近づいてくる。
あの時の記憶はあまり無いが、俺が人質になったせいで何かあったと言う事は分かる。今カグネに意識が無いのは、それが原因だろう。
それに、俺の命なんて元々無かったようなもんだ。異世界にいきなり放り出されて言葉も通じない中、カグネは助けてくれた。戦い方を教えてくれた。
その恩……今返す。
死にたくは無いが、生きるためには死ぬ気でやらなきゃいけない。
だから俺は、ベルトに挟んである木刀を引き抜き、魔物共に向かって宣言する。
『……絶対に屈しない、強固な覚悟は出来た……覚悟完了だ。』
その言葉を引き金に、俺は魔物の群れに突っ込んで行った。
〜〜〜
『うらぁ!』
木刀を一度振るえば、簡単に魔物の上半身と下半身がお別れする。
そのおかげで、剣道のけの字すら知らない、実戦経験もない俺はなんとか戦えている。
ゴブリン、コボルト、オーク、狼みたいな魔物、虫の魔物はなんとか倒せる。
だが、問題はトロールだ。
切っても切っても再生する。
首を切れば死ぬのだが、奴は背がとても高い。ジャンプしなければ届かない程に。まぁ、アホみたいだから、そこまで気にする必要は無いが。
というか……なんかこの木刀、最初は焦茶色だったのに、なんか段々と色が黒ずんできて無いか?
……あぁ、返り血か。なるほど。魔剣の類だと期待した俺がバカだった。
『グキャア!』
ゴブリンが棍棒を持って突っ込んでくるのを、こちらも突っ込んで胴で横に裂いて走り抜ける。
『オォン!』
飛びかかってくる狼を空中にいる間に切り裂き、そのまま横にいる奴ら諸共大振りに木刀を振るって切り裂く。
剣の持ち方は大体分かった。
足運びもなんとなく分かった。
カグネは無事。
魔物もかなり倒した。
だから残りは、五体のトロール共だ。
『オゴぉ!?』
脚を通り抜けに切り裂き、そのまま走り抜ける。
トロールは脚の腱を切られ、体勢を崩して倒れる。
よし、これで頭を切れる。
『ンゴォ』
すぐ横から俺を掴もうとするトロールの手の指を切り裂きながら、後ろ向きに飛んで移動する。
クソッ、邪魔するなよ。おかげで、奴の傷が治っちまったじゃねぇか。
そう内心愚痴るが、仕方ない。
『ッ!? 痛……』
左腕の傷がぶり返した。
クソッ、最初の方にゴブリンから受けた、あの棍棒が原因か。
まったく、何でこのタイミングでまた痛くなるのかな。
……アレか。罅が入っている程度の怪我だったのに動かし過ぎて、完全に折れた、もしくは破片が刺さったか。
あぁもう! トロールは中々倒せないし、腕の痛みはぶり返すし、踏んだり蹴ったりだよ。てか、トロールの背が高いのが悪いんだよ。
……ん? 待てよ……あ、そうか。
俺、やっぱりバカだな。
一旦カグネの元に戻り、武器を木刀から変更する。
『さて、リーチが長い武器と言えばこれだろう。』
木刀は腰のベルトに挿して、使用する武器をカグネの薙刀に変更し、自分なりに構える。
『第2ラウンドだ。長距離専門の陸部で、尚且つランナーズハイの今の俺の体力……覚悟しろよ。』
駆け出し、先ず一体の片脚を切り落としてそのまま駆け抜ける。
俺を掴もうと忍び寄る3本の腕を、薙刀のリーチを活かして切り裂き、先ず一体、その見るものを不快にさせる汚い顔を跳ねて確実に殺す。
……チョット八つ当たりも含まれているけど……まぁ、死ぬ事に変わりないし、別にいいだろう。
残りのトロールは4体……内、腕の再生がまだ終わっていないのが2体、五体満足なのが1体、木の根っこに躓いて転んでるのが1体……うん、やっぱりトロールってバカなんだな。
転んでいる奴の下まで駆け、首を跳ねて直ぐにその場から離脱する。
残り3体……落ち着け、焦ったらすべてが台無しになる。
速まる鼓動を抑えるように、深く、深く息を吸い、そして吐き出す。
あいつらは愚鈍だから、離れればそう簡単には追いつけない。
さて、残り3体……楽勝だろうが、油断大敵。慎重に行こう。
奴らに近づき、直ぐに離脱する。
奴らの大ぶりな攻撃は空回りし、力を入れすぎたせいで体勢を崩す。
その隙を狙い、2体の首を跳ねる。
……残り1体
落ち着け、落ち着け。
緊張感が今までに無いほど高まる。
『ふぅー、ふぅー……』
呼吸を整え……
『クタバレこのデカブツゥゥゥ!』
一気に駆け出し、狭いくる二本の腕の中、体の方へ潜り込み
『凡人舐めんな!』
飛び上がり、全力で薙刀を横に振るう。
見るものを不快にさせる、その醜悪な顔は身体とおさらばし、身体ら真っ赤な体液を吹き出し、首はゴロゴロと地面を転がる。
……殺った
思わず、ニンマリと笑ってしまう。
『痛え!』
直後着地に失敗し、足首を挫く。笑顔から、苦痛に顔を歪める事になった。
『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、死ぬかと思った……マジで。』
俺の周りには、潰れてグチャグチャになった魔物の死体と、真っ赤に染まった草原が広がっていた。
あぁ……これ、凄い臭い。
今更になって気づいた。
多分、緊張感が一気に解けて、それが原因で感じるようになったんだろう。
『あぁ……本当に疲れた。もう、街に帰るのは無理な気がするぞ。』
左腕は多分骨折だし、体力は殆ど残ってないし……無理だろ。
その場に座って休憩してるが、足に力が入らない。
はぁ……初陣がこれなんだから、力が抜けちゃっても仕方ないよな。今更になって手足が震えてるし、呼吸もあまり落ち着かないし……あれってどう考えても下手なホラー映画より怖いよな。
『取り敢えず……今晩安全に過ごせるような、怪我人でも過ごせる安全な所を探した方がいいよな。』
疲労困憊の身体に鞭打ち、ふらつく足取りでカグネの下へ向かう。
『よっこいしょ……ってうぉっ!?』
カグネを負ぶった事で体勢を崩しそうになるが、根性でどうにか踏み止まる。ここで体勢を崩したら、崖下一直線即死確定だ。
が、その時嫌な音が聞こえた。
例えるならば、オンボロ学校の廊下を歩いているような音だ。
『逃げろぉぉぉぉ!』
やはり、人生上手くいかない。
一歩踏み出した時、俺の立っていた場所は崩れ、崖下へ崩れ落ちていく。
『運が無いにも程があるだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
『んんぅ……んほぇ?』
ハッ、いいタイミングでカグネが起きた!
『カグネ! 運悪く地獄への片道切符を切っちまったせいで、只今絶賛地獄特急利用中だ! 空中に浮く魔法とか、衝撃を和らげる魔法とかあったら、お願いだから使ってくれ!』
『んぇーと……マホー……』
ヤバい、走馬灯が見えてきた。
頼むから助けてくれ!
『減速……』
カグネが何か呟いたと共に、落下速度が減少していく。
『おぉっ! スゲー! ヘソがヒュンってしたけど、なんとかチビらずに済んだぜ!』
良かった……マジで助かった。これで、多分着地する頃にはかなり減速してるだろう。
……って、あれ? カグネの服、どこ行ったんだ?
〜〜〜
トッ……と言う音を立て、足が地に触れた。長い長い浮遊感が無くなり、両足が地に着く事によって、タマヒュンから解放された。
カグネも背中から降ろす。
『はぁ……本当に死ぬかと思った。』
真っ暗な空を見上げ、思わず呟く。盗賊みたいなのに拘束されて心臓突き刺されるし、モンスターに殺されかけるし、未だに腕は痛いし……もう、いつ死んでも可笑しくないぐらいハードル高いよこの異世界。
『何が……あった?』
後ろから、疑問の声が聞こえた。
『あーと……心臓を刺されて、気がついたら日が暮れてて、モンスターとハッチャけてたら崖から落ちた。』
『うん……意味が分からない。』
『俺も分からない。カグネは覚えてるのか?』
『……凄く、痛かった……心も、身体も……それしか覚えてない。』
『そうか……』
俺が覚えてない間に何があったのか、余計分からなくなってしまった。
『…………の?』
『んあ?』
『……見たの?』
『は? なにが?』
『……か、身体……見たの?』
声が震えている。
暗闇で俺は何も見えないが、きっと彼女の表情は憤怒に染まっているだろう。ここで返答の仕方を間違えれば、恐らく……いや、確実に俺の命は無いだろう。
『……見てないぞ。』
『……そう。』
『『…………』』
『『あの!』』
『『……どうぞ』』
『……どうぞ』
『わ……分かった』
カグネに順番を譲る。多分、カグネの方が重要だ。
『コウヤ……その、怒らせるような事して……ごめんなさい……わ、私が原因で……し、心臓刺されちゃって、ほ、ほん、本当に、ごめんな、ざいぃ……グズッ。』
『いや、俺も悪かった。カグネは善意でやってたんだし、それに対して文句を言う方が悪かった。だから……泣くなよ。こっちだっていつ死ぬか分からなくて、怖くて、お前が近くに居ないと、心細くて、もう泣きそうなんだよ。』
カグネの手を握り、確かにそこに居ることを確認する。
『で、も……わたじわぁぁ……グズッ、私が居ながっだからぁ、コウヤ刺されぢゃってぇぇぇぇ!』
そう言ってカグネは俺に抱き着き、顔を埋める。
『いいんだよ! 生きてるからいいし、別に怒ってないからいいんだよ! 何時までも後悔すんな!』
段々と、カグネの抱き締める力が増えてきている。
『だっでっ! もじがじだら、ゴーヤ死んじゃっでだー!』
『やめろ! ゴーヤは植物だ! あと、生きてるからもう別にいいんだよ! 気にするな! 俺はそんなに器が小さい訳じゃ無いから、だから、早く俺に抱きつくのを止めてくれ! 怪我した腕が悲鳴を上げている!』
『ご、めんなざぃぃぃ、わ、わだじが戦え無がったからぁぁぁ……』
そう言って、より力を入れてくる。
『ア、ガ、キィィィィィィィ!?』
あまりの痛みで気絶してもいいんじゃないかと、この時俺は思った。
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カグネ惚れたと思った?
ざんねーん、コウヤは信頼できる人になっただけでした。
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