第3話 テンプレを攻略せよ
金貨1枚100万円
審判の合図と共に、両手剣を引き抜いた男が一人、こちらへ走ってくる。
「俺一人で十分だぜ!」
「頑張れよ!」
馬鹿正直に、こちらへ向かって走って来る。
……やっぱり、この人たち弱いなぁ。
私の殺気にも気がつかないんだし。
はぁ……油断と余裕、慢心はするなってお母さんに言われてるけど、これでDランクだと簡単にAランクに成れそうだなぁ……。
『なぁ……やっぱり一人じゃないと、ダメ?』
『……逝ってきて。』
『なんか違う!』
コウヤを私の前に押し出す。
「オォォォォ!」
『ドゥおアァァァァァァ!?』
男が剣を振り下ろして来るのを、コウヤが木刀の切っ先を右向きにして、剣が十時になるようにして防ぐ。
「なっ!? 何だこの木剣! 硬ぇ!」
『おぉ? 意外と重くない?』
『コウヤ! 押し返して直ぐに懐に潜り込んで! ここには死なない結界が張ってあるから、好きに暴れて! 殺しても死なないから大丈夫!』
『ああもうっ! 人殺しに対して葛藤するイベントとかやりたかったけど、 もうどうにでもなっちまえ! おらぁっ!』
「うおぉぉっ!?」
コウヤが木刀で両手剣を押し返し、男の腕が高く上がり、胴がガラ空きになった所で胸に突きを放つ。
「がぁっ……」
死んだと判定され、男が外へ放り出される。
「あぁクソッ! 負けた!」
『マジで死んだ事無くなるのかよ! 魔法スゲェなオイ!』
『……まさか、信じて無かったの?』
『いや、もしかしたら嘘で、俺を殺すための演技かと思ったからさぁ。』
『……酷い。』
そう言って、私はよよよ、と泣く振りをする。
『あぁ嘘! ゴメン!』
『……そんな事より、前。』
『え?』
「やりやがって!」
「ぶっ殺してやる!」
「オォォォォォォォォォ!」
『……みんな、コウヤの事が病んじゃうぐらい大好き好きだから、あんなにも眼を血走られて、コウヤに向かって走って来てるよ?』
『ヒィヤァァァァァァァ! これは好意じゃなくて殺意ですよぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
叫びながら、コウヤは男たちから逃げ回る。
まるで、中々糞が千切れなくてイライラしている金魚みたいで、見ていて滑稽だ。
もちろん、金魚がコウヤで、糞が男たちだ。
『コウヤ! バク宙して後ろから倒していって!』
『俺バク宙出来ねぇよ!』
逃げ回りながら、コウヤがそう叫ぶ。
うーん、どうしよう。
『魔法で地面に段差をつけて!』
『俺、魔法使えない!』
うーん……どうしよう。
『コウヤ!』
『いい方法が浮かんだか!』
『……死ぬ気で頑張って。』
『ウソん!』
しょうがない。
『……コウヤ、世の中にはこんな言葉がある。』
『名言よりも、何かいい戦略を!』
『……人生、諦めが肝心。』
『分かりました! 死ぬ気で頑張ります!』
良かった、何かいい案が浮かんだみたい。
コウヤが男達の方に振り向き、腰が引けてるけど剣を構えてる。
「ぜぇ……やっと、諦めたか。」
「ぜぇぜぇ……手こずらせやがって。」
「ぜぇ……覚悟しやがれ。」
『コウヤ! 今が絶好の機会!』
『いや、俺も疲れてるんだけど。』
「「「オォォォォォォォォ!」」」
『……みんなは元気みたいだよ?』
『チクショウ! 指示頼む!』
男達が少し間を空け、
10時、12時、2時の方向からコウヤに一斉に襲いかかる。
『9時の方向に移動後、腕を切り落として退散!』
『了解!』
指示通りコウヤが動き、一番左にいる男の腕を切り落として退散する。
反対に、男達の攻撃は空振りし剣を構え直す。
「ぐぁっ! 痛え!」
『この木刀斬れ味良すぎんだろ!』
「野郎ちょこまかと!」
「逃げんじゃねぇ!」
『つ、次の指示を!』
『腕を切った男から剣を取って止めを刺して!』
『了解!』
腕を切られた男は蹲っているから、簡単に止めを刺せたみたいで、仲間が動揺している。
「クソッ! やりやがった!」
「挟み込むぞ!」
「おう!」
『指示を!』
『あいつらはコウヤを挟み込むから、攻撃して来た所を回避して!』
『了解!』
男達が両方から攻撃してくる。
片方は横薙ぎ。
片方は切り上げ。
それに対してコウヤは、
『チクショウ! やりたくなかったぜ!』
空中に逃げた。
高さは、男達の身長の倍ぐらいだろう。
男達の攻撃は空振りし、味方を攻撃しないように勢いを止めるので精一杯になる。
『両方の剣を使って、2人とも頭上から止めを刺して!』
『了解!』
コウヤが頭上から男達に剣を突き刺し、死んだと判定されて男地は結界の外に放り出される。
こうして、決闘は終わった。
『いで!』
着地に失敗したようだ。
『はぁ……死ぬかと思った。身体能力に若干の補正が無かったら、確実に死んでいた……てか、本当に足首痛え。』
『……大丈夫。ここでは死んでも死んだ事にはならない。』
『そうじゃ無いんだけどな。』
『……?』
どういう事だろう。
『いや、なんでもない。』
『……そう。』
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「……決闘に勝利したので、契約通り貴様等の全財産を貰う。」
「チッ……わーったよ。」
そう言って、男が私に向かって財布を投げ渡す。
「……足りない。」
「あぁん?」
「私は、全財産と言った。つまり、売れる物すべて貰うということ。」
「だからどうしたってんだよ。」
男が、不機嫌そうにそう言う。
理解していないようだ。
仕方ない、教えてあげよう。
「全財産……つまり、あなたたちの自由も貰うという事。だから、私の奴隷になれ。」
この時、上から見下すのがポイントだって、お母さんが言っていた。
養豚場の豚を見るような目で見下すのが、1番効果的とも言っていた。
「「「「(うひょーっ! つまり、夜のご奉仕をするって事だな! 見た目と違ってとんでもねぇ痴女じゃねぇか!)」」」」
脳内が性欲で溢れているという事もあるが、男達は大きな勘違いをしていた。
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「えー、Dランク冒険者、男性が4名ですから……装備代含めて、これでどうでしょう。」
そう言って、『奴隷商人』の男が買い取り価格を私に見せる。
「……安い。まだ上がる。」
「……では、こちらも勉強させて頂いて……こちらでどうでしょう?」
ふむ……
「表情に余裕が見える。まだまだ余裕だろう?」
「お客様、流石にこれ以上は……」
「しょうがない……本当は2倍にしてもらうつもりだったが、5割り増しで許す。」
ほんの少しの圧力をかけながら話すと、奴隷商人は一瞬苦い顔をし、直ぐにニコニコした営業スマイルなるものに戻す。
「……畏まりました。では、角金貨4枚、金貨9枚で、買い取り金額合計49万ミルで宜しいでしょうか?」
奴隷商人の問いに少し考える素振りをし、
「……分かった。」
交渉成立。
お母さんに、こういう技術を教えてもらっておいて良かった。
「代金はこちらに。ご確認ください。」
袋を渡されたので、開けて中身を確認する。
……うん、ちゃんとある。
「……さようなら。」
そう言って店を出て、大通りの方へ向かう。
「またのご利用をお待ちしております。」
男はそう言い、終始営業スマイルを崩さなかった事は評価しよう。
でも、私は男が嫌いだ。
コウヤは、助けてあげないと生きていけないから別だ。
そして……
『なぁ……俺、空気じゃ無かったか?』
『……尾けられてる。』
奴隷商人の店を出た時から、誰かに尾けられているようだ。気配を薄く感じる。
身のこなし、そういう職業の人間だろう。
『無視かよ……てか、尾けられてるってどゆ事?』
『女は、奴隷にすると高く売れる。つまりは……そういう事だ。』
『あー……やっぱりそういう感じ?』
大通りの人の気配に紛れようとしたのは認めよう。だが、まだ甘い。私は既に、何度も暗殺を経験している。気配を消す事、そして感知に関しては多少自信がある。
『人数は……四人。』
『そんな事まで分かるのかよ……。』
『無論、当然。伊達にお母さんに鍛えられてはいない。気付いていないフリをして、気楽に会話を続けて。相手は私の実力で、コウヤを十分守れる程度の強さだから。』
人通りの多い道を、会話しながらゆっくりと歩いていく。
『りょ、了解……カグネの母さん、どれ位スパルタだったんだ?』
『私の体調を常に気遣っていたから、そこまでスパルタでは無いと思う。』
『……どんな事してたんだ?』
『死ぬギリギリを常にやるだけ。』
『ストォォォォォォォォッップ!』
『……コウヤ、幾ら小声でも、そんなに声を出さないで。』
『あぁ、悪い……でも、死ぬギリギリってどういう事だよ。』
『私は、いち早く力が欲しかった。だから、お母さんに頼んだんだ。』
少し間を置き、答える。
『覚悟はある……だから、どんなに苦しくてもいいから、早く力が欲しいって……。』
『……だからって、死ぬギリギリまでやるなんて親としてオカシ……』
『オカシくなんか無い! いつも、いつもお母さんは、苦しそうな顔をしてた!』
思わず、声を張り上げてしまう。
『もういい!』
『あっ! ちょっ待っ!』
私は、いち早くその場から離れたかった。
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『やっべぇ……地雷、踏んじまったなぁ……てか、ここどこだよ。』
後になって後悔している。
彼女を追いかけてはいたのだが、気が付けば路地裏に居た。
やべぇよ……これ、尾けて来てる奴に殺されんじゃね?
視界は悪く、横幅も狭い路地裏って、どう考えても襲撃に最適な場所じゃねぇか……とにかく、出口を探そう。
後ろに振り返り、駆け出す。
だが、行き止まり。
……ふふふ、いいだろう。
『壁キック!』
某、赤い帽子にちょび髭配管工の様に、建物と建物の間を蹴って上に上がっていく。
異世界に来て若干上がった身体能力を、舐めるんじゃねえ!
『フッ、フッ、フッ、フッ!』
だが、頑張って上がろうとするもズルズル滑って壁を上手く蹴れず、中々上がれない。
……はぁ、地道に出口を探すか。
ゴーン ゴーン ゴーン……
鐘の音が聞こえる。
回数は12回……多分、時間を表したんだろう。太陽は真上にあるし、回数も12回だからな。
『……お待たせ。』
『どぅぅおぉわぁぁあっ!』
背後から声をかけられ、驚いて振り返ると、ついさっき何処かへ走っていったカグネが居た。
『あー……さっきはゴメンな。』
やはり、謝ったほうがいいだろう。
今後の関係上、あまりギクシャクした関係は築きたくないし、俺の方が悪かった。
『……いい、大丈夫。本当は、死ぬギリギリの特訓は全然して居ないから。』
『……え? そうなの? じゃ、じゃあ、なんで逃げたんだ?』
『試したのと、コウヤが怪我しないように、離れた場所での追っ手の処分。』
『処分って……てか、試したってどういう事だ?』
『……。』
『信頼度判断ですか……そうですか。』
やっぱり俺、信用無かったんだなぁ。
思わず肩を落とし、ため息を吐いてしまう。
『はぁ……ん? そういや追っ手は?』
気になり、聞いてみる。
『……他の所で、奴隷として売った。おかげで沢山のお金が手に入ったから、あそこの奴隷商人には感謝しないとね。』
そう言って悪戯が成功したような、心の底から喜んでいるような笑みを浮かべる。
うわぁ……デンジャラス。
敵に回したくは無いな。
絶対に死んじゃう。
『……もう12時、お昼だし……ご飯食べよ?』
カグネは邪気の無い、惚れ惚れするような笑顔で、俺にそう語りかける。
惚れてまうやろぉぉぉぉ!
……いや、無いと思うけど。
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「宿屋『満足亭』へようこそ! 何泊しますか?」
宿屋に入ると、若い女性がそう声をかけて来た。
見た所バスト88、ウエスト54、ヒップ76……か。
『一部屋キングサイズのベッドでお願いします! 今夜は寝かしませんよ!』
やっぱりか……。
『オグッ!』
煩いので、一発腹に入れておく。
「だ、大丈夫でしょうか……?」
そう言って、心配する様子を見せる。
「大丈夫です……取り敢えず一泊二部屋でお願いします。」
「はい、畏まりました。食事はどうされますか?」
「……夕食と、朝食をお願いします。」
「お弁当はどうしますか?」
「……お願いします。」
「畏まりました。一泊、お二人なので角銅貨1枚、夕食と朝食、それにお弁当もお付けして、お値段合計角銅貨2枚、20ミルです。」
「……はい。」
受付台の上に、お金を置く。
「あ、丁度ですね、ありがとうございます。こちらが部屋の鍵です。この番号札と同じ番号のお部屋にお入り下さい。」
そう言って、番号札の付いた鍵を2つ渡してきた。
「夕食は5時〜7時まで、朝食は5時〜8時までとなりますを食事の際は、この一階の食堂に、この鍵をお持ちして来て下さい。」
「……分かった。」
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
受付の女性が、笑顔でそう答える。
『うへへー、ごゆっくりしまーす。』
コウヤが、だらしない顔で返事をする。
『……もう、翻訳要らない?』
『無理、今のは勘で分かった。』
『そう……。』
『そういや、宿代いくらなんだ?』
『角銅貨2枚、20ミル。』
『そうか……銅貨1枚でリンゴが食べれるから、角銅貨2枚、つまり銅貨20枚でリンゴが20個食べられるのか……つまり、日本円で2千円ぐらいか……安いのか?』
『……安いかは知らない。』
『ふーん……値切らないの?』
『……ギルドがオススメした宿屋って事は、沢山の冒険者が泊まるという事。そんな有名な所で値切りなんてしたら、反感を買う。』
『意外と色々考えてるんだなぁ。』
酷い。
『……お金は、ちゃんと返してもらうから。』
『さーせん。将来返します。』
申し訳なさそうに言うが、顔が笑っていて、真剣味に欠ける。
『……利子は、月20%で。』
『そんなぁ……。』
気の抜けた声と共に、コウヤは力尽きた。
『返事がない、ただの屍のようだ。』
『……俺はまだ死んでない。』
『おぉコウヤよ、生きているとは情けない。』
『そんな社会のゴミに対して言うようなセリフ、言わないで!』
『……?』
『違うよ!僕は社会のゴミなんかじゃ無いよ!』
『……ふっ。』
『そんな! 鼻で笑わないで!』
『……哀れに思っただけ。』
『もう止めて!』
人の居ない宿屋の玄関口で、コウヤの魂の叫びが木霊した。
『……コウヤ、近所迷惑。騒音問題。』
『チクショウ! 正論すぎて言い返せないぜ!』
ここまでお読み頂きありがとうございました
誤字脱字指摘、アドバイス、評価感想等
お待ちしております。
まだ依頼を受けていないカグネたち……