隣国の王子は……
さて、今日はこの国にとって非常に大事な日である。
「速く!そっちは?大丈夫!?」
「大丈夫です!」
バタバタと走り回る足音と、怒鳴り声が王宮に響く。
今日は、隣国の王子殿下が来る日だ。
私たち侍女は、総出で働き、準備をしなくてはいけない。まぁ勿論諸々の準備はとっくに終わっているのだが、最終チェックだけでも広いこの王宮では時間がかかるのだ。
「ふぅ……。」
そのチェックも終わって、後は王子殿下を待つだけとなった。もてなすのは王子だし、お茶出しも先輩メイドさんたちに分刻みで割り振られてる。今日の私の仕事はもうないかな……。そう思って自分の持ち場洗濯所に足を向けたそのとき。
「カリンさん!!!」
前から先輩の一人が何やら凄く焦った顔で走ってきた。
「なっ、どうしたんですか!?」
「ぜぇっ、げほっ、ナターリャが……」
ナターリャさんというのは私の直属の先輩、私に仕事を教えてくれた人だ。
「ナターリャさんがどうかしたんですか!?」
あ、なんかフラグがたってる音がする。どうしよう。
「茶器で、手を切ったの!みっともない手で王族の方の前にでるわけにはいかないし……あなた、彼女の部下でしょ!?」
「はっはい!」
「見たところ手も綺麗そうだし代わりに出て!」
えぇ!?まぁある意味予想通りな言葉に、でもやっぱり驚く。
「どうして私なんですか!?他にも、たくさん先輩がいるはずなのに……!」
「他は全員仕事があるのよ!貴女は王子様の覚えがいいから大丈夫でしょ!ほら、準備して!」
そのままあれよあれよと言う間に上質な可愛らしいメイド服に着替えさせられ、髪を整えられ、メイクをされ、ほんの10分後にはまるで熟練メイドのような私が鏡の前にいた。
わぁ、この服超可愛いなぁ。首元と背中の赤いリボンがボリュームがあって、フリフリしてるのに安っぽさが全くなく、丈が長いからコスプレ感もない。異国風の顔の私にもぴったりあってる。
「……カリンか。」
側にきたラインも今日は正装で格好いいなぁ。って何で目を見開くんですか。ってあ、まだ事情を説明してなかった。
「先輩が怪我しちゃって、急遽代理なの。」
そう説明すると納得したような顔にはなって薄く目を細めた。
「大丈夫なのかよ。」
「うん無理」
即答した私にラインは不安そうな顔をしたがすぐ意地悪ないつもの顔に戻って、
「まぁがんばれ。俺は何があっても側にいるだけだからな。ほかは知らん。」
と私の目を見ながら言った。
「えぇ~。酷いよ~。」
ラインのおかげで少しほぐれたが、いまだに緊張で手が震えているのだ。
「ほら、速く入って。」
ああアホなこと話してる間についちゃった!
「失礼します。」
三十度に頭を下げて、しずしずと、なるべく足音が立たないように歩く。ラインはそのまま扉の横に立ち動かなくなった。
入ったそこは、意外に和やかなムードだったがやはり緊張感が漂っている。そんな中私はお茶を注いで、カップの取手が右にくるように……
あー緊張した。これでようやく退室できる。
そう思ったのに。
「ん?カリンじゃないか?」
王 子ー!!!このKYめ!
そして私に気付かないでクリアさん!何で貴方ここにいるの!
「やっぱりカリンだ。こちらに来い。」
私に向かって手を振るな!それアメリカでやったらあっちへ行けって意味なんだぞ!
「アレン殿、そちらの女性は……?」
あ"ー気付かれちゃったじゃんよー!
「ああ、こいつは私が保護している、異界の少女だ。まだ幼いのに働きたいと言うので王宮に勤めさせている。」
「俺のミスで召喚してしまったんです。」
王子とクリアさんが交互に説明する。
「幼くありませっ」
咄嗟に言い返そうとしたが、慌てて止める。
私まだ発言を許されてないんだった。
「ふっ」
アレン様~!ぐぎぎぎぎと歯を食い縛る私と楽しげに喉をならすアレン様に、来客だったはずの王子は目を細めて笑った。
「え?」
「いや、すまない。仲が良いのだな。良いことだ。」
「おや、そう見えるかい?」
「ああ、まるで兄弟か仲の良い恋人同士のようだ。」
「「ちょっ」」
ちょっその例えは色々と不味いんじゃないかなー!と思って突っ込む。同時にクリアさんも同じ声を発していたのでハモった。と、あれ後ろからも息を飲む声が聞こえた。どうした、見てるだけじゃなかったのか。
その様子にもまた耐えられないとでもいうように王子は笑いだす。
「くっくっ」
全くもう。そう言いたげにため息をついたのはクリアさんで、そういえばこの人王子だけどこんなフレンドリーな態度で良いのだろうか。
「なぁ、カリン嬢?」
「はい、ヤリマ様。」
「申し遅れたが、私は隣国、アリラントの国の第一王子、ヤリマ、アリラント、レンコだ。」
「存じ上げております!!」
むしろなんで知らないと思ったんだ。そんな馬鹿に見えるのか。そっちは知らないかもしれないが、私はこの数日間で貴方の名前を50回以上書いたり見たりしてたぞ。
「聞いたかアレン殿。カリン嬢は私に会う前から私の事を知っていたらしいぞ?」
「それはそうでしょう。」
「羨ましいか?」
「何がですか。」
もう、この二人本当になにがしたいんだろうか。っていうか私帰っていいかな。
「カリン嬢。」
「何でしょうかヤリマ様。」
「カリン?」
「っはい。ヤリマ様。」
何がしたいんだろうか。段々近づいてくる。謎のやり取りを繰り返していると王子が口と手を挟んできた。
「家のカリンをいじめないでくれるかな。からかったら可哀想だ。」
前に出されたアレン様の手に、少し安心する。まったく。そうだそうだ。
「ふっ、からかっているのは貴殿と後ろの赤髪の彼だったんだがな。ほら、俺は王族だぞ?そう怖い顔で見るな。ん?クリア殿もなのか?」
「俺は違いますよ。」
なにがですか。なにが違うのクリアさん。
「っ、申し訳ありません。」
なんでわざわざにらんでいたんだい。もう。
「説明してください。なんの事ですか!?」
その後、私が何を言っても皆は別に、とか何でもないとかい言って教えてくれなかった。
くそう。