プロローグ
「それでは、みなさん、さようなら」
「「さよーなら!」」
「…ふぅ」
私はひとつ溜息をつく。
20XX年 春。
私は小さい頃からの夢だった
幼稚園の先生になった。
子供達もいい子ばかりでとても可愛いし
素晴らしい同僚にも恵まれた。
ただ、私にはひとつだけ悩みがあった。
「子供の名前が読めない」
最近の「キラキラネーム」の増加によって
ふりがななしでは名前が読めないのだ。
「菊池…まりあちゃん」
「『ありあ』だよー!先生いい加減覚えて!」
「橋田…かのんくん」
「『なおと』!」
「神田…まなちゃん」
「『あな』!先生アナ雪知らないの?」
そう、彼らは漢字で書くと
「麻里亜」「夏音」「愛菜」。
けれどもこれは「キラキラネーム」と
呼ばれる名前の一部でしか過ぎない。
「先生!一ノ瀬イエスキリストくんが
来栖マルフォイくんと喧嘩してる!」
(よく覚えられるな…)「それで、二人は?」
「たいくかん!」
「わかった、一緒に来て!」
「せんせー!長宗我部れおなあめりあちゃんが
気分が悪いって言ってるよ!」
(もうわけわかんね)「れおなちゃん立てるかな?」
「…れおなあめりあ」
「はいはい」(そんなに『あめりあ』が大事かな…)
「今日は佐村河内寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助くんはお休みです」
「えー!佐村河内寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助くんお休みなの?」
「…佐村河内くんはお家の都合でお休みです」(めんどくせ)
こんな感じである。
名前が読めないと母親から「クレーム」が
入るので極力ふりがなを振るようにしている。
でも、それでも読めないのだ。
同僚に相談したけれども
「私も最初はそうだったよ」
「慣れだよ、慣れ!」
と言われるだけだった。
「でも同じクラスに『結愛』と書いて
ゆあ、ゆうあ、ゆめ、きずな、ゆうな、ゆきな
と6人も居るんですよ…」
「なんだ、大したことないよ
私なんてね、受け持ったクラスに『太陽』が
9人いたことがあってね、
そんなに太陽あったら地球が燃えるわ、って
ネタにしてたわよ」
もうこの先生の感覚は麻痺している。
私はそう思った。