暖かな食卓
小さな村に着いた。帰り道の間リトという少年と話しながら歩いて来たが、何故かかなり懐かれたようだ。手をつないで、こちらをにこにこと笑いながら見上げてくる様は可愛かった。子供と接したことなど一度も無かったから、どう扱えばいいものか最初の方こそ戸惑ったが、どうやら手を繋ぐだけでいいようだ。リトの母親[リンというらしい]である女性は人間である私に対してあまり敵意がないようだが、もう一人のおじさんはかなりこちらを睨んでくる。あの人はおそらく、人間に奴隷として扱われたところを逃げ出して来たという世代だろうから、仕方ないんだろうけど。まぁ、あまりいい気はしないがほうっておこう。
その日の夜。テーブルの上にはいろいろな料理が置かれている。どうやらリンさんは料理が趣味のようだ。「遠慮せずにいっぱい食べてね」と言い、笑うリンさんを見てるとやはり違和感があるが、お腹もすいてるし有難くいただこう。
「いただきます」手をあわせ見たことない料理を口に運ぶ。リンさんとリトは二人そろってこちらを見ている。「美味しい…」思わずもれた声。「良かった」と、もともと笑顔だった顔をさらに明るくし、リンさんもいただきますと、手をあわせた。リトも嬉しそうに笑いながら食事をはじめている。
私はこんな心暖まる食事は初めてだった。一緒に食卓についているのが獣人だという事に違和感を感じなかったのは、相手がこの二人だったからだろうか。
夜も更け、リトがベッドの中に入った後、私はずっと疑問に思っていた事を、目の前で編み物をしているリンさんに聞いてみた。
「何故貴方は人間である私に普通に接する事が出来るんですか?」と。リンさんは少し考えるように目を閉じた後優しく笑って言った。「なんでって言われると良く分からないど。でも人間といっても全てが同じ心を持っているわけでわないでしょう?獣人にも優しい人や怒りっぽい人、泣き虫もいればずっと笑顔でいる人もいる。それは人間であろうと妖精であろうと。その他の種族であろうと共通して言えることだと思うの。人間に対してこう思えるのは、私が人間に奴隷にされたという事を、話でしか聞いた事がないからかもしれないわね。他の獣人が聞いたら怒るような事かもしれない。けれど貴方は、私たちが獣人であったのに助けてくれた。ならば少なくとも、貴方に対しては敵意を持つ事は出来ないの」
その言葉を聞いて、私は心の奥の方が温かくなるのを感じた。それに、とリンさんは続ける。「それにもし、もしもよ?もしも種族の壁を越えて仲良く協力して暮らせるようになれば、そんな未来が来たならば、とても楽しくて、とても優しい気持ちになれると思わない?」《ねえ、もし人間と獣人が仲良く暮らせる世界がくるのなら、その世界は、きっと楽しいと、そう思うの》不意に頭に浮かんで消えた言葉。懐かしさを感じるあの言葉は誰の言葉だったか。そう思いながら私はリンさんの言葉に頷いた。
借りている部屋に入り窓を開けて風にあたりながら空を見上げた。ほんの一週間前まではずっと狭苦しく、鬱陶しく感じていた空。同じ空の筈なのにとても優しく感じた。星が綺麗に瞬いていた。