月ちゃん頑張る その2
「酷いよっ!!!あんまりだっ!!!!」
「煩いぞっ。少しは静かにしろ」
商人っぽいおじさんが面倒臭そうに、檻の中にいる私に言う。
何故私がこんな檻の中にいるのか。
そりゃ勿論、売られたからに決まってる。
「ひ、酷すぎる。仲良くフレンドリーに会話しておいてあっさり売り飛ばすなんて……」
私はさっきまで一緒だったローブ3人集を思い出す。
酷すぎる。
あの展開なら可哀想だから売らない、とか可哀想だから仲間にする、とかの展開になるはずだろ。
「名前まで教えておいて、そりゃないよ……」
あ、でもこの後助けに来てくれる展開になるとかかな。
そうだといいな、と願いながら私は檻の中を見渡す。檻の中には私の他に4人の人がいた。小さな子供が二人に、か弱そうな女の子。そして綺麗で豊満な体を持つお姉さん。
きっと皆売られたのだろう。可哀想に。
だが、今となっては私もそのうちの一人。こんな異世界で奴隷にされるなんて。
「ふぁんたじーのバカ野郎」
「月ちゃん。落ち着いて。ここまでは計画どーりだよ」
「計画?」とペガサスにだけ聞こえるぐらいの小声で聞き返す。
「そ。ここからが本番」
「本番って何。何をさせたいわけ?」
欠片を探しに行こう、と何の説明も無しにここに連れて来られていたので、いまいち状況が掴めていない私に、ペガサスは説明を始めた。
「月ちゃんはこれから競りに賭けられるから、そこである人物に月ちゃんを買わせるんだ」
「ある人物って?」
「武器商人、カタタターン氏だ」
「適当すぎるよその名前」
ペガサスいわく、そのカタタターン氏が欠片を持っている、とのこと。
「カタタターン氏から欠片を奪い取ればいいわけね」
「うん、まぁそうなんだけど。あのね月ちゃん、ここは夢じゃなくて現実なんだ」
「さっきも聞いた。現実で異世界でふぁんたじーなんでしょ?」
「うん。だから、ここで月ちゃんに起きた事は、そのまま月ちゃんの世界に戻っても『起きた事』になるんだ」
それは……。
「……簡単に言えば、怪我したら危ないって事…?」
「そうなるね」
死んだら死にます。
みたいな。
…………。
「よしペガサス、帰ろう」
「帰れない」
「えっ!?」
つい声を荒げてしまった私を、檻の中の人達が訝しげに見てくる。
私はその人達の視線から逃れるように後ろを向く。
「ちょっと、帰れないってどういう事よっ」
「一度異世界に来てしまったら欠片がないと帰れないんだ」
聞いてないですけどっ!!!
「じゃ、じゃあ是が非でも欠片をカタタターン氏から奪わないといけないって事?」
「そうなる」
「死ぬかもしれないのに」
「死なないように頑張ろ月ちゃん。月ちゃんなら大丈夫」
「大丈夫だなんて、何の補償もないじゃん」
泣きそうです。
何でこんなはめに。
「だから言ったんだよ?僕。僕と子作りしてた方がいいって」
今となってはその方がマシな気がするから不思議だ。
…………。
いやいや。
そんな筈ないって。
「獣人の子供なんて珍しいね」
一人脳内突っ込みをしていたら、後ろから艶っぽい女性の声が聞こえてきた。
振り返ると、豊満な体つきの、あのお姉さんがこちらを見ていた。
「正確には獣人じゃなくて半獣、か」
「半獣?」
「あんた、半獣なんだろ?だって耳しかない。尻尾がないじゃないか」
そう言われて、私は自分のお尻辺りを見る。確かに無い。
「つけても良かったんだけど、無くてもいいかなって」
ペガサスが適当すぎる言葉を吐く。
そういえば、と思い、私はお姉さんと2、3世間話をしてからその場を離れてペガサスに問いかける。
「ね、ペガサス。何で私に獣耳生やしたの?」
ここには普通の人間も入れられているのだから、別に私が獣人のフリなんてしなくても良かったのではないだろうか。
何のために、ペガサスは私の頭に獣耳をつけたのか。
「カタタターン氏が獣人好きだからだよ」
「そうなの?」
「そ。カタタターン氏は武器商人だから、獣人を使って武器のチェックをするんだって」
「………」
武器のチェック。
私の脳はペガサスのその言葉に、一瞬思考を停止させた。
「…チェックって、アレ的な何かなの?」
「マト的な何かだね」
「……死ぬっ!!!」
「獣人ってさ、身体能力抜群なんだって。だからマトにはもってこい、らしいよ」
「逃げる獲物を追いつめるハンターだね」と、明るく言うペガサスに、私は何も言えなかった。
「あ、でも月ちゃんが目指すのはマトじゃないから安心して」
「……どういうこと?」
マト以外に何になれと。
「カタタターン氏は、気に入った獣人は愛玩動物にするらしいんだ」
「愛玩動物?」
「可愛い月ちゃんなら大丈夫。カタタターン氏もマトにしようとは思わないはず。それに、月ちゃんには僕がある力を授けておいたから」
ある力。
それはチート能力。
異世界ふぁんたじートリップにはありがちな展開!!ありがとう神様。ありがとうペガサス様。これで死なずにすみます。
「ペガサスにしては良いことするじゃん!」
「月ちゃん、僕を舐めてたね。一応僕はペガサスだよ?このくらいどうって事ないさっ」
ここぞとばかりに自分を押してきたペガサスを無視して、私はペガサスにどんなチート能力なのか問いただす。
「で、ペガサス。どんなチート能力なの?やっぱり身体能力?」
さっき獣人は身体能力に長けている、とペガサスは言っていた。だからきっと私にもその身体能力がついているに違いない。そんな感じ全然ないけど。
「月ちゃん、さっきも言ったけど月ちゃんが目指すのはカタタターン氏の愛玩動物。愛玩動物に身体能力なんていらないの」
「じゃあチートな能力って何なのさ」
勿体ぶらずに早く言って欲しい。この間にも、いつ檻から連れ出されて競りに賭けられるか解らないのだから。
「愛玩動物に必要な能力。それは魅惑だよ」
「……魅惑…?」
「魅了。月ちゃん、頑張ってカタタターン氏を落とすんだよ」
「ちょ、ちょっとペガ…ぐぇっ」
ぐいっと後ろから首輪を引っ張られる。苦しくて、何事かと首輪を引っ張られたまま何とか後ろを確認すると、そこにはあの商人が首輪を引っ張っていた。
檻から連れ出される。
「あ、あの、苦しいんですけどっ」
「そーか」
聞く耳持たない商人。
何処に連れていかれるのかは、聞かなくても分かった。
これから私は競りに賭けられるのだ。




