↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

向かいに住んでるイケメン、ちょっと距離感おかしいかもしれない。

掲載日:2026/10/19

完全に思いつき且つ趣味で書いただけの全年齢向けBL。なんかちょっと様子のおかしい攻めっていいよね、というそれだけの話です。

 引越し初日、俺がまず決めたのは煙草を吸う場所だった。

大した荷物もなく、手ずから運び込んだ段ボール箱が並ぶ室内で、なにはともあれ一服してひと息つきたかった。


 年季(ねんき)の入ったボロアパートには、実家でも見ないような紐(ひも)を引いて通電するタイプの換気扇が設置されていた。

黄ばんだそれを引っ張るとガッコン、と重たい音が響いて、カバーもない青い羽がカラカラと回り始める。


「……大丈夫か、これ」


 手を伸ばせば羽に指が届きそうだ。

不安を覚えつつキッチンの調理台に置いたマルボロの箱を拾い上げ、中から一本取り出した。

フィルターを咥え、百円ライターで着火する。

立ちのぼった煙は、するりと回転しながら外に吐き出されていった。


 建付けの悪いすりガラスを開けると、ベージュの外壁と、錆(さ)びの浮いた金属製の階段、鉄柵が夕日に照らされている。

あまり広くない道路を挟んだ向かいには、こちらとほとんど同じ造りのアパートが鏡合わせのように鎮座(ちんざ)していた。

 

 日中は実家で家業の手伝い、夕方になればアパートに帰る生活を始めて、一週間が経った。

いくら慣れ親しんだ実家とはいえ、いざ家業を本格的に手伝うとなれば疲労はそれなりに積もるらしい。

風呂上がりにヒビの入った鏡を覗き込むと、タトゥーに彩(いろど)られた身体の上で首から上はげっそりと色をなくしていた。


 ひとまずカップ麺でも食うかと、キッチンへ向かう。

きれい好きが幸(さいわ)いして——この場合は災(わざわ)いと言うべきだろうか——ゴミや洗い物を積み上げるのはどうしても許せなかったものだから、それを片付けるために時間を割(さ)くのも、今このときはただただ自分を追い詰めるだけだった。


 電気ケトルに水を入れて沸騰(ふっとう)を待つあいだに、窓を開けて換気扇のスイッチを入れた。

煙草に火を点け、最初のひと吸いを噛み締めてふう、と長い息を吐き出す。


「……マメだなぁ」


 向かいの部屋、すりガラスの奥でもやもやと動く人影に、思わず声が漏れた。


 この部屋に引越してきてから、煙草を吸いながら外を観察するのが習慣になっていた。

すると向かいの住人は生活時間が俺と似通(にかよ)っているのか、こうして一服するタイミングでキッチンに立っている様子がうかがえることに気づいた。

俺はと言えばカップ麺かコンビニ弁当ばかりなのに、あちらの誰かさんはほとんど毎日自炊しているらしい。


 せめて実家で食べてから帰ればまだ良いんだろうが、兄夫婦に甥(おい)、姪(めい)、そして俺のタトゥーに目くじらを立てるじじばばで大所帯(おおじょたい)のあの家は、どうにも居心地が悪かった。

なんで俺を呼び戻したのか、わけが判らない。


 ケトルの沸騰を知らせる電子音が響く。

同時に、アパートの間に横たわる道路に人影がよぎった。またあいつか。


向かいの部屋にしょっちゅう訪問している、女か男かも判然としない謎の人物。良く言えば中性的な。

あちらの顔も名前も知らないが、もしかすると料理を作ってやる理由があのひとなのか、とか。


他人のあれこれに首を突っ込むような性分ではないと思っていたが、なんとなくあの二人のことが気になって、つい一服しながら目で追ってしまっていた。



  ***



 月曜日の朝、転機が訪れた。


「おはようございます」


 挨拶にびくりと肩を震わせた俺は、背後を振り向いた。両棟共用のゴミ捨て場。秋口の涼しげな空気の中で朝日を受けて爽やかに微笑む、すらりとした男がいた。


ゆるくウェーブがかった前髪を横に流し、小ぎれいなワイシャツを身に着けている。

直感で、「向かいの人だ」と思った。姿なんて今まで見たことがなかったのに、その居住(いず)まいがなんとなくそう思わせた。


「お、おはようございま、す」


 モデルか役者でもやってるんじゃないか、という美形だった。

こんな古いアパートに、そして生ゴミの匂い漂(ただよ)うゴミ捨て場になんて到底似つかわしくない目鼻立ちの整ったそのひとに、俺は萎縮(いしゅく)していた。


「もしかして、このあいだ引越してきたひとですか?」

「へっ? あ、あぁ……そうっすね。あっちの201号室の、堺(さかい)です」


 二階を指差して、一応名乗った。それに呼応して、


「僕も、こっちの201に住んでる大川樹(いつき)と言います」


 と、更ににっこりと笑みを深くして名を告げられた。


 樹、と名乗った彼もまたその手に白い袋を提げていて、俺と同じくゴミを捨てに来たのは明白だった。

ただし、俺の方はカップ麺、弁当の空き容器が透けている。樹の袋の中には、そんなものは見えなかった。


 一瞬とは言え他人のゴミなんかを覗いてしまったことへの小さな罪悪感を覚えたが、どうやらあちらも俺と同じだったようだ。

ちらと下りた視線が、生活感あふれる袋を経由して俺の顔へと戻ってきた。


「堺さん……って、自炊はしないですか?」


 詰まりながらの呼称に、「龍治(りゅうじ)でいいっすよ」と訂正を投げたあと、左手に持った袋を掲げてみせた。


「見てのとおり。不摂生(ふせっせい)な食生活っすね」


 そんなことを訊かれたら、ふつうは不快に思うのだろうか。

だが俺は樹に対して特別に嫌悪するような感情が湧かず、つとめて軽く笑った。


 いつまでも袋を握りしめていた指が痛くなり、小汚いブロック塀に囲まれたスペースにそれを投げ込んだ。

斜め後ろに立っていた樹は、俺が投げたものの隣にそっと袋を置いた。


「こんなことを言うと、ちょっと……変なやつだと、思われるかもしれないんですけど」


 不意にかけられた言葉に、俺は「え?」とこぼして樹を見上げた。


「僕、料理が趣味なんですけど、つい作りすぎちゃうんですよね。龍治くんさえ良ければ、食べてくれないかなって……」


 照れているのか、樹はこめかみを軽く掻きながらうすく笑んでそう言った。


 唐突な提案に驚きはしたが正直、悪い気はしなかった。

ガラス越しとはいえ、いつも向かいから眺めていたからだろうか。

有名人の配信を観ていると、会ったこともないのについ知り合いのように思えてしまう、あんな感じ。


 相手が小汚いおっさんとかだったら、俺も即答で断っていたはずだ。

でも目の前に立つ男が有り体(てい)に言うならイケメンで、清潔感があって、そして「手料理を食べてくれないか」と提案してくる。


なんとなく面白がる気持ちもあったし、あのしょっちゅう出入りしてる誰かのために作ってるわけじゃないんだな、と。

腑(ふ)に落ちた感覚が、俺の頬をゆるめた。


「いいっすよ。俺で良ければ」


 この男の料理の腕も判らないのに、気がつくと二つ返事で承諾していた。



  ***



 翌日から、帰宅すると自宅のドアノブに袋が提げられているか、もしくは樹と直接顔を合わせて料理を受け取る日々が始まった。


 最初にタッパーに入れられていたのは素朴な肉じゃがで、「肉じゃが作りすぎちゃいました」なんてシチュエーションが頭に浮かんで一人で失笑した。


相手は男なのに。だがレンジで温めたそれを口に運ぶと、想像以上の美味さに思わず「うんまぁ……」と声が出た。


母親が作るそれとは根本的な味付けは違うはずなのに、噛みしめるたびに感じられる『ちゃんと作ってる感』がどうにも強烈で、食べ終わるのがもったいないとすら思ってしまった。


 お袋のも美味いんだけどなぁ。


 なにが違うのかは、包丁の握り方すら身につけていない俺には到底理解できなかった。


 和食は当然のように作ってくるし、時には中華で春巻きとエビチリだとか、洋食だとハンバーグに野菜ソテーとか。


樹は始めこそ「ご飯だけは炊いてくださいね」なんて言っていたはずなのに、この謎の習慣がつづくうちに「やっぱり僕のところで炊いちゃった方が楽なので」とかで、ついにはフルセットで届けられるようになった。


 さすがに申し訳なくて食材費を渡すようになったが、それも「けっこうです。僕が好きでやってることですし」と突き返されそうになったのを、それだけは譲れないと無理矢理ズボンのポケットにねじ込んだ。


いくら俺に生活能力がなくたって、昨今の値上げラッシュで自炊に金がかかることぐらい、想像がつく。


 そんな奇妙なご近所付き合いが始まって、十日ほど経ったころだったろうか。


いつも俺は帰宅してから、風呂に入って、飯を食って、キッチンで煙草を吸う。そしてその火を灰皿でねじ消して窓を閉めると、まるで見計らったかのようにインターホンが鳴って、樹がタッパーや食器を回収しにくる。


それが2、3回とかなら『偶然』で片付けられたかもしれないが、ふと気づいてしまった。あいつ、毎回同じタイミングで来るぞ、と。


 そして今日もまた、ドアに提げられていたひじきの煮物とアジフライを腹におさめたあと、どうにもうそ寒いような心持ちを覚えつつ換気扇の下で一服していた。


 いや、俺だっていつもこの窓から樹の家を見ていたのだから。考えようによっては趣味の悪い行いだ。

そして俺から向こうの様子がなんとなく把握(はあく)できていたということは、樹からも……という可能性は十分にある。


ただし、外を眺めている俺と違って、あちらの窓はぴしゃりと閉ざされているのだが。


しかも、煙草を消して窓を閉めて、こちらから外が見えなくなった後に来るものだから。

あいつが部屋を出て、目の前の道路を横断してくる姿も、俺は視認したことがなかった。


 だから今日は、樹の妙な行動をどうしても確かめたくて。煙草の火を消したあとも、窓を閉めずに外を眺めていようと決めていた。

そして本人に直接訊くんだ。「いつもタイミングばっちりで回収しに来るのはなぜか」と。


 しばらく調理台の前に立っていると、向かいの窓がつっかえながらスライドしていった。

やっぱり。俺がここに立ってるかどうか、見てたのか?


 とはいえ、ここであいつと目が合っても気まずい。そっとサッシに手を伸ばそうとした俺はしかし、予想外のものが視界に飛び込んできたことで固まった。


「……なんだあれ?」


 樹の部屋には、二人ぶんの人影。一人はおそらく樹本人で、もう一人は……。


 すっと、ライトに照らされる位置に現れたのはあの中性的な人物だった。

最近は見なくなったと思ったが、やはり樹と親しい仲は続いているのか、と。


そう納得しかけた俺は、あの何者かがかざしたものにぎょっとして身を乗り出した。

ぎらり、と白い光を反射するのはきっと、刃物だ。それを顔の横に振りかざし、樹に向かってか何やら声を上げている。


 これは、さすがに。まずいんじゃねえの。


 気がつくと、玄関を飛び出していた。ほとんど飛び降りる勢いで一階へと下り、向かいのアパートの階段を一足(いっそく)飛びで駆け上がった。


「おい! 大丈夫か!」


 鍵がかかった201の扉をガンガンと叩き、声を張り上げる。数秒後、ガチンという音が響いてドアノブがゆっくりと回った。


「え、なになに? 急にどうしたの」

「どっ、どうって……! あんたこそ、」


 言いかけたところで、樹の後ろからあの人物がぬっと顔を出した。


「なあにぃ? 誰よこの子」


 男の声だった。見た目も、近くで見ると男らしい線が判る。

それなのに口調だけが女のようで、俺は若干の混乱を抱えながら「え?」と口にしたまま二人の顔を交互に見比べていた。


「あ、ミトちゃん、この人が例の龍治くん」


 樹に『ミトちゃん』と呼ばれた男(?)は怪訝(けげん)そうに眉を寄せて、「ふうん」と発したあと俺の頭から爪先までをじろりと眺め回してきた。

よく見るとその手には先ほどの包丁が握られていて、俺は思わず一歩後ずさった。


「で、龍治くんなんか慌ててたみたいだけど。『大丈夫』って……なにが?」


 樹は柔らかい笑みでそう問うてきた。


「え、っと……なんか、刺されそう? になってるのが、見えちゃって……」


 正直にそう伝えると、ミトが「まあ失礼ね」と唇を歪めた。手にしていた包丁をキッチンに置き、こちらへと歩み寄ってくる。


「こいつが、毎日毎日どっかの誰かに手料理届けてるなんて言うもんだから。そんな気持ち悪いことしてんじゃないわよって、ちょっと釘刺してただけよ」


 樹を押しのけて目の前にやってきたミトが、ふん、と鼻を鳴らし、俺の額(ひたい)を指先で小突(こづ)いた。

香水だろうか、ムスクのような重く甘い香りが、一瞬ふわりと漂う。同時に、「あんたのためでもあるんだから」という呟きに、俺は首をかしげた。


「あの、それじゃあ……俺の勘違い……?」

「あはは、そうだね。ミトちゃんは僕のビジネスパートナーみたいなもんだから。危ない人じゃないよ」


 ミトの肩越しに、眉を八の字にした樹の笑顔が覗いた。


 なんだ。ただ、俺が先走って恥を晒しただけか。


 うっすらと顔に熱がのぼってくるのを感じ、それとともに、ミトが『ビジネスパートナー』と呼ばれたことへの奇妙な感覚が胸の内に広がる。

だが、それの意味を探れるほどの賢さも余裕も俺にはなかった。


 そうして自宅へとUターンし、再度タッパーを返しに樹の家を訪ねたときにもまだミトはいた。

いや、待ち構えていたのかもしれない。なぜならば、


「あんた、気をつけなさいよ。あんまりお人好(ひとよ)しがすぎると、痛い目見るわよ」


 樹の目を盗んでそう囁いてきたミトの表情は、決してふざけているようには思えなかったからだ。

 


  ***



 後に聞かされたのは、ミトとは『水戸(みと)』という名前から来ていること。

そして彼は、樹の古い友人であるという断片的な情報だった。


 訊けば、教えてくれたのかもしれない。

どんな仕事をしているのかとか、どうしてここに住んでいるのかとか。


そうだ、そもそも「毎回タイミング良くうちを訪ねてくるのはなぜか」も聞きそびれている。

けれどもそれに気づいたときには、もはやどうでも良いと思ってしまっていた。


そんな小さなことなど吹っ飛ぶような出来事が、俺を襲ったのだから。


 水戸との一件から数日後。アパートへ帰りつくなり、反対側から「龍治くん!」と呼び止められ、振り向くと樹が部屋から出てくるところだった。


なんだか大荷物を抱えて鍵をかけるのにも難儀(なんぎ)している様子で、なにやってんだ、と大人しく動向を見守っている俺の方へ、にこにこと満面の笑みを浮かべた樹がやって来た。

その手には大きな鍋と、腕にはビニール袋が提げられていて。


「……あの、これは……どういう……」


 鍵を手にしたまま硬直する俺のことなどどこ吹く風といった樹は、得たりとばかりにくっきりとした二重瞼(まぶた)を見ひらいた。


「どうせならもう、龍治くんの家で作っちゃおうと思って!」

「……は、い?」

「光熱費とか、洗い物の水道代とかは僕が持つから。ここで作って一緒に食べた方が、楽しいでしょ?」


 さも当然、これぞ名案と言い放った樹。ちらりとビニール袋の中を覗けば、どう見繕(みつくろ)っても一日で食べ切れはしないだろう量の食材が、ぎっしりと詰め込まれている。


 あ、こいつ。マジなやつかも。


 知らず知らず取り落としていた鍵を、両手いっぱいに荷物を抱えていたはずの樹がさっと拾い上げた。

流れるように、鍋を渡されて受け取ってしまっていたからだった。


「なに食べたい? なんでも言ってね」


 嬉しそうに言って、樹は俺に断りなく鍵を差し込んだ。

蝶番(ちょうつがい)がきしんで、玄関のドアがひらかれる。


 俺はずっしりと重たい鍋を腕に抱えたまま、「おじゃましまーす」と家の中に上がっていく男の背中を、呆然(ぼうぜん)と見送るしかなかった。


「あ、龍治くん。肉じゃがとかどう?」


 

 続……?

お読み頂きありがとうございます〜


万が一続き(R18)を読みたい方がいらっしゃったら書きますんで。リクエスト下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。