第3話 エライア姫の日課とヘルメットの正体
わたくしはエライア・ヴァーン。クロス・ヴァーン帝国を治めているのが、わたくしの父エグゼウス・ヴァーンですわ。
わたくしは毎日、この補給倉庫に来るのが日課ですの。
え? 「何をしに?」ですって?
愚問ですわね。
決まっているではありませんの。もちろんメカを見るためですわ。
あの無機質で固い機体に、打ち込まれたリベット。そして、溶接痕とオイルの香り。最っ高に興奮しますわ!
ほら! 見てくださいまし、あのメカから漏れ出るトロットロの廃オイル!
あれが美容に最適なんですのよ! さっそく顔に塗りましょう。ぬりぬり。……あぁいい香り!
それはそうと、今日はなんだか騒がしいですわね。いつもはザッツさんが、一人で黙々とひたすら(非効率な)作業しているだけですのに……。
な…なんですの、あのお方は!?
あの硬そうなヘルメットに、無骨な傷跡!
最高に興奮しますわ!
◇
薄暗い明かりに照らされた、鉄臭い倉庫のなかで、俺はARディスプレイに表示された物品リストをゼロから作り直し始めていた。
目の前の空間に投影されているキーボードを打ち込んでいると、隣でその様子を見ていたザッツが感嘆の声を上げた。
「おぉ! もの凄いスピードでリストが完成していくな!」
「え? このリスト見えてるの?」
「ん? もちろん見えてるが?」
(この画面、周りからも見えてるのかよ! 俺が知ってるARと違う! 危なかった……。それを知らずにいたら、皆の目の前に、ちょっとエッチなグラビアを投影してしまう地獄の未来もあり得たぞ。コンプラ的に完全アウトだ。セクハラで訴えられる! ありがとうザッツ。出会って初めて良い仕事をしたな)
平静を装いながらキーボードを打ち込み続けていると、目の前のコンテナの隙間から、熱っぽい視線を感じた。
そこにいたのは、顔を油まみれにした娘だった。20歳くらいだろうか。腰まで届きそうな長い金髪を、頭の後ろで一つに束ねている。油にまみれていても美人だということが分かる端正な顔立ちをしていた。
まぁオイルでテッカテカに輝いているが……。
(ずっとこっち見てるんだが? 俺、なんかした? まだグラビアは投影してないぞ?)
「なあ、ザッツさん。あそこにいる女性は――」
俺が、ザッツにその娘の事を聞こうとしたとき、ザッツが慌てて俺の腕を引っ張った。
「アストラさん、ちょっとこっちに……」
「おっと、なんだ? どこに行くんだ?」
なぜか俺を凝視しているその娘を置き去りにして、ザッツは俺を部屋の隅に引っ張って来た。
さすがについてくることはないものの、遠くからまだこちらをガン見している。
(マジでなんなんだ?)
俺がそう思っていると、ザッツが俺の方を向いて、声を潜めた。
「アストラさん、あんたもやっぱり気づいてしまったよな?」
(え? なにが?)
ザッツは、無言で立っている俺を見て、勝手に「イエス」と受け取ったらしい。
「やっぱりな……。そう、あんたが思っている通りさ。あれはクロス・ヴァーン帝国の姫、エライア・ヴァーンだ。でもな、気づいてないフリをして欲しい。エライア姫は、こちらが自分に気づいていないと思い込んでいる……お忍びのつもりらしい」
(姫? あのオイルまみれが?)
「エライア姫とは、一般人と同じように接してもらいたいんだ。エライア姫は、ここではエヴァと名乗ってる。間違ってもエライアと呼ばないように注意して欲しい」
「あぁ、分かったよ。問題ない」
俺にとっては、ただの知らない女の子だしな。姫だろうが異星人の俺には関係のない話しだ。
元の場所に戻ると、ザッツは、「話を合わせろよ」とでも言いたげに、俺だけに見えるようにウィンクして、俺に姫を紹介した。
姫はまだ俺をいや、俺の頭部を凝視している。
(俺はまだハゲてないぞ?)
「アストラさん、この娘はエライ……エヴァさん、無類の機械好きだ。ここへは趣味で来てる」
(お前! いまいきなり『エライア』って言いかけただろ! このポンコツ星人が! っていうか、趣味で軍の倉庫に入るって? ここのセキュリティはどうなってるんだ? ガバガバ過ぎるだろ)
「姫……じゃなくてエヴァさん。この人は、新しくこの倉庫で働くことになったアストラさんです」
(ザッツお前……隠す気ゼロだろ)
「……どうも。俺はアストラだ。よろしくなエヴァさ――」
エライア姫は俺の挨拶に、なぜか被せ気味で食いついてきた。
「ちょっとあなた! そのヘルメット! ちょっと見せて下さらない?」
「え? あ、いや……これはダメです」
(いきなりなに言ってるんだこの娘。俺は耳を見られるわけにはいかないんだよ)
「ちょっとだけでいいから! お願いしますわ! 近くで匂いを嗅がせてくださいまし!」
「いや、これは……。祖父の形見、と、いうか……。ひとに触らせてはならないという遺言(?)的なやつで」
俺が、我ながら苦しい言い訳をしたその時、エライア姫とザッツが、カッと目を見開いた。
「まっまさか!!」
「クラウス・クロス将軍のヘルメット!?」
俺は、なんか面倒くさいので、とりあえず話を合わせた。適当に話を合わせておくのが、面倒な客をあしらうコツだ。
「あ、あぁ。よく知ってるな」
俺のその適当な返事に、ザッツが声を荒げる。
「知らないはずがないでしょう! この国を作った伝説の将軍だぞ! こんなところで本物にお目にかかれるとは!」
(しまった……余計面倒くさくなっちまった。っていうか、お前ずっとお目にかかってたはずだぞ。節穴か?)
エライア姫は、恍惚とした表情で俺のヘルメットをペタペタ触りながら、ずっと眺めていた。
中身(俺)のことは完全に無視して。




