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彼女の手料理

 ──翌朝、起きたら彼女が眼前に居るのではないかと目を開ける前にドキドキしたけど、そこに彼女の姿はなかった。


 ほっとしている自分と残念がっている自分の両方の気持ちを胸に抱えながら寝起きで重い身体を起こす。


(先に起きているのかな)


 俺は寝室を出て、ドアを開けてリビングの中に入る。


「あ、おはよう香坂くん」


「なにしてるの?」


 てっきりソファーかテーブルでトーストでも食べているのかと思ったけど、彼女が居た場所はオープンキッチンの中だった。


「見ての通り」


 微笑む彼女はエプロンをして、玉子焼きを作っているところだった。


「料理なら言ってくれれば俺がやるのに」


 実は俺にはゲーム以外で、彼女に勝てる要素がある。


 それは家事能力の高さだ。俺は今でこそ馬鹿な夢だと思うのだが、昔本気で将来の夢が専業主夫だったことがあり、その夢を掲げていた時に家族から家事のいろはを一通り叩き込んでもらったのだ。


「たしかに、香坂くんの方が上手くこなせるのは認めるけどさ」


 彼女は玉子焼きを巻きながら続ける。


(驚いた、中々綺麗なもんだ)


「やっぱり、こういうのって女性の私がやるのが喜んでもらえるかなって」


「そういうこと考えたりもするんだな」


「人に喜んでもらえるかもって考えて行動するの私は好きだよ」


「じゃ、ここはお言葉に甘えて手を出さないで待っていようかな」


 焼けた鮭やご飯を盛りつけながら彼女は応えた。


「期待して座ってて」


 俺は彼女が鼻歌まじりにお味噌汁をかき回す背中をテーブルの椅子に座りながら眺める。


 俺が知る限り、彼女は元々本当にお味噌汁くらいしか作れなかったはずだ。両親が居ない時、夕飯を作っていたのはいつも俺だった。


「お待たせしました」


 それが、どうだろうかシンプルな和食とはいえ、きちんと家庭の暖かみを感じるような朝食が作れるようになっている。


「食べる前に聞いて良いか?」


「ん、うん」


「料理はいつから覚えたんだ?」


「同棲の提案を受けてから、お母さんに徹底的に教えてもらったけど、やっぱり短期間だと料理は難しいね。香坂くんは凄いや」


「充分、大したもんだと思うけどな」


 彼女はパッと顔を明るくしてから少し照れくさそうに微笑む。


「ありがとう、修行したかいがあったね」


 ふいに、感じる暖かさが俺の鼓動をどくんっと跳ねさせる。彼女の照れくさそうな微笑みは眩しく降り注ぐ陽の光のようで思わず目をそらしてしまう。


「あ、私そろそろ行かないと」


「もうか?」


 まだ登校するには時間が早すぎる気がするけど。


「先生に個別に教えてもらいたいところがあるから」


「そうか、大変だな。無理し過ぎるなよ」


「うん、香坂くんはもう少し無理した方が良いかもよ?」


 彼女は意地悪そうな笑みで言いながらカバンを持つ。


「・・・・余計なお世話だよ」


 彼女は「行ってきます」と玄関から出ていった。


 不思議なもので、たった数日なのに一人きりのリビングの静まり返った様子が妙に落ち着かない。


 とりあえず、テレビでニュースを見ながら彼女が作った朝食を食べる。

 鮭の焼き具合が絶妙で口の中でほろほろと溶ける。他の料理も見た目は素朴なのに味はつい最近料理を覚えたとは信じがたいものだった。


(本当に沢山練習したんだろうな・・・・)


 箸が止まらない。料理を作る側だった俺は作ってもらう喜びがピンとこないでいた。


 しかしこの作り手の暖かさを感じるのが喜びなのかもしれない──。



 学校に登校すると、珍しく前の席でいつも話しかけてくる神代の姿が見当たらなかった。


「なあ、神代のやつは休みか?」


 俺は隣の席の男子生徒に聞く。あまり接点はないが、温和そうな男子生徒なので問題ない。


「ああ、風邪じゃないかな? なんか流行ってるみたいだよ」


「こんな時期に?」


「まあ、冬はとっくに過ぎたのに珍しいよね。えっと香坂くんも気を付けて」


 彼はそう言って別のクラスメイトと話し始めた。


 神代が風邪で休む・・・・思い返してみるとそんなことは今までほとんどなかったように思う。


(ひかなそうな奴が案外ひいたりする時もあるのか)


 俺はふと、前の方でクラスメイトに囲まれている彼女を見る。完璧な藤野涼香、今までならそう捉えていたはずだ。


 でも、どうしてか今の彼女はどこか綻びが生じているようなそんな感じに見えた──。

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