引っ越しと勝負
彼女は僕とは違い、高校進学と共に親と一緒に越してきた。
古本屋のある場所からは歩きで行くには少し離れていて、俺たちは適当な場所でタクシーに乗って移動する。
「それにしても、色々買うものがあるって言ってたのに本とパンしか買ってないね」
俺は車内で彼女の持っている袋を横目で見ながら言った。
「色々な本とパンを買ったんだよ」
なるほど、色々買うものがあるという『色々』はそういうことか。
物は言いようというかそんな感じはするけど。
「君の部屋は昔みたいに本が乱雑に並んでいたりするのか?」
「お楽しみ」
彼女はそう返したきり、口を閉じた。
(お楽しみ・・・・ね)
俺の脳裏には本棚に収まり切らずに、床に積まれた本の山で足場が少ない部屋の様子が鮮明に浮かべられた。
もし、それも引っ越すとなれば──俺にとってはお楽しみとは言えないな。
タクシーが停車したマンションは、俺の住んでいるマンションとは比べ物にならないほど高く大きい。
もはや、小綺麗の域を超越していた。
「相変わらず、だな」
そうは言ってみたものの久しぶりに目の当たりにする富裕層の住んでいる世界は俺の頬を引きつらせるものがある。
うちの高校に入れるくらいには、俺の家庭も富裕層に入るのかもしれないが、藤野家には及ばない。
「あら、久しぶりね香坂くん」
玄関から出迎えてくれたのは、彼女の母親である藤野綾香さん。
三十前半と実際若い人ではあるけど、見た目は二十前半や大学生に近いく
らい若く、うちの母親とは老化のメカニズムが根本的に違うとしか思えない。
「お久しぶりです、相変わらずお若いですね」
「香坂くん、私にその褒め言葉は定型文じみて聞こえるのよ」
本心ではあるけどたしかに、その通りだ。
──結局、彼女の部屋は予想していたよりだいぶマシではあったものの、全ての本や物を持っていくわけにもいかず、彼女はしぶしぶ綾香さんの車につむのに無理のない量に限定した。
「香坂くんと涼香は一緒にゲームとかしないの?」
運転席から綾香さんが後部座席にいる俺たちに話しかける。
「ゲームですか」
隣で彼女はハッとしたような表情をしたのに気付く。
「そうそう、香坂くんは昔からよくやってるじゃない?」
「まあ、かなりやる方だと思いますけど」
「良かったら、娘ともやってあげてね、楽しみにしているみたいだから」
彼女は何も言わない。これは意外といえば意外だった。俺はともかく彼女はどちらかといえば、そういったデジタルコンテンツよりも読書や勉強にしか興味がないイメージだったから。
「それじゃあ、何かあったらいつでも連絡してね」
綾香さんはそう言って連絡先の書かれた紙を俺に渡して帰っていった。
──なんだか、色々な出来事があった後に我が家のリビングに帰ってくると、安心感と疲労感の両方がいつもの倍感じる。
俺と彼女は夕飯にパンを食べて、お風呂がたけるまでの間、ソファーに座って紅茶を飲んでいた。
やがて彼女がテレビの下の棚にあるゲーム機を指差して言った。
「香坂くん、勝負をしましょう」
「勝負?」
「ゲームで勝った方のお願いを常識の範囲内でなんでも一つ聞く」
「面白いけど、それ俺に有利じゃないか?」
「香坂くんあまり自分を過大評価するのは良くないよ」
彼女のあおるような口調で放たれたその言葉で俺は一気にやる気になる。
「その勝負乗るよ」
俺はソファーから立ち上がると棚からゲーム機を取り出す。
テレビに接続しながら、俺はかすかに違和感を感じていた。
明らかに勝ち目がないのに、彼女の態度がどこか自信に満ちていることに──。




