お買い物
考えられるだろうか、昨日まで夢だと思っていたことが一夜にして叶ってしまっていることが。
部活が終わり、再び昇降口前で合流した彼女と俺は並んで桜並木を歩いていた。
俺は感動と緊張が入り混じった複雑な感情で胸がいっぱいになっていて、会話することができない。彼女もまた一言も言葉を発することはなかった。
代わりに俺は横目でちらりと彼女の横顔を眺める。
夕陽に照らされた暖色と桃色が入り混じった桜を背景にした横顔は美しい絵画の女性のようでもあったし、映画のワンシーンのようでもあった。
(可愛いではなく美しいと思ったのは初めてかも)
「ねえ、香坂くん」
つい、ぼんやりと見つめていたら唐突に彼女が言葉を口にしたので慌てて視線をそらす。
「どうした?」
「なんか、校内で並んで歩くのってドキドキするね」
「それは、誰かに見つかるか見つからないか的な感じの?」
「そうそう、それになんだか新鮮」
(事実、一緒に下校するのはおそらく初めてだけど)
もし、このまま校門を出る前や出た後に他の生徒に見つかった時、彼女は俺のことをどう説明するのだろうか、かなり気になる。
(そもそもこれじゃ時間差で登校する意味とは・・・・)
一人、二人にはもしかしたら見つかるかもしれないという俺の予想は外れ、街中に出て大型のスーパーに到着するまで見つかることはなかった。
「香坂くんはベーカリーコーナはよく来る?」
スーパーに入って真っ先に向かったベーカリーコーナで彼女は両手におぼんとトングを持って、パンをのせながら言った。
「いや、あまり来ないな。朝もほとんど食パンだし」
まあ、別にお金がないとかそういうことではないのだが。
「夕飯はやっぱり自炊してるのかな?」
彼女は沢山並べられた香ばしい匂いがするパンを悩みながら眺め、良いパンを見つけるとパッと明るい表情になりおぼんにのせていく。
その様子がなんだかさっきまでと打って変わって可愛らしい。
「ああ、基本は自分で作ってるよ、家事ぐらいしか取り柄ないんだよ」
「私は良いと思うけどな、お味噌汁くらいしか作れないから羨ましい」
そんな会話をしながらパンを選び終わり、会計を済ませると俺たちはスーパーを後にした。
──スーパーを出て、彼女の言う次の目的地までの道を歩いていると、陽が沈み、街中の明かりや行き交う車のヘッドライトが際立ち始め夜の訪れを感じる。
隣の彼女は軽く鼻歌を歌っていて弾むような足取りで歩いている。
(学校じゃ見せない機嫌の良さだ)
両手で大事そうにパンの入った袋を抱え込んでいる姿はあどけなさを感じさせる。
「そのパン、今日中に食べるのか?」
「もちろん」
「意外だ、君がそんなにパン好きだったなんて」
「まあ、疎遠になり始めた辺りから開花した好みだから、そう思うのも無理はないね」
街の中をしばらく歩き、右手の細い路地に入ってすぐの場所に目的地はあった。その場所を俺はよく知っていた。
今となってはほとんど行くことはなくなっていたが、昔は彼女とよく通った目立たない古本屋。
「なんだか、昨日のマクドナルドといい思い出の場所巡りしてるみたいだな」
「実際そのつもりだよ、嫌?」
彼女は奥の方の本棚に向かいながら、そう言って後ろを歩く俺の方をうかがう。
「嫌ではないよ」
(こういう機会は距離を縮めるにはもってこいですらある)
パンを選ぶ時と違って、本を選ぶ時の彼女はどこか落ち着いていて、容姿とあいまって文学少女的な雰囲気が増していた。
ここまで色々な彼女の顔を見てきた、そのどれもが紛れもなく藤野涼香の要素だけど、どれが本質に近いのかは分からない。
(マンションでのラフな彼女がそうであるなら良いのだが)
俺も割とコアな本好きではある。
だから、結局数冊ほど悩んだ末に購入した。
外に出る頃には空は暗く、欠片のように小さな星が申し訳程度に散りばめられていた。
「じゃあ行こうか香坂くん」
「行くって、もうマンションに帰るんじゃないのか?」
「私、荷物まだ置いてきたままなの」
「というと・・・・?」
「香坂くんも私の家に一度来てよ、親は居るか分からないけどね」
今日の下校もそうだったけど、そんなに誰かに見つかりそうな行動をとって大丈夫なのだろうか・・・・?。
俺と一緒に居ること自体、見つかれば学校での彼女のイメージを崩しかねないものなのに。
同時に、彼女が今住んでいるところには行ってみたい気持ちもあった──。




