慣れない同棲
──マクドナルドで夕食を取り終わる頃には、夜はすっかり更けていて、マンションまでの細い路地を照らすのは所々に設置された白い街路灯のみで、幽霊でも出てきそうな不気味さがある。
俺はあまり夜更けに外出することがない。
そのせいなのか、元々怖がりなのかは分からないが、早くマンションの入り口近くの暖色の明かりがついた所に行きたくて、自然と早歩きになる。
「ちょっと香坂くん歩くの早いよ」
彼女は小走りで俺の隣に並ぶと、頬を膨らませてこちらに鋭い視線を向ける。かなり距離が離れていたのか、彼女は少し息を切らしていた。
「ああ、ごめん。ついね」
「怖がりな所も変わってないんだね」
ふと、昔の記憶がフラッシュバックする──。
藤野家と香坂家は昔、よく遊園地に行ったりもしたが、お化け屋敷に入ると俺はよく泣いていた。作り物だと分かっていても怖いものは怖い。
今の路地に幽霊や犯罪者が居ないのは分かっているけど怖いのと同じように。
「君も怖がりだったじゃないか」
「泣いてはなかったけどね、それに今は平気」
そんな他愛のない話をしながら歩いていると、マンションの入り口に着き自動ドアをくぐって中に入る。
(なんだか不思議な感じだ)
いつも一人で帰るマンションに、二人でしかも片思い中の幼馴染と一緒に帰るという状況が新鮮でまるで新居に引っ越してきたんじゃないかという錯覚すら覚える。
マンションの部屋のドアを閉めて、リビングの電気を付けると彼女はキッチン前のテーブルに、勉強道具を並べて椅子に座る。
「これから勉強するのか?」
「課題は終わってるんだけど、今日の復習と予習しなきゃだから、やってから寝ようかなって」
俺なんか、課題すら提出期限ギリギリまで手を付けないのに、こんな夜更けから勉強するなんて考えられない。
それに、今日はまだ水曜日で明日も学校がある。
(一体毎日何時間睡眠なんだろうか・・・・)
「じゃあ俺は先に寝るよ、風呂わいてるから適当に入ってくれて構わない」
「そうする」
彼女はもう勉強モードに入りペンを紙面上に走らせていた。
(大した集中力だな・・・・)
──でも、彼女は昔からこんな感じだったと思う。
集中に入るのも早く、長い時間取り組める。
今や誰もが憧れる彼女の能力も一番最初に傍で目の当たりにして憧れを抱いたのは俺なのだ。
──ある意味、そのことで人生は不平等だなと常々思わされた。
(まあ、嘆いても仕方あるまい)
俺はリビングから寝室に移動する時、もう一度彼女の方を見て思う。完璧でいることにも多大な努力が必要なのだと。
寝室の扉を閉めて、ベッドの上に身体を預けると思わず深いため息がこぼれる。
(疲れたな・・・・)
全身が急激に重くなり、ベッドに沈み込んでいくような感覚が襲う。
まぶたを閉じると意識はすぐに薄れ始めた──。
「・・・・おつかれさま香坂くん」
耳元で彼女がささやいているような声が聞こえる。
「おやすみなさい」
そこで俺は完全に眠りに入った。
翌朝、寝室の窓から差し込む朝日と共に甲高く鳴り響く目覚まし時計の音で目が覚める。
おかしい寝る前、カーテンは閉まっていたはずだが・・・・。
そこで俺は不意に昨夜の眠りに入る直前に聞こえた声を思い出して、心臓の鼓動が何段階も早くなるのを感じる。
「やっと起きたね香坂くん」
「昨夜、もしかして寝室に来たのか?」
彼女はなんでもないことのように頷いて、言った。
「別に良いでしょ幼馴染なんだから」
一瞬、そういうもんなのかと納得しかけている自分がいて、俺は首を左右に振る。
「せめて、事前に言ってくれ・・・・心臓に悪いんだ」
「分かった、それと香坂くんは時間差で登校してね」
(ああ、そうかこの関係がバレるのはまずいか)
俺が頷くと、制服姿の彼女は玄関に向かって行った。
扉が閉まると同時に、俺はふっと息を吐く。
片思いの幼馴染と同棲という理想的な環境にまだ俺の気持ちが追いついていないのを感じる。
「・・・・どうなるのかな」
この同棲が俺と彼女の関係をどう変えていくのか、今はまだ未知数だ──。




