幼馴染の距離とあどけなさ
「お邪魔しますね香坂くん」
とりあえず、中に入って事情を説明したいというので俺は流されるまま彼女を玄関からリビングへと案内した。
彼女がソファに座ったのを確認すると俺はオープンキッチンへ行き、棚から二人分のマグカップと紅茶の粉末が入った袋を取り出して、カップに粉末を入れてお湯がわけるまでポットを見つめていた。
ちらりと彼女の方に視線を送ると、俺の部屋をきょろきょろと物珍し気に見回している。玄関先での緊張した様子は嘘のように消えていて、肩の力を抜いてリラックスしているようだった。
(俺の方は目を合わせられないくらい緊張してるんだが・・・・)
「香坂くん」
不意に名前を呼ばれてとっさに応える。
「はい、なんでしょう」
「昔から几帳面なところは変わってないんだね、よく整理整頓されてる」
「ありがとうございます、整理整頓はもうライフワークみたいなものですから」
俺がそう言うと彼女はなにか機嫌を損ねたように頬を少し膨らませて鋭い視線をこちらに送ってきた。なにか、気に障る受け答えだったのだろうか・・・・。
恐る恐る、聞いてみた。出来るだけ低姿勢で丁寧に。
「なにか、気に障る答え方だったでしょうか? もしそうなら改めますが・・・・」
彼女はますます不機嫌そうな表情になり、今度は頬を膨らませたまま視線を落とした。
「・・・・なんでそんな他人行儀みたいな態度なの、私たち幼馴染なのに」
「それは・・・・昔はそうだったかもしれませんが」
「勝手に過去の話にしないで、確かに香坂くんと接することは出来てなかったけど」
そこで彼女は言葉を止めた、掛け時計の秒針が動く規則正しい音とふつふつとポットのお湯が沸騰する音が沈黙をうめていた。
やがてぽつりぽつりと彼女は言葉を発する。
「私、楽しみにしてた。だから昔みたいにもっと気軽に接してよ・・・・だめかな?」
上目遣いでこちらを見る彼女の瞳は少しうるんでいる。
「その、悪かったよ。久しぶりすぎて距離感が分からなかったんだ」
俺はそう言って二人分の紅茶をテーブルに置くと、彼女の頭をそっと撫でる。目を閉じて撫でを受ける彼女はどこかあどけない。
昔は彼女の機嫌を損ねてしまった時や喧嘩して仲直りする時はこうやって頭をよく撫でてたなっと思い出してやってみた。
(どうやらいまだに効果は抜群だな)
撫で終わると、彼女は向かい合うように置いた俺のティーカップを自分の隣に移動させる。
「隣に来て」
「いいのか?」
「香坂くんが嫌じゃなければ」
俺は言われるがままに彼女と隣同士になるようにソファーに腰をおろす。
「高校卒業までだって、私たちが疎遠なのを心配していっそ同棲させるのはどうかって」
「相変わらず、思い切った発想する親だよなお互い」
「私は感謝してるよ、よく思いついたって」
言いながら、彼女は徐々に距離を詰めてきて、ついには肩が当たるくらい近くまで来ていた。香水のような香りが鼻をかすめて、鼓動が早くなる。
「あの、近いんだけど」
「いいの、昔はよくこうやってくっついてたでしょ」
小学校の時と今だと気持ち的に全然違うはずなのだが、どうやら彼女にとっては変わらないらしい。段々、彼女との間に感じていた壁や距離の遠さは、実は錯覚なのではないかと思えてくるほどに今の彼女は昔となにも変わらない。
(それでも俺は緊張しっぱなしなのだが・・・・)
グーっと彼女のお腹が鳴ると音がした。気づけば時刻は夜の八時をまわっている。彼女は一瞬恥ずかしそうに視線を落として自分のお腹をさすりながら言った。
「香坂くん、お腹空いちゃったみたい」
──他の生徒に見つかると面倒なことになるのが容易に予想が出来たので、俺たちはしばらくお腹の空きを我慢して夜の遅い時間に近くのマクドナルドで夕食を取ることにした。
別に自炊して食べることも出来なくはないし、そうするのが一番安全なのだけど彼女が記念すべき初日は思い出のお店で外食したいときかないので仕方ない。
「美味しい~」
よっぽどお腹が空いていたのだろう、彼女はテーブルにハンバーガーセットが運ばれてくるなりすぐに手に取って小さい口をめいいっぱい開けてかぶりついた。
「ついてるぞ、ケチャップ」
言われて彼女は口元をティッシュでふいてこちらに微笑む。
「ありがとう、香坂くんってこのやりとり中学入りたての頃にもやったよね」
「よく覚えてるな」
俺は素直に感心した。よく数年も前の些細な出来事を瞬時に思い出せるもんだ。
「まあ、あの時は香坂くんも口にケチャップ付けてたんだけどね。成長したね」
「そこまで覚えてるとなんか怖いな」
昔から物覚えは桁外れに良いとは思っていたが、勉強だけじゃなく日常の出来事の記憶も解像度が高いのか・・・・。
それにしても夢中でハンバーガーを頬張る彼女を見ていると学校での藤野涼香とは別人のように思えてくる。
(壁を作っていたのは俺だけなのかもしれない)
「それで、香坂くんはいつもどこで寝てるの?」
「寝室があるからそこで寝てる、もう一つ空き部屋があるからそこで寝ると良いよ」
無駄に部屋数も多く広いのを改めて考えてみると、もしかしてあのマンションを契約した時から同棲させることを想定していたのではないかと思ってしまう。
あの親たちならありえなくもないのだ。
「そう、分かった」
短く応えた彼女の表情はなにか思案しているようなそんな顔をしていた──。




