ヘアピンの上に百合が咲く
※百合作品です
「はぁ……」
トイレの洗面台で鏡を見ながらため息をつく。
クラス委員長の天野美歩。それが私だ。
今は昼休憩の時間帯。
次は体育の授業だからそろそろ着替えないといけない。
女子高に入学して二年目の夏。私はプレッシャーで押しつぶされそうだった。
気弱な私に委員長なんて大役は荷が重いよ。
もっと相応しい人がいるのに。
「もうこのままズル休みしちゃいたい……」
バタンと個室のドアが開く。
「ひゃぁっ」
誰もいないと思っていたから、私は思わず声を上げて驚いた。
「ん?誰かと思ったら天野じゃん」
「あっ、諸星さん」
クラスメイトの諸星紗香が私の隣で洗面台の蛇口をひねる。
私とは正反対の明るくて堂々とした女子。
いつもクラスのおしゃべりの中心にいる、女子のリーダー的存在。
彼女こそ委員長に相応しいのに。
「それにしても、真面目な委員長からズル休みなんて言葉が出てくるなんて、先公が聞いたら卒倒するんじゃないか?」
やっぱり聞かれてた……。
「真面目なんて、他に取り柄がない人に言うお世辞文句だよ。私も諸星さんみたいにカッコいい女子になりたいなぁ。誰とでも仲良くなれてすごいよね。私は気弱だから、みんなの前では緊張して上手く話せなくなるから……」
「うちがすごい?委員長に選ばれるほうがすごいに決まってるじゃん」
「それは成績が良かったから選ばれただけで、諸星さんのほうが委員長に向いているよ」
「分かってないなぁ、うちが委員長なんてやっても誰も言うこときかないっしょ。真面目で頑張り屋な天野だからみんなから尊敬されてるんだよ」
「でも……毎日悩み事ばかりで」
「それを言ったらうちもさぁ、ちょっと困ってるんだよね」
諸星さんが珍しく弱音を吐いた。
「猫のヘアピンをなくしてさぁ。あれ気に入ってたからショックで」
そういえば、いつも髪につけてる猫の顔をあしらったヘアピンが付いていなかった。
「よしっ」
隣でばしゃばしゃ水で顔を洗い流す諸星さん。
「ごめんな、委員長も大変なのにこんな相談してさ。まっ、なくしたもんはしょうがない。いつまでもクヨクヨしてらんないよ。それじゃ~」
「あっ、うん……」
諸星さんは手を振ってトイレから出て行った。
よっぽど大切なヘアピンだったんだろうな。
クラスメイトの困りごとだし、ああは言っていたけど委員長として見つけてあげないとだよね。
体育の授業は長距離走だった。
クラスメイト達のブーイングの嵐を体育座りをしながら聞き流していると、
「うちは走るの好きだけどな~」
そこに諸星さんが一声投じた。すると波紋のように否の空気が賛へと変わっていく。
やっぱり、すごいな。
本来なら委員長の私がクラスをまとめないといけないのに……。
「なんだ、天野も走るの嫌いなのか?」
浮かない顔をしていた私に諸星さんは笑顔で話を振ってきた。
「そ、そんなことないよ!走るの好きだし!」
私は胸を張ってそう言った。
得意か苦手かといえば苦手だけど、委員長が不満を言うわけにはいかないよね。
「ほほう。ならうちと勝負しようぜ」
「お、お手柔らかにお願いします……」
諸星さんには勝てっこないよ。
でも、走るのが好きだと言った手前、委員長として無様な姿は見せられない。
私がみんなを引っ張ってリードしなくちゃ。だって、委員長だから!
……、……、……。
「ぜぇ、はぁ……、ぜぇ、はぁ……」
「天野も頑張ってんなぁ、足止めないだけ立派だと思うぜ?」
「ど、どうも……。諸星さんはまだまだ余裕そうだね……」
「あったりめえよ。こんぐらいへでもないっての。それじゃ先行くぜ」
真横で走っていた諸星さんは一周遅れの私を追い抜いて行った。
「委員長頑張ってるねぇ~、私もお先~」
クラスメイト達が次々と私を追い抜いていく。
……あの子、最初ブーイングしてたのに……。
テスト前に勉強してないアピールのマラソン版ですか、そうですか。
「またあの二人、木陰で休んでるよ」
「サボりでしょ?まったく困るよね」
二人組が私を通り過ぎる瞬間、ひそひそ話が聞こえてきた。
視線を向けると、宮下さんと和田さんが木に寄りかかって雑談している姿が見える。
確か体調不良だと訴えていた子らだ。
サボりかどうかは判断できないけど、体育の授業を高頻度で休んでいるのは事実。
「後で声かけなくちゃ」
クラスの治安維持も委員長の仕事だよね。
不良生徒を放っておくなんてできない。
「天野~がんばれ~」
「天野ちゃんファイト!」
「委員長!あと一周だよ!」
その前に、この地獄のようなマラソンを終わらせないと……。
ぜぇはぁ荒い息を吐きながら、足を動かした私はみんなに見守られながらゴールしたのだった。
授業が終わり、各々仲のいい人と教室へ戻っている最中、宮下さんと和田さんが一階にあるトイレへと入っていったのが見えた。
うん、今が声をかけるチャンスかな。人前で話すことでもないからね。
女子同士の人間関係は些細なきっかけで壊れてしまう。
新クラスになってまだ間もないため、小さな言い争いは何度かあったけど、私が仲介をして防いでいた。だけど、表に出てこない不満までは解決できない。
「……善は急げだよね」
トイレに入ろうとした時、洗面所から会話が聞こえてきた。
「諸星って何かむかつくよね」
「分かるー。さっきもいい子ちゃんぶって走るの好きーとか言ってたし」
そんな陰口に私の足は止まる。
「そうそう、なんかこの前自慢してたヘアピン盗んできちゃった。このヘアピンどうする?捨てちゃう?」
「きゃはは、和田やる~。どうせなら、真っ二つに折って机に置いとかない?」
「それ最高!どんな顔するか見ものだね」
宮下さんと和田さんはクラスで孤立している二人だ。
人間関係で気に食わない人がいるのは仕方がないことだけど、こんなやり方は絶対に間違っている。
『ちょっと、困ってるんだよね』
普段は弱音を吐かない諸星さんが、私にだけ零した悩み。
体育の授業ではクラスを引っ張って快活な笑顔を見せていた諸星さんが見せた弱気な表情。
あれは委員長の私を信じて助けを求めていたんだ。
ここで見て見ぬふりをするとそんな彼女を裏切ることになる。
そんなの嫌だ。だって、私は委員長だから。
「聞いたわよ」
私は腕を組んで、驚いた様子の二人を睨む。
「え?あっ委員長……」
おどおどし始めた和田さんを庇うように宮下さんが前に出る。
「それで?私たちをどうしようっていうの?真面目な委員長さん?」
そう、私は正直みんなから舐められている。
よく相談もされるし、トラブルの仲介役も果たしてきたけど、それは私が誰にでも優しいから。甘いからだ。
今も宮下さんの圧に内心びくびくだけど、私は委員長。
クラスメイトの諸星さんのために、ここでひくことはできない。
「その猫の顔があしらわれているヘアピンは諸星さんのでしょ?今の話は聞かなかったことにするから、私に預けて欲しい」
「はぁ?このヘアピンは私達が拾ったんだけど?なんで委員長に指図されないといけないの?」
「拾ったのではなくて、盗んだのでしょう?申し訳ないけど、盗み聞きさせてもらったわ」
「え、誰が言ったのそんなこと。ひどい。委員長に濡れ衣を着せられたわ。ねぇ和田」
「えと、う、うん……」
証拠がないことをいいことに、開き直る宮下さん。
そっか、そうだよね。
バカだなぁ、私。
盗みを働く悪党が素直に話を聞くわけないよ。
「刑法235条、他人の財産を窃盗したものは、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処す」
「そ、それが、どうしたのよ」
抑揚のない私の声に宮下さんから先ほどまでの威勢が弱まる。
「学校は間違いなく退学でしょうね。世間の目も厳しいものになる。それに……」
私はにやりと笑みを浮かべて、精一杯の悪人顔を作ってこう言った。
「宮下さんのご両親、警察官じゃありませんでしたか?」
「ひっ」
宮下さんの顔は青ざめて、和田さんはとっくに後ろで縮こまってしまっていた。
「ご、ごめんなさい!これ返しますから許してください!」
固まった宮下さんの代わりに和田さんが前に出てヘアピンを私に返した。そして、二人は走り去っていった。
「はぁ……、まったくもう」
慣れないことをしたから、どっと疲れが襲ってきて壁に寄り掛かる。
こんなことする柄じゃないのに……。
手のひらへと視線を下げると、ヘアピンに乗った猫がのんびりとした表情で私を見つめていた。
放課後、私が立ち上がるや否や和田さんと宮下さんは足早に教室を出て行った。
後でアフターケアもちゃんとしないとなぁ……。
っと、今はそれよりもヘアピンを返さないと
「諸星さん、ちょっといいかな」
相変わらずクラスの女子に囲まれている中で声をかけた。
ヘアピンを無くしたことは私以外には言ってないみたいだから、この場で渡すのは良くない気がする。
「おお、いいぜ。委員長に誘われたから、ちょっくら行ってくる」
人気のない廊下まで歩いてから、振り返った。
「どうしたんだ?こんなところで」
「これ、ヘアピン落ちてたよ」
「嘘っ!見つけてくれたのかよ!もう諦めかけてたよ」
私がヘアピンを渡すと、諸星さんは両手でヘアピンを掲げ、目を輝かせていた。
こんなに喜んでくれたなら頑張った甲斐あったな。
「天野……いや、美歩!大好きだっ」
「にゃっ!?」
突然にギュッと抱きしめられた。
み、み、美歩!?
そ、それに胸が……胸が当たっている……。
「アハハ、にゃっ、だって。もう、ホントに委員長って可愛い」
甘えるように私の首元に顔を押し付ける諸星さん。
「も、もう。大袈裟だよ諸星さん……」
「美歩もうちのこと名前で呼んでよ」
肩に手をのせて真剣な表情でいう諸星さんに、顔が熱くなる。
「じゃあ、さ、紗香ちゃん……」
「美歩!うちの嫁になれ!」
切れ長の瞳にそんなハスキーボイスで言われたら……。
「……うん……。紗香ちゃんのお嫁さんになる……」
「っ……!やばっ、本気で好きになっちゃうかも」
私と紗香ちゃんはどちらともなく手を繋いで教室へと戻ると、残っていた女子から一斉に視線を集めた。
「えっ、委員長と諸星ちゃんが恋人繋ぎしてる……」
「まさか、こ、告白だったの!?」
「きゃー、カップル成立!」
恥ずかしくて紗香ちゃんの顔は見れない。
だけど、その代わりに繋いでいる手をぎゅっと握り返した。




