第9話 初の成果
⑨
町に帰った二人は、まずギルドに依頼の報告をしに向かった。まずは何より依頼の報酬だ。
その二人の手には、黒い毛皮と牙がある。
さらにリュックの中には、新鮮な肉の塊もあった。
「それじゃ、言ってたとおりにな」
了解の返事をするラツェルを伴い、向かうのは納品用のカウンターだ。
まだカウンターで暇そうにしている職員に、鞄いっぱいのルナマナ草を提出する。
「こんちは、ルナマナ草の納品にきました」
「はいよ、ルナマナ草ね。……お、これは助かるね。ちゃんと処理してある。これなら、報酬は一割から二割増しくらいでだせるよ」
「やったぜ!」
その判断ができるのは、今回の依頼主がギルドだからだ。
どうしてこれほどの薬草を必要としているのかは分からないが、新人冒険者としては非情に助かる。
「それじゃあ、これを持って依頼カウンターに行ってくれ」
「さんきゅ、じゃなくてありがとうございます! それと、もう一つ聞きたいことがあるんだ」
ユーゲンは依頼達成の証明書をラツェルに預けてから、足下に置いていた毛皮と牙をカウンターに乗せる。
その正体を見抜いた職員は、驚愕の目を二人に向けた。
「これは、君たちが倒したのかい!?」
「あ、いや、違うくて」
「偶然、新しい死体を見つけたんです」
あらかじめ相談して決めてあったにも拘わらず、嘘の上手くつけないユーゲンに変わってラツェルが事情を説明する。
なるほどなぁ、と頷く職員は、疑っていないらしい。
それもそうだ。まさかこんな、明らかに新人の二人が、デビルボアを倒したとは思えない。
「もしかして、森の奥の方に行ったのか?」
「いいえ、浅いあたりです。森の入り口から一時間も進まないくらいの」
それを聞いた職員の目つきが変わった。
やはり、なにかおかしいらしい。
「分かった。貴重な情報、感謝するよ」
「あっ、それで、これを加工してもらいたいんだけど、どこがいいかな?」
「おっと、そうだね。その子のローブと、ナイフあたりだろう? それなら良い店を紹介するよ。地図を書くから、先に報告だけすませておいで」
報酬と地図を受け取った二人は、その足で教えてもらった店へ向かう。
明日でも良いのだが、格上と激戦を繰り広げたばかりだ。特にユーゲンは、明日はもう寝過ごしてしまう自身があった。
件の店は、ギルドからそれほど遠くない場所に合った。
通り沿いが店舗で、奥が工房になっているらしい。
珍しく異なるものを扱う職人が複数いる店らしく、毛皮の加工も牙の加工も、ここ一つで住むらしい。
腕も良いといっていたから、室の面でも安心感がある。
「こんちはー!」
元気よく入店したユーゲンに、店員や客たちの視線があつまる。ラツェルは少し恥ずかしい。
「なんだ、新人か?」
「はい! 俺たち、加工してほしいものがあって……」
「ほーう?」
声をかけてきたのは背の低い、しかしがっちりとした体格の髭の濃い男だ。
妖精族の中でも鍛冶に秀でた者の特徴で、店内をよく見ると、店員のほとんどは見た目は違えど、同じ妖精族なようだった。
「これと、これです」
「デビルボアの毛皮と牙か。なるほどな。おいっ、ソイエ!」
「はいはい、何?」
ソイエと呼ばれたやって来た女性も妖精族だが、先に話しかけ来た男とは全く別の姿をしている。
彼女は細身で背が高く、金色の髪と薄い緑色の瞳を持った美しい人物だった。
「こいつを加工してほしいらしい」
「なるほどねぇ……。そっちの子のかしら?」
「あ、はい。私のローブです」
ソイエはラツェルをまじまじと見つめた後、ひとつ頷いて、ユーゲンに向かう。
「毛皮、余っちゃいそうだし、お金があるなら君の鎧も強化してあげようか?」
「えっ、良いんですか!?」
「お金があるならね」
幸い、ルナマナ草を良い状態で大量納品できたおかげで、いくらか懐は温かい。
提示された金額もメイン素材の持ち込みをしただけあって、思っていたよりもずっと安く済みそうだった。
「そんで、こっちの牙はどうするんだ?」
「ラツェルに護身用のナイフと短剣を作ってほしいです」
「あいわかった。そんじゃあ、ローブやらと併せて、この額だな」
所持金は、十分に足りる。
ユーゲンはほっと息を吐いて、改めて二人に依頼した。
その後は採寸をしたり、着ていた鎧を預けたりしてから、宿に戻る。
昨日と同じなら夕食の相談をするところだが、今日は違った。
「それじゃあ、焼いてみるか!」
「どんな味がするのかな? 楽しみだなぁ」
二人が囲むのは、デビルボアの肉だ。
一食で食べきれる分しか持って帰っていないが、その分、特に美味しそうな部位を選んだ。
他にも、一緒に調理できそうな香草類や果物もある。
これを、今から宿の庭で焼くのだ。
宿のおかみに許可をとってから火を焚き、石を並べて即席のかまどを作る。
そこに旅用の鍋を置いて、脂身だけ先に入れてから、ブロック肉や果実を放り込んだ。
肉の両面に火が通ったら、香草を肉の上に乗せて蓋をする。
ユーゲンは料理の心得があるわけではないが、父がやっていたのを思い出して真似してみたのだ。
「そろそろいいかな?」
「良い匂いはしてるね?」
蓋をあけて、肉を取り出す。
果物の方は焼いて食べるのが一般的なものだから、焦しさえしなければ大丈夫だ。
問題は、肉の方。
切り分けて蓋の上に置いたそれを、じっと見つめる。
「じゃ、じゃあ、食うぞ」
味の想像はできない。普通の猪ならユーゲンも食べたことがあるが、デビルボアはさすがにない。
おそるおそる口に運ぶ。
その瞬間、肉汁が溢れた。それからフルーツと香草の香りが鼻を抜けて、濃厚な肉の味が口いっぱいに広がる。
「うっまっ!?」
雑食のデビルボアだし、解体をしたのもプロではない。
血生臭い可能性も考えていた。
しかしその予想は良い意味で裏切られた。
これほど美味しい肉を、ユーゲンは食べたことがない。
「ラツェルも、ほら、食べてみろよ!」
「う、うん。……んんっ!」
翡翠色の瞳が大きく広げられた。
初めて焼き鳥を食べたときのように溢れた感情を、ラツェルは必死に伝えようとする。
「なっ! 美味いだろ!?」
そこからはあっという間だ。
匂いに気がついた者たちが集まってくるよりも早く、鍋の中は空になった。
これほど美味しいのなら、大変な思いをした甲斐があると二人は笑顔になる。
またいつか食べたい。そう願いながら、二人は一日を終えた。




