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箱庭に閉じ込められた女神の娘、自由を求める少年に連れ出されて世界へ出る~箱入り女神と英雄の卵~  作者: 嘉神かろ


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第7話 初めての依頼

 森に着いたのは、町を出てから十分ほど後だ。

 浅い部分は住人達の生活圏になっていることもあって、ある程度手入れがされており、平野とさほど変わらない程度には明るい。


「依頼の薬草は、ルナマナ草だったな」

「うん、量はあるだけ報酬をくれるって書いてあったね」


 森に入る前に改めて依頼内容を確認する二人だが、ギルドを出てからこれで四度目だ。

 さすがに緊張しすぎなようにも思えるが、依頼によっては、失敗した場合に違約金を払わなければいけないこともある。


 これについては、慎重すぎて悪いことはないだろう。


「えっと、ルナマナ草は、日当たりが良くて魔力濃度の高い場所によく生えている、だったよな?」

「あと、水場の近くね」

「そうだったそうだった。じゃあ、まずは水場探しからだな。魔力濃度の方は、ラツェルが頼りだ」


 思い浮かべたのは、昨日資料室で読んだ資料の記述だ。

 ユーゲンが知っていたのは見た目だけだったから、もしラツェルが本に興味を示さなかったら、闇雲に森の中を探し回ることになっていただろう。


 ――どんな所にあるか知ってるだけで、めっちゃ気が楽だな。面倒だけど、次からもちゃんと調べた方がいいか……?

 草木をかき分けながら、思案する。


 魔力濃度のように一朝一夕では分かるようにならないものなら兎も角、そういった情報は、資料室に少し立ち寄って本を開くだけで十分だ。


「そういや、ここがウェルティアンの森でいいんだよな?」

「たぶん」

「じゃあ、奥に行き過ぎなようにだけは注意しないとだな……」


 神獣に見つかっては、ラツェルがあの恐ろしい女神の下に連れ戻されてしまうかもしれない。


「まあ、でも、私たちが出てきた箱庭の出口までもけっこうあったし、大丈夫だと思うよ」

「たしかにな」


 あの時は、森の中を数時間歩いた。

 そう考えると、獣や魔獣と呼ばれるモンスターの類いの警戒に集中しても良いような気がしてくる。


 なんてユーゲンが考えていると、水のせせらぐような音が聞こえてきた。

 ラツェルも気がついて、二人の視線が交わる。


 その方向に少し足を速めると、岩から水がしみ出している場所があった。

 斜面になっている部分に埋まった大岩で、周囲の岩や木々は苔むしている。


「一応水場、か?」

「水が豊富ならいいみたいだし、条件にはあってるんじゃないかな? 魔力濃度も高いと思う」


 あとは日当たりだ。

 水のしみ出している付近は頭上を枝葉が深く覆っていて、時間に拘わらず影になっていそうだ。


 一応その周りを探してみるが、ルナマナ草は見つからない。


「やっぱりないな」

「うん……。あっ、あそこ。日向になってる」


 ラツェルの指を差したのは、しみ出した水が流れていった先だ。

 木々の切れ間が広くなっており、まだ太陽の低いこの時間でもそれなりに明るい。


 岩や木の根を飛び移りながら行ってみれば、そこには求めていた薬草が茂みを作っていた。


「あった! しかもこんなに! すげぇ!」

「ルナマナ草って、もっと少しずつ生えてるものなの?」

「俺が見たことあるのはそうだな。やっぱこの森、女神の箱庭の入り口があるだけあるなぁ……」


 ユーゲンは箱庭の入り口があった方向を見やってしみじみ呟く。

 魔力というものが何かは分かっていない彼だが、神や神獣の住む場所にはきっとたくさんあるのだろうという認識だ。


 それ自体は間違っておらず、事実、ラツェルの住んでいた箱庭以上に魔力濃度の高い場所は、特殊な状況を除いてこの世界には存在しない。

 その事実も、そうなる理由もラツェルは知っていたが、ユーゲンはきっと興味がないだろうと口にはしなかった。


「それじゃ、採取してくか! 生えてる場所の水を染みこませた布か何かで千切ったところを包むんだったな」

「そうそう。あと、根は残しておくとまたすぐに生えてくるんだって」


 資料室で見たことを思い出しながら、手早くルナマナ草を採取していく。

 ユーゲンは当然慣れた様子で、ラツェルも案外手際が良い。


「こういう採取みたいなこと、あの場所でもすることあったのか?」

「えっと、花飾りをよく作ってたから、かな? ユーゲンにも今度作ってあげるね?」

「お、おう。さんきゅ」


 ラツェルはユーゲンが喜ぶと思ったようだが、彼としてはどう反応したらいいか分からない。

 いらない、と言ってはたぶん傷つけてしまうのだろうと考えて、視線を手元に戻した。


 それから、二度、群生地を見つけた。いずれも最初の一カ所と同じくらいに多くのルナマナ草が生えており、ホクホクだ。

 ラツェルはそれでどれくらいのお金になるのか分かっていなかったが、ユーゲンが嬉しそうだからと、自分も笑顔になっていた。


「おっ、川だ。ラツェル、この辺りの魔力はどうだ?」

「うーん、さっきまでの所に比べたら薄いけど、町よりはずっと濃いね。あと、向こうに行くほど濃くなってる感じはする」

「あっちは、上流のほうか。じゃあ、そっちまで行ってみようぜ!」


 森の奥に進む方角だが、まだまだ浅い部分だ。川も細いし、強い魔獣が出てくる範囲より手前で水源に辿り着けるだろう。

 そう判断して意気揚々と進むユーゲンは、ふと、違和感に気がついた。


「なあ、この森ってこんな静かだったか?」

「え? そういえば、もう少し鳥さんの鳴き声もしてたような……」


 耳を澄ませてみるが、やはり、妙に静かだ。


「急いだ方がいいかもな。なんか、嫌な予感がする」


 同じ雰囲気を感じたのは、ずっと前。

 彼の目の前で、父が死んだ時だ。


 少し足を速めて、川沿いに遡る。

 目的の水源は、ほんの数分歩いた辺りにあった。開けた場所で日当たりがいい泉だ。


「どうだ?」

「うん、今日見た中だと一番魔力が濃いよ」

「よし、じゃあこの辺にたくさんあるはずだな! 探すぞ!」


 不安をかき消すように声を張るユーゲン。ラツェルもざわざわとした胸の内に気付かないフリをして、周囲の地面へ視線を向ける。


 その瞬間、ガサリと茂みが揺れ、何かの影が飛び出してきた。





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