第4話 初めての町
④
「ユーゲン、あれは何?」
「あれは花屋だな」
「じゃああっちは?」
「そっちは焼き鳥の屋台」
町に着いてすぐ、ユーゲンに襲いかかったのはラツェルの質問の嵐だ。
彼女にとっては見る物全てが珍しく、エメラルドの瞳をキラキラとさせながら、次々に指を差しては隣の友人に尋ねていく。
「焼き鳥? 鳥さんを焼いてどうするの? 屋台って?」
「どうするって、食うんだよ。屋台は、あれだ。なんかテントみたいなところで色々売ってるやつ」
「えっ、食べちゃうの!?」
門を抜けてからずっとこの調子だ。
ユーゲンとしては辟易しそうになるが、コロコロと表情を変えながら純粋に感情を表わす姿を見ていると、だんだんと自分まで楽しくなってきた。
「神様は肉は食べないのか?」
「少なくとも私は、今まではずっと果実だけだったから……」
「嘘だろ。俺なら耐えらんねぇ……。そうだ、ちょっと待ってな」
急に走り出したユーゲンに、ラツェルは首を傾げた。向かった先は、焼き鳥の屋台だ。
歩いて追いかけると、彼は屋台の男に何かを渡しているところだった。
「お、ぼうず、もしかして一本は嬢ちゃんのか?」
「あ、ああ」
「くぅー! いいねぇ。ほれ、釣りと焼き鳥二本だ」
ラツェルには今のやり取りが何か分からない。釣りとはなんだろうか、と不思議に思いながらも、それ以上に焼き鳥の匂いが気になって目が離せない。
「あれ、おっちゃん、釣りが多いぜ?」
「サービスだよ。一本分サービスだ」
「いいのか!? さんきゅー、おっちゃん! ラツェル、ほら、食ってみろよ」
「う、うん……」
本当に鳥を食べるのか。食べて良いものなのか。
不安に思いながら、隣で美味しそうに頬張るユーゲンの真似をする。
「はむっ。……んん!」
「お、美味いな、これ」
「んんんん!」
「わ、分かったから!」
ラツェルはどちらかと言えば垂れているように見える目をめいっぱい開いて、ユーゲンに感動を訴える。
肉というものはこれほど美味しいのか。いや、かかっているものが美味しいのか?
彼女には分からない。ただ、今まで食べた何よりも美味しかった。
ユーゲンはそんな彼女を大げさだとは思いつつ、考えていた以上に喜んでもらえたことに鼻が高くなる。
「そんなに気に入ったなら、また買ってやるよ」
「んくっ……。うん、ありがとう、ユーゲン」
あまりに屈託のない笑みだったから、ユーゲンは照れくさくて、ついそっぽを向いた。鼻を擦る彼に、焼き鳥の屋台の男から生暖かい目が向けられる。
「行くぞ、ラツェル! 早く宿に戻らねぇと、部屋が埋まっちまう!」
「あっ、う、うん!」
それほど旅人の多い町でも、季節でもない。どの宿も満室だなんてことは早々ないとユーゲンは分かっているが、この場をすぐ立ち去る理由がほしかった。
一応、彼の元々泊まっている宿にラツェルも泊まれるなら、その方が都合が良いという理由はあった。
宿に帰ったユーゲンは、彼の十六年の生で一、二を争うほどに迷っていた。
部屋は、空いていた。それはいい。
ただ、二部屋分の宿代となると、今のユーゲンに容易く払える額ではなくなってしまうのだ。彼は財布の中の硬貨を数え、うなり声を上げる。
ラツェルは同じ部屋でいいと言うが、ユーゲンがよくない。
年頃の男女が同じ部屋だなんて、ありえない。何より俺が恥ずかしい。それが彼の内心だ。
「おかみさん、ちょびっとでいいから、まけてもらえたりは……」
「しないねぇ」
「だよなぁ……。ううーん……」
これは、腹をくくるしかなさそうだ。
けっきょくユーゲンは肩を落とし、今の部屋をそのまま二人で使うと告げた。そんな彼の様子を、ラツェルは不思議そうに見ていた。
部屋に戻った二人は、それぞれベッドと椅子に腰掛けて息を吐く。
ベッドがラツェルで、椅子がユーゲンだ。彼は硬い椅子の背もたれに腕と顎を置くようにして座る。
「なんか、疲れたな……」
「うん、そうだね……」
思い返せば、怒濤の数時間だった。
ほんの数時間前まで女神の箱庭でヒマしていたなんて、ユーゲン自信信じられない。
「ていうか、良かったのか?」
「えっと、箱庭を出てきたこと?」
「ああ」
今更な話ではあるが、もしラツェルが後悔をしているなら、こっそり送り返せないかとユーゲンは考えていた。
「もちろん、良かったよ? 外の世界って凄いね。私の知らないものがたくさんあったの。ユーゲンと一緒に箱庭を飛び出して、本当に良かったって思ってるよ」
「そ、そうか。ならいいんだけどよ……」
あまりに邪気がなくて、ユーゲンには眩しい。意識しているのが自分ばかりだと分かるのも、少年心には痛い。
「そういえば、お金? ってなんなの? 焼き鳥の屋台でも渡してたやつだよね?」
「ん? あー、そっか。箱庭の中しか知らなかったんだもんな。知るわけないよな」
ユーゲンは財布代わりの革袋を取り出すと、ひっくり返して中身を見せる。
出てきた枚数は、多くはない。
「俺たち人間とか、まぁこの世界に暮らす色んな種族は、こういう金属の円いのと欲しいものを交換するんだよ。この赤茶色のが銅貨で、こっちが小銀貨な」
その上に銀貨や金貨などもあるのだが、新人冒険者に過ぎないユーゲンの持てるものではない。
これだけでも庶民が数日暮らすには十分な額ではあるから、特に問題はないが。
「もし本当に冒険者になるなら、色んな依頼を受けることになる。それを達成したら、こういう金がもらえるんだ」
「へぇ……。それじゃあ、私も早く冒険者になった方がいいってことだよね?」
さすがにラツェルは賢い。自分のせいでユーゲンの出費が増えていることを、言われずとも理解していた。
「そう、だな。その方が正直助かる」
「分かった! じゃあ、今日行っちゃおう? まだ明るいし」
「だな。よし、じゃあ行くか。あんまりダラダラしてたら立ち上がれなくなりそうだ」




