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箱庭に閉じ込められた女神の娘、自由を求める少年に連れ出されて世界へ出る~箱入り女神と英雄の卵~  作者: 嘉神かろ


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第16話 禁足の山

 妙にひりついた空気の強まる中、二人は山頂を目指す。

 既に昼が近くなっており、枝葉の茂った森にも多くの陽の光が差し込んでいた。


 ユーゲンがラツェルの様子を確認しようと振り返ると、葉の隙間に市壁らしきものの頭が見えた。木々に隠れているせいで分からなかったが、もう山のかなり高いところまで登っているようだった。


「すげーな、この山。Bランクだらけだ」

「うん。でも、逃げ出してる様子は無かったね」

「そうなんだよなぁ」


 おかげで安全に迂回できてはいる。町の方もそこまで心配する必要がなさそうだ。

 しかし、ユーゲンは何かが引っかかっていた。これほど穏やかなら、どうして、こうも鳥肌が立っているのか。


 理由の分からないまま、さらに歩みを進める。できる限りの急ぎ足だ。


 その足は、すぐに止められた。


「やべぇ……」


 見つけたのは、不気味な白色をした長く巨大な抜け殻だ。

 まだ新しく見えるそれを見上げて、ユーゲンは顔を真っ青に染める。


「これって、なんなの?」

「タナトススネークってAランクの魔獣の抜け殻だ」

「Aランク……」


 スタンピードの初日に先輩冒険者が話していたことを思い出す。


『Aランクなんて来たら、確実に壊滅するぞ』


 あれだけ多くの冒険者がいてもどうにもならないと言われるような怪物。もし、二人しかいない今、そんな魔獣に出会ってしまったら……。


「この感じだと、まだ脱皮してすぐだな。近くにいるぞ……」


 ごくりと生唾を飲み込んだのは、ラツェルか、ユーゲンか。彼ら自身にも分からない。


 ラツェルも普通の人間よりずっと強い神族ではあるが、その寿命でいえばまだ生まれたばかりと言われても仕方ない歳だ。

 未熟な彼女では、Aランク魔獣は荷が重い。


 ズルッ、と何かを引きずるような音がした。

 凍り付いたように動きを止めて、耳を澄ませる。しかしもう何も聞こえない。


 周囲に視線を走らせてもそれらしい気配はなくて、心臓のバクバクとなる音ばかりが鼓膜を揺らしていた。


「こっちだ」


 ユーゲンは抜け殻の内へユーゲンを招く。


「タナトススネークは匂いに敏感なんだ。あいつ自身の匂いで誤魔化さないと」

「じゃあ、これを被って移動したら……」

「無理だ。蛇系の魔獣は熱を見ることができるらしいから、見つかったらすぐバレちまう」


 とはいえ、ずっとここに居ればいつかは見つかる。

 脱皮を行ったということはここもテリトリーなのであろうし、まったく安全ではない。


 一か八かでラツェルの案を採用するしかないのだろうか。ユーゲンは必死に考えるが、それ以外の道が見えない。

 ――でも、それじゃあ、また……。


 もう遠くなってしまった記憶が脳裏を過る。


「ユーゲン、大丈夫……?」


 気がつけば、彼の体は酷く震えていた。その原因は分かっていてもどうにもならないものだ。

 深呼吸をして多少落ち着いたものの、震えそのものは収まりきらない。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと、寒いだけだな。山の上だしな」


 苦しい嘘だとは、彼も思った。

 ――いや、待てよ? 寒い?


「なあ、体を思いっきり冷やしたら、熱を見る力を誤魔化せると思うか?」

「……たぶん、いけると思う。冷やしすぎたらそれはそれで目立つと思うけど、周りと同じような色になって誤魔化すようなものだもの」


 妙案に思えた。上手くいくかは分からない。それでも何もしないよりはマシであるだろう。

 どの道、町の状況という点でも、自分たちの命という点でも、いつまでもここ居るわけにはいかない。


 腹を決めて、二人はラツェルの魔法で出した水を被る。少し低めの温度に調整したらしいそれは冷たくて、巨大な抜け殻の中を通り抜けた風にブルりと震えた。今度こそ、寒さからの震えだ。


 濡れた服が纏わり付いて多少動きづらくもある。ユーゲンの鎧下は特に酷い。

 ――まあ、戦いじゃなかったら大丈夫か。


「よし、あとはこいつを……」


 ユーゲンは剣を引き抜いて抜け殻に思い切り突き立てる。しかし刃先が僅かにめり込むだけで、貫通はしない。

 脱ぎ捨てられた後なのに形を保った時点で予測はしていたが、やはり相当に硬いらしい。


 何をしようとしているのかラツェルも察して手伝う。二人分の力と体重を乗せることで、ようやく刃が立った。


「はぁ、はぁ、はぁ、硬すぎ、だろ……。デビルボアは、もっと柔らかかったぞ」

「だね……」


 どうにか切り出したのは、上半身をどうにか覆えるくらいのサイズだ。それを頭から被って、二人はおそるおそる抜け殻の外へ顔を出す。


「……よし、行くぞ」


 心臓がばくばくと鳴っているのも聞きつけられそうで恐ろしい。

 しかし進まないわけにはいかない。


 音を立てないように必死で足音を殺し、そして急ぐ。ラツェルがうっかり枝を踏んでしまった時は、生きた心地がしなかった。


 あらゆる感覚をできる限り高めるようにして、慎重に、慎重に進んでいく。間違っても、目の前に出る形で鉢合わせないように。


 そうしてどれほど時間が経ったのか。抜け殻のあった場所からずいぶん離れた。

 しかし相手は、二人の身の丈の倍はあるような怪物だ。脱皮をしたということは、さらに大きくなっているかもしれない。


 蛇であるなら全長もどれだけあるか分からないし、この辺りもまだテリトリーの可能性がある。少なくとも、狩り場の内ではあるだろう。


 早く山頂が見えてほしい。そう願う二人の前に、とうとうそれは姿を現した。



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