第15話 神獣の元へ
⑮
二人がたたき起こされたのは、まだ日の顔出さない早朝だ。
いくらか明るくなり始めてはいるが、まだまだ暗い。
顔の寝ぼけをラツェルの出した水で洗い流し、他の冒険者たちに混じって宿を出る。
門に近づくと、僅かに金属音や爆発音が聞こえてきた。もう戦いは始まっているらしい。
「急ごう」
少し足を速め、揃って門を出る。
昨日は市壁の上から魔法を撃ってるだけだったラツェルは、地上の雰囲気に一瞬、気圧された。
思っていたよりもずっと殺意に満ちた世界だったのだ。
冒険者たちや魔獣の怒号が、悲鳴が、周囲を飛び交って耳を貫く。
十六の誕生日を未だ迎えない少女には、凄惨すぎる光景だった。
「こっちだ」
怯み、足を止めた彼女の手を、そうと気付いたユーゲンが引っ張る。
市壁沿いに一度離れ、戦場を回り込むようにして森へ向かう算段だ。
森へ入ろうとすれば誰かに見とがめられそうなものだが、暗さもあって気付かれない。
魔獣たちも血の臭いに惹かれて戦場の方へ飛び出すものだから、思っていた以上にすんなりと森へ入ることができた。
「なんも見えねぇ……」
「大丈夫、今度は私が引っ張るね」
平原部分でも暗いのに、森の中は当然、人の目で見通せる明るさではない。
灯りをつけようにも魔獣をおびき寄せることになりそうで、頼りになるのは、神族であるラツェルの目だけだ。
仕方のないことではあるが、ユーゲンの少年心は、彼女に手を引かれることに少しばかりの情けなさを覚えた。
そうして進み続けるうちに、日も昇る。
以前デビルボアと戦った辺りまで来た頃には、ユーゲンの目でもまったく問題の無い程度には明るくなっていた。
「止まれ。今一瞬、ゴブリンが見えた」
「……あ、本当だ」
木々の隙間に見えたのは三体ばかり。この数なら、不意打ちすればユーゲンだけでもどうにかなる。
しかし見えない範囲にもいる可能性があるから、考え無しには進めない。
「あの木、上れるか?」
「たぶん……」
「無理そうなら引っ張り上げてやるよ」
上からなら死角も少なくなるし、最悪隠れてやり過ごせるとふんだのだ。
ユーゲンは音を立てないよう気を付けながら目標の木に駆け寄ると、すいすいと上っていく。
感心しながら続いたラツェルは、最初の枝にあと少し届かなくて上がれない。
「ほら、手」
「うん。ありがとう」
「へへ、気にすんな」
ユーゲンが引っ張り上げ、二人の姿が葉の中に隠れる。
と同時に、ゴブリンたちが茂みの中から出てきた。
向かう先は平原の戦場なようだが、数が多い。最低でも十以上はいた。
ラツェルの魔法もあるからどうにかはなるだろうが、戦う間に他の魔獣を呼び寄せてしまっていただろう。
「間一髪だったな」
「そうだね。いなくなるのを待つの?」
「ああ。枝を渡ってもいいけど、キツくないか?」
「これくらいなら、たぶん……」
それなりに深い森だからか、ジャンプはしなくても隣の木に渡れそうだ。
問題は折れないかだけだが、そこは気を付けるしかない。
ヒヤヒヤとしながら、ラツェルはユーゲンを追いかける。
彼は大きな剣を背負っているというのに、ずいぶんと身軽だ。猿みたい、と彼女が思ってしまったのも仕方ないだろう。
樹上を渡る間は地上に比べれば、魔獣の目を気にしなくても済む。
ときおり二人の存在に気がついたような素振りを見せるものもあったが、特に探し回る様子もなく通り過ぎていった。
そうして観察していると、見えてくるものもある。
「……なんだか、何かから逃げてるみたいだね」
「ああ。なんかやばい魔獣でも出たか?」
暴走気味の魔力からは、Bランクのエレクタランチュラすら逃げ出すような強大な魔獣が発生してもおかしくはない。
魔獣たちがこぞって逃げ出すような存在があの戦場に向かってしまったら、町は終わりだ。
その魔獣自身は逃げ出す必要がないにしても、獲物を追いかけてということはあり得る。
せめて、その魔獣だけなら、まだ対処できるかもしれない。
魔獣を生み出している魔力暴走は、可能な限り急いで止めたいところだ。
「急がねぇと……。あと半分も進めば山に入る。ちょっとペースを上げるから、落ちないように気を付けろよ」
ユーゲンは地上から視線を戻し、木々の隙間に見える山を睨んだ。
山に入ると、さすがに木の上を行くのは難しくなった。
地上を慎重に進むことになるから、いっきにペースは落ちる。しかし同時に、魔獣の姿も見かけることが少なくなった。
「普段からこんなに魔獣がいないのか?」
「どうだろう……。分からないけど、この山に神獣がいるのは間違いないみたい。上の方から気配がする」
見上げても、山頂は見えない。
特別高い山ではないが、森同様に深く木々が茂っていて視界が悪かった。
肌が粟立つようなぞわぞわする感覚をユーゲンが覚えているのは、おそらくそれが理由ではないだろう。
――なんか、やな感じだな……。
ラツェルも同じなのだろうか、とチラと見るが、そんな様子はない。
ただ、彼女の感覚には山頂で苦しむ神獣の声が届いていて、酷く悲しげにしていた。




