第14話 心当たり
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夕暮れを過ぎて、もう頼れるのはかがり火の灯りばかりとなっていた。
怪我で戦線復帰のできない者も増えており、特に中堅下位以下の冒険者たちの体力は限界が近い。
治癒魔法の使える者の魔力が尽き始めたからだ。
「後続はしばらく来ない! いったんこれが最後の波だ!」
「もう少しだ! 気張れお前ら!」
市壁の上から響いた声に、疲弊しきっていた冒険者たちの心が再び奮い立つ。
最後の魔獣が討伐されたのは、それから三十分ほど経った頃だった。
まだ余裕のある冒険者が見張りに残った他は、皆いっせいにそれぞれの宿に戻る。ユーゲンやラツェルの姿もその中にあった。
「大丈夫か、ラツェル」
「うん。ユーゲンこそ。ずっと下で戦ってたよね」
「ほとんど横から殴ったり怪我した人を後ろに引っ張ったりしてただけだからな。まだマシだ」
そうは言いつつも、握力は明らかに弱まっているし、もう走る元気はない。食事もそこそこで済ませて眠ってしまいたいくらいだ。
疲れが酷いのはラツェルも同じ。市壁の上に立ち続けているだけでも疲れるのに、何度も魔法を使い続けていたことで精神力も削られている。
精神力という意味では水浴びくらいはしたいところだが、宿で腰を下ろすと同時に眠ってしまいそうだった。
「最後、エレクタランチュラが出てきたときは焦ったな」
「凄そうな人たちが倒してたね。やっぱり、怖い魔獣なの?」
「Bランクだからな。小さな町なら、あれだけで全滅してもおかしくねぇ」
けっきょくBランクはエレクタランチュラだけだったが、まだスタンピード終わりではない。
第二波が来ることは分かっているし、そうなると、同じクラスの魔獣が複数同時に出てくることも考えなければならなかった。
それが分かっているから、ユーゲンは、表情を硬くしたまま気を緩めることができない。
十分な戦力にはなれないとしても、しっかり休まなければならないのは変わらないのに。
――いや、そもそも守り切れるのか……?
浮かんだ疑問は、頭を振ってかき消す。
「本当に、なんで急にスタンピードが起こったんだろうな……」
彼の零した疑問。これについては、ラツェルは心当たりがあった。
しかしこの場は周囲の目が多すぎる。宿に戻ってから話すことにして、今はただ沈黙を返した。
宿に着くと、冒険者たちには食事がタダで振る舞われた。町が滅んでしまったら元も子もないから、と言う主人に二人は感謝を告げる。
「ねえ、ユーゲン、部屋で食べちゃダメかな?」
「いいんじゃねぇか? 聞いてくる」
もしスタンピードの原因がラツェルの思っているとおりなら、早く話した方がいい。
「いいってよ! お盆でくれるらしいから、受け取りに行こうぜ!」
食事を持って部屋に戻った二人は、椅子に座った時点で思わず大きく息を吐く。少しばかり気が抜けただけではあるが、やはり疲労は隠せない。
「おっ、美味いな」
「だね。……ねえ、ユーゲン」
「ん?」
口いっぱいに頬張るユーゲンに、ラツェルの自信なさげな、しかし真剣な顔が向けられた。
「スタンピードの原因にね、心当たりがあるの。もしかしたら、って程度なんだけど」
「んぐっ……! ホントか!?」
「う、うん……」
ラツェルは勢いよく身を乗り出してきた勢いに少し身を仰け反らせる。
ユーゲンはすぐに悪いと座り直したから、彼女も深呼吸をして気を落ち着かせた。
それから、昼間に見た夢について話す。苦悶する神獣の夢だ。
女神の見る神獣の夢が、ただの夢である可能性は低い。
「つまり、その神獣の異変がスタンピードの原因ってことか?」
「うん、たぶん」
「そういや、後になるほど魔力から直接生まれるって言われてる魔獣が多かったな。それもなんか関係があるのか?」
言われてラツェルも思い出す。たしかに、夜が近づくほどゴブリンなどの魔物に分類されるものの割合が増えているようだった。
もし、あの神獣が魔力の制御を失っているのなら。
その制御を失った魔力が魔獣に変化する条件を満たしてスタンピードに繋がったとしてもおかしくはない。
「ある、かもしれない。神獣はね、その辺り一帯の魔力が暴走しないように、制御する役目があるの」
「へぇ、なるほどな。さすが女神様だ、よく知ってる」
ユーゲンは素直に感心した様子を見せる。
母以外からの、敬意の混じらない賞賛には耐性の無いラツェルだ。つい顔を赤らめてしまった。
「じゃあ、山の上の神獣様をどうにかしたら、このスタンピードは終わるってことか?」
「うん。私の勘違いじゃなかったらだけど……」
もしかしたら、スタンピードが発生した原因は別にあって、神獣が苦しんでいる原因も別なのかもしれない。
何にせよ、神獣に話を聞くことができたなら、スタンピードを止めることができるかもしれない。
「よしっ、なら、行くか。その神獣様のところへ」
「いいの……?」
「当然だろ?」
すぐにでも眠ってしまえるくらい疲れているのに、もしかしたら全くの見当違いかもしれないのに、疑う様子もなく信じて一緒に向かおうとユーゲンは言う。
どうしてかそれが、ラツェルは嬉しい。
「朝になったら抜け出そうぜ。どうせ俺らがいないくらいじゃ、戦況は対して変わらねぇ。悔しいけどな」
「分かった。……ありがとう」
「気にすんな! それより、さっさと食って寝るぞ! 神獣様のところまで行く前にやられたら大変だしな」
急いで夕食を平らげ、食器を返した二人は、体を拭くのもそこそこに眠りに就く。
願わくば、これで事態が無事終息することを願って。




