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箱庭に閉じ込められた女神の娘、自由を求める少年に連れ出されて世界へ出る~箱入り女神と英雄の卵~  作者: 嘉神かろ


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第12話 スタンピード

 ギルドの対応は早かった。二人の話を聞いた後、すぐに精鋭を斥候として向かわせ、街に残っていた冒険者たちに緊急依頼を発行、さらには大量の魔法薬を防衛に参加する全冒険者に配賦した。


 二人も体力を回復させ、ギルド内で指示を待つ。衛兵隊とも共同で防衛にあたるようだから、あまり好き勝手に動くわけにはいかない。


「やっぱりギルドはスタンピードが起きるって予想してたんだな」

「ユーゲンもやっぱりって思うんだね」

「ああ、動きが早すぎるんだ」


 ユーゲンは剣の手入れをしながら、感心と緊張が半々に混ざった声を漏らす。

新人の二人は後方支援が主になるだろうが、それでも抜けてきた魔獣の相手はすることになるだろう。

 おそらく市壁の上から魔法を撃つことになるだろうラツェルも、空を飛ぶ魔獣は警戒しなければならない。


 後方支援だからといって命の保証はなく、油断できないのがスタンピードだ。

 周囲の空気からなんとなくそれを察したラツェルも、座った膝の上で両手を硬く握っていた。


「よし、こんなものだな」


 刃筋が曲がっていないのを確かめて、ユーゲンは満足げに頷いた。先ほどよりも少し落ち着いて聞こえるのは、ラツェルの気のせいではない。


 少し遅れてギルド内がざわつき、緊張が奔る。

 彼らの視線の先には、会議を終えたらしいギルド職員と高位の冒険者、そしてギルドを統括するギルドマスターの姿があった。


 つまりは、戦が始まる。



 それから然程時間をおかず、二人は先輩冒険者たちに混ざってそれぞれの位置に並んでいた。

 ラツェルにとっては、箱庭を出て初めての別行動だ。心細くないと言えば、嘘になる。


 市壁の外に並ぶ冒険者たちの中にユーゲンを探せば、彼は門に近い辺りに立って森の方を睨んでいた。


 彼の横顔は今までに見たことがないくらいに険しくて、別人のようだ。少し怖く感じたのは、きっと不安だからだろうと自分に言い聞かせる。


 そうしてじっと見ていると、ユーゲンが気がついて、親指を立てた。その表情はいつも通りの笑顔で、ホッと安心する。

 人族の視力ではラツェルの表情は見えないから、彼女の心情を察したわけではない。ただ自然に振る舞っただけだ。


 それでも、いや、だからこそ、ラツェルの手の震えは止まった。勇気も湧いてきた。

 ユーゲンの真似をして親指を立て、視線を森の中に向ける。


 森の木々よりいくらか高く作られた市壁の上からは、森の奥の山がよく見えた。

 魔獣達は、あの方角からやってくるはずだ。


 沈黙の時間が続く。誰もが戦意に、緊張に、その心を満たして、森を睨む。

 開戦の時は、なんの前触れもなくやってきた。


 まず出てきたのは魔獣ではない、森の獣だ。ただし動きの素早い狼たちだ。

 喉笛に噛みつかれては当然死んでしまう相手。油断はできない。


 そのあとを追うようにして、獣の姿をした魔獣達も姿を現した。

 まだ弱い魔獣ばかりだが、ユーゲンにとっては一人でどうにか狩れるかどうかというような相手ばかり。


 しかも、数が多い。

 いずれも興奮しきった様子で一目散に街を目指しているのが、市壁の上にいるラツェルにはよく見えた。


「お前ら! 一匹も門に辿り着かせるんじゃねぇぞ!」

『うぉぉおおおおお!!』


 ギルドマスターの怒号に、冒険者たちが鬨の声を返す。

 人と魔獣たちとの、戦が始まった。


「魔法使いは詠唱を始めろ! 弓っ、撃ち方用意!」


 後衛組を指揮する衛兵隊の副官の声が響いた。拡声の魔法を使ったそれは、市壁の端から端まで届く。


 ラツェルは詠唱するフリをして、副官の号令を待つ。


「弓、撃てぇ!」


 百を超える矢が放たれた。雨となったそれが獣に、魔獣に振り注いで、命を刈り取る。

 魔獣はその一撃で死にはしなくとも、確実に勢いを弱め、あるいは転んで後続に踏み殺された。


「魔法使い! 放てぇ!」


 続けて雨となったのは属性の異なる無数の魔法だ。

 炎が、水が、氷が、岩が、大地や森ごと魔獣達の命を打ち砕く。


 これが話に聞く戦争か、とラツェルが戦慄するほどの光景。

 箱庭で平和に育ったラツェルには、蝶が舞い鳥が歌う森しか知らないラツェルには、凄惨すぎる景色だ。

 

 それでも生き残っているものがいるあたり、魔獣に恐ろしさを覚える。

 さらには森の奥から次の一団が来るのが見えた。


 本当に森中の魔獣達が押し寄せているようだ。


「魔法使いっ、弓師っ、第二射を用意しろ!」


 魔法使い達が再び詠唱を初め、弓使いは矢をつがえる。その間に戦闘の魔獣達が近接部隊と衝突して、血の臭いを撒き散らす。


 先頭に立つ者たちは中堅の冒険者たちだ。さすがと言うべきか、浅い層の、それも手負いの魔獣たちに遅れをとることはない。盾持ちが勢いを殺す間に、確実に一体ずつ仕留めていくのがラツェルの目に映る。


 まだまだ隙間を抜ける魔獣はいない。しかし時が経つほどに、ユーゲン達若手が剣を振るう機会も増えるだろう。


 まだまだ魔獣は来るし、その強さもどんどん上がる。

 最終的にはあのデビルボアを超えるような魔獣も出てくるだろう。


 そのうち矢と魔法だけではほとんど仕留められなくなるのは分かっていた。

 安心はできない。戦いは、始まったばかりだ。


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