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箱庭に閉じ込められた女神の娘、自由を求める少年に連れ出されて世界へ出る~箱入り女神と英雄の卵~  作者: 嘉神かろ


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第10話 新装備

 デビルボアに勝利した翌日は、休息日にあてた。

 怪我はもう治っているとはいえ、疲労まで抜けたわけではない。


 幸い、懐にはまだ少し余裕があるから、ここで無理をする必要はない。


 それから二日間、何事もなく薬草類の納品依頼を済ませた、次の朝。


 いつものようにベッドで並んで目を覚ました二人は、身支度を済ませて宿を出る。それなりに増えてきた荷物は、部屋に残したままだ。


「今日はまず、装備の受け取りからだな」

「これでやっともう少し深い所まで行けるね」


 休息日後の二日間は、ユーゲンもラツェルも装備の揃わない状態で依頼を熟さなければならなかった。そんな状態で魔獣の出るリスクが上がるエリアに行くほど、無謀ではない。


 数日ぶりに来た店は、朝早いというのに既に賑わっている。

 改めて店内を見れば、既製品の方が多い店のようで、大抵の客は棚に並んだ装備類と手に持つものを交互に睨んでいた。


「おう、来たなぼうずども。こっちだ」


 髭の濃い妖精族に呼ばれて店の奥に向かう。そこには注文してあった黒いローブと革鎧、それから白い剣身の刃が二振りあった。

 ラツェルはもちろん、ユーゲンもまだ品の善し悪しが分かるほど目が肥えていない。しかし、それらはいずれも、彼らの思っていたよりずっと素晴らしいものに見える。


「すっげぇ! おっちゃん、ありがとう! なあ、着てみてもいいか!?」

「何言っとるんだ。当たり前だろう」

「だよな! ラツェルも着てこいよ!」

「う、うん」


 新しいおもちゃを貰った子供のようにはしゃぐユーゲンに気圧されつつ、ラツェルもローブを着ている服の上から羽織る。

 元々上に着る想定で選んだ服だから、脱ぐ必要はない。


「どうだ?」

「思ってたよりずっと、軽い、かな? でも触った感じ、凄く丈夫そう」

「いいな! こっちも良い感じだぜ!」


 黒を基調とした装備を二人で身につけていると、仲間らしさが増したように感じる。ユーゲンはそれに少年らしい興奮を覚え、ラツェルはただおそろいなのが嬉しい。


「短剣とナイフの方はどうだ?」

「うーん、よく分からない」


 ラツェルは生まれてこの方、刃物の類いを持ったことがない。判断しようにも、比べる対象が記憶の中になかった。


「試し切りしてみるか? ほれ、ボアの毛皮の端切れだ」

「あ、ありがとうございます!」


 あらかじめ試し切りを想定して用意してあったのだろう。ユーゲンの剣では切るのに苦労した黒い毛皮の切れ端は二本の木の棒の間に渡すようにして結びつけてあった。

 その毛皮へ向けて、ラツェルは短剣を振り下ろす。


「えいっ!」


 可愛らしいかけ声で振られた白い短剣は、しかし毛皮に跳ね返されて、彼女はたたらを踏む。


「お前さん、剣の類いを握ったことがないな?」

「えっと、はい……」


 彼女の振り下ろした短剣は刃が立っておらず、横側で殴りつけるような形になっていた。


「ラツェル、貸してみな。まず基本の握りはこう。それで、こうやって真っ直ぐ振るんだ」


 ナイフの方を握り、ユーゲンの真似をする。たしかに、これなら上手く刃を当てられる気がした。


「それじゃあもっかいだな。ほら」

「う、うん」



 返された短剣でもう一度、デビルボアの毛皮を切りつける。

 少し角度が付いてしまってはいたが、今度は間違いなく、毛皮を切り裂いた。


「す、凄い。全然抵抗を感じなかったよ……」

「今のでもこんな簡単に切れるのか。俺の剣より切れ味いいんじゃねぇか?」

「それはお前さんの手入れが悪いからだ。あとでやり方を教えてやる」

「ホントか!?」


 楽しそうに話すユーゲンの横で、ラツェルは少し、怖くなった。

 ユーゲンの大きな剣で切りつけてやっと傷つけられた毛皮を、自分のような素人が簡単に切り裂けてしまう短剣。


 もし、これを間違えて、人に当ててしまったら。

 思わず生唾を飲み込んでしまう。


「嬢ちゃん、刃物に恐怖を覚えるのは間違っちゃいねぇ。むしろ必要なことだ。それは、何かを簡単に傷つけられる、傷つけるための道具だってことを忘れるな。坊主は、分かってるな」

「もちろん」

「……はい」


 真剣な表情で頷いたユーゲンに、ラツェルはなぜか、安心感を覚えた。



 剣の手入れの仕方を教わり終えた二人は、その足で冒険者ギルドへ向かう。少し時間が掛かってしまったが、早めに宿を出たおかげでまだ焦る時間でもない。

 実際、依頼を張り出された掲示板には依然人だかりができていた。


「武器の手入れって大事だなぁ。俺の剣、あんなに切れるようになるなんてな」

「だね。この前はあの毛皮を切るのにあんなに苦労したのに」


 軽く振るだけであっさり二つに分かれた黒い毛皮を思い出す。肉や骨がないという違いもあるが、それにしたって、まさかあれほど簡単に切れてしまうとは、ユーゲンも考えていなかった。


「これでスタンピードが来ても安心だな!」

「スタンピード?」

「ああ、スタンピードってのは、めちゃくちゃ沢山の魔獣が一斉に移動する災害な。それでいくつも町が滅びたって話だ」

「それは、怖いね……」


 あのデビルボアのような存在が大きな群れとなって町を遅う。その光景を思い浮かべて、ラツェルは身震いする。

 神族とはいえ、不死身ではないのだ。痛いものは痛いし、死ぬときは死ぬ。


 そんな話をしながら、小柄な体格を生かして依頼を探す冒険者たちの隙間を抜ける。

 どうにか一番前まで来た二人の視界に、昨日までの倍近い面積を埋める依頼書の数々が映った。

 ――なんでこんな多いんだ?


 不思議に思うユーゲンだが、それより今は仕事を確保する方が先だ。

 良さそうな依頼を見つけて、手を伸ばす。勢いよく掴んだせいで依頼票がくしゃくしゃになってしまったが、仕方ない。


「ラツェル! 取れた! 戻るぞ!」

「うん!」


 人の体にもみくちゃにされなが、人だかりの外に転がり出る。二人とも既に息が上がっているが、いつものことだ。

 体格の問題もあるが、そろそろ慣れたいところではある。


「この依頼争奪戦が一番大変な気がするな……」

「だね……。そういえば、さっき気になる声が聞こえたの」

「気になる声?」


 話しながら受付カウンターに並ぶ。


「うん。ギルドはスタンピードが起きるって予想してるんじゃないかって」

「なんでだ?」

「ギルドが依頼主の採取依頼や討伐依頼が多いからだって」

「ああ、たしかに……」


 言われてみれば、今自分が握っている依頼票もそうだ。思い返すと初めての依頼もそうだったし、デビルボアの話をしたときの職員の様子もおかしかった。


「一応いつも以上に注意しておくか」

「そうだね……」


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