6:アルベリオ(1)
アルベリオがエルフを探したのは、冒険の旅に出るためだった。
一緒に旅に出る仲間は、大人であってはいけない。
それから、友人のエイブラムであってもいけない。
どちらも『城から出てはいけません』と言うからだ。
アルベリオはこの国のたった一人の王子で、将来国王の後を継がなくてはならないので、危険な真似は全て禁じられていた。
剣を持つのも駄目。木に登るのも駄目。
国王の過保護ぶりは、王妃が病気で亡くなってから酷くなった。
「お前まで失うわけにはいかないのだ」
そう言って、かすり傷一つで騒ぎ立てて医者を呼ぼうとする。乱暴な子どもは遠ざけられ、アルベリオと遊んで良いのは公爵家の三男、エイブラムのみとされた。
さらには朝食後に家庭教師がやって来ては、文法だの地形だの惑星の運行だの、難し過ぎて眠くなりそうな話を一日中延々とするので、アルベリオの毎日はとても忙しくて退屈だ。
先王が亡くなった時、その長寿は封じられたエルフの加護だとアルベリオの父が明かした。
「先帝陛下は奴隷エルフを飼っておられた。幼い子どもの姿をしたエルフだ。今は私が牢の鍵を譲り受けた。いずれはお前に、牢の鍵を渡すことになるだろう」
つまり城のどこかにある牢に、子どものエルフが閉じ込められている。
そう知ったアルベリオは、冒険の仲間一号はそのエルフにしよう、と勝手に決めた。
(助け出して、一緒に城を出るんだ)
将来の側近候補であり、唯一年の近い友人であるエイブラムに冒険の計画を打ち明けたら、大反対された。
セントロニオ公爵家の三男であるエイブラムは、アルベリオよりも少し年上で、子どもらしさのない、ひたすら真面目な少年だ。彼は『冒険』という言葉を好きではないようだった。
「王族に冒険は必要ありません」
とても難しい表情で、彼はアルベリオを諭した。
「アルベリオ殿下に今必要なのは、勉強だと思います。基本的な知識もなく冒険に出ても、何もできないうちに死んじゃうだけですよ」
その時だけではなく、エイブラムはいつも難しい顔をしていた。アルベリオは、彼が笑った顔をまだ見たことがない。妹が生まれた、と報告してきた時にかろうじて微笑んだように見えたぐらいだ。
仕方なくアルベリオは、一人でエルフを探すことにした。
これまで読んだ本には、エルフがたくさん登場した。物語によって違うが、尖った耳が最も共通する特徴だ。
尖った耳を持つ謎めいた友人と、城の外に出て、数々の困難を打ち破り宝の山を発見する、そんな冒険譚を頭の中に描いてアルベリオは酔いしれた。ここで遊び友達もおらず、守られているだけの人生を送るよりはずっといいはずだ。
彼は城の上階から地階まで、一つ一つの部屋を調べたが、エルフの子どもはいなかった。
上階に貴人用の牢らしきものはあったが、今は空き室だ。
図書館で城の古い図を探し出してみると、昔地下牢があったことがわかった。捕らえた囚人を入れていたらしい。今は騎士団の建物に囚人用の牢もあるので、城の地下牢は使われていない。
城から直接地下に下りる階段は、埋められたか隠されているようだ。
だが、地下の部屋にも灯りは必要だから、よく調べればどこかに明かり取り用の窓があるはずだ、とアルベリオは気づいた。
そして、授業をさぼっては城の周囲を丹念に見回り、アルベリオはついに地下牢と、そこに囚われたエルフの子どもを発見したのだった。
***
それはとても小さな、子どもというよりは幼児と言ってもいいぐらい幼いエルフだった。
長くてクルクルと巻いた癖毛の黒髪が、背中を覆っていた。
こちらを振り仰いだ顔は、とても小さくて、白くて、これまでに見た事がないぐらいに可愛かった。まるで、精巧に作られた陶器の人形のようだ。
「エルフだ! 本当に居た!」
よく見ようと、窓に嵌まった鉄格子に顔を押しつけた。
まだ四歳か、五歳ぐらいに見える。
エイブラムの妹と同じぐらいの大きさだ。
「そこをどけ! 窓を塞ぐな! 部屋が暗くなるだろう!」
甲高い声でエルフが怒鳴ったので、アルベリオは驚いた。
「喋った!」
エイブラムの小さな妹は一度会ったことがあるが、まだ片言しか話せなかった。
それなのにこの小さなエルフは、大人と同じぐらいに喋った。
「どけってば!」
エルフは拳を振り上げた。
その仕草は、怒ったカマキリに似ている。
アルベリオの影が机の上で踊り、窓から差す光が彼女の黒く豊かな髪を煌めかせた。
「本が読めねぇじゃねーか!」
「本が好きなの?!」
アルベリオは嬉しくなる。
「僕も本が好きだよ」
「お前の話なんて聞いてない! あっち行け!」
エルフが小さい何かを投げた。
それは鈴の音を立てながら壁に当たって、下に落ちた。
彼女がとても小さな部屋の中にいることに、アルベリオは気づく。
それに、とても暗くてよく見えない。
窓が一つしかなくて、そこを自分が塞いでいるから彼女が怒っているのだ。
「読み終わった本がたくさんあるから、持って来てあげるね」
格子の中に腕を入れて、アルベリオは手を振った。
「どうやったらそこに行ける?」
「知るか! 閉じ込めたのはお前達人間だろう?」
エルフはもっともなことを言った。
「じゃあ、助けに行く!」
冒険の始まりだ、とアルベリオは意気込んだ。
小さなエルフを、この小さくて暗い部屋から出してあげないと。
そのためには、父王に頼んで鍵を貸してもらわなくては──。
「「アルベリオ殿下!」」
家庭教師と側役たちの、探している声が聞こえてきた。
アルベリオは草の中に身体を竦めた。
「大変だ。見つかっちゃうから僕、行くね」
今は授業などで時間を浪費している場合ではない。
急がなきゃ、冒険は始まらない。
彼は急いで行動した。
そして冒険は、始まる前に頓挫してしまった。
父王が鍵をくれなかったのだ。
「これは、お前が王を継ぐ時に渡すものだ。奴隷エルフを逃がせば、我が国から幸せが逃げると先王陛下はおっしゃった」
アルベリオの父は困った顔をしていた。
「お前にはまだ難しいかもしれないが、先王のお言葉通り、あのエルフを封じ込めていた事実が知られれば国内外で政治的な問題が生じるだろう。先帝の遺言は、絶対に守られなければならないのだ」
「でもエルフはとても狭い部屋にいて、とても痩せていて、不幸そうでした。もっとしっかり面倒をみてあげないと死んじゃうかもしれません。逃がすことと、死なせることは同じではありませんか?」
助けに行くって、言ったのに。
このままでは嘘吐きになってしまうと思って、アルベリオは必死に訴えかけた。
「いつも『はあい』と気の抜けた返事しかしないお前が、そこまで真剣に何かを主張するところは、初めて見たな」
父王は少し笑った。
「良かろう。牢から出すことはできないが、お前にエルフの面倒を見ることを許可しよう」
鍵はもらえなかったものの、地下に行く許可はもぎ取ることができた。
城壁に囲まれた敷地内の最北には、王族と関係者しか入れない墓地がある。その傍に設営された小屋の横に、地下牢へ続く階段が隠されていた。
墓守は、騎士を引退した男だ。
彼はその小屋に住み、エルフを監視し、食事を運んでいた。
アルベリオは墓守の小屋から、小さいエルフが喜びそうなものを運んだ。
本や、可愛い服や、暖かい布団、おやつに、綺麗な花。
何をあげても、小さいエルフは喜ばなかった。
いつもつまらなそうな顔をして、アルベリオから目を逸らす。
(助けてあげるって、言ったのに。僕では助けられなかったから)
そのことがアルベリオにはとても悲しかった。
せめて一緒にいてあげよう。
寂しくないように。
そう思って、アルベリオは絨毯や家具類を牢の前に持ち込んで、自分の居場所を作った。
(楽しい話をいっぱいしよう。僕が失敗した話や、叱られた話、笑われた話も……)
うるさいと言われても、あっちへ行けと言われても、アルベリオは小さいエルフに話しかけ続けた。
(そして、いつか彼女を笑わせることができたら。どんなに可愛く笑うことだろう……)
その時のことを想像すると、胸の辺りがドキドキする。
幼いエルフは、とても賢くて、アルベリオを驚かせた。
彼女が笑顔を見せることはなかったが、時々意見の相違から喧嘩をしたり、仲直りしながら、時を過ごした。
いや、仲直りというよりは……。
「お待たせ!」
アルベリオが挨拶すると、
「誰も待ってなんかいない」
と彼女が憎まれ口を叩く、それだけのことだが。
無視されるよりは断然の進歩だ。
この頃では牢で一人きりの彼女が、アルベリオが顔を出した途端、ほっとした表情を見せる程度には仲良くなれた。はっきりと言ってはくれないけれど、友達だと思ってもらえているはずだとアルベリオは思った。
そしてアルベリオにとってもシャルシャは、かけがえのない友人になっていた。
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