2:シャルシャ(2)
年老いた王は、初めの頃は物珍しさでエルフの子どもを見に来た。
けれど、何年経っても幼児の姿から変わらないシャルシャに飽きたらしい。
やがて使用人が牢の前に、生活必需品や服や食事を置いていくだけになった。
まるでお供え物のように本やオモチャなど特別な品が置かれた時には、紙が添えられていた。それは願い事を書いた手紙だった。
これは何かと尋ねられ、シャルシャが文字を読めないことを知った使用人は、読み書きを教えてくれた。
願い事を理解する為に必要だと王様に進言してくれたらしく、教育用の本が増えていった。
何日、何ヶ月、何年と、地下の部屋で過ごす時間が過ぎる。
シャルシャは歳月の経過を測る方法を知らず、自分が牢でどれだけの月日を過ごしているのかわからなかった。
使用人は何度か替わった。
長生きを願った老王は死んでしまったようだ。
新しい王がシャルシャのもとを訪れて告げた。
「これからも王家に尽くすように」
銀の髪に、スミレ色の瞳。
先王と同じような顔立ち。
彼は、幼いエルフを封じておけば王家に幸運を呼び込むという、父王に聞かされた話を信じているらしい。更なる幸運を願って、寝具や服、本などをシャルシャに差し入れた。
その後も季節が巡り、地下室は寒くなったり暑くなったりしたが、回数までは覚えていない。
変化のない日々を、シャルシャは幼い姿のまま本を読んで過ごした。
***
一人の少年がシャルシャの人生に登場したのは、長い冬が過ぎ去って間もなくの頃だ。
何者かの影が、この部屋唯一の窓を遮った。
窓にはガラスが填まっておらず、虫が入ってくるのはしょっちゅうだし、時折小さな動物が覗くこともあった。
だが、その影は動物にしては大きく、部屋に差し込む光を遮った。
手元が暗くなり、苛立ったシャルシャが見上げると、弾んだ声が飛んできた。
「エルフだ!」
窓を縦に刻んでいる鉄格子に、子どもが顔を押しつけた。
「本当に居た!」
逆光で、どんな顔をしているのかよく見えない。
シャルシャは、細い眉を寄せた。
「そこをどけ! 窓を塞ぐな! 部屋が暗くなるだろう!」
奴隷商人たちから習い覚えた荒い言葉だが、甲高い子どもの声では彼らと同じような迫力は出せなかった。
「喋った!」
子どもは驚いたように言った。
「どけってば!」
シャルシャは拳を振り上げた。
窓は大人の背丈よりもはるかに高いところにあるので届かない。
怒声を浴びせる以上のことはできなかった。
「本が読めねぇじゃねーか!」
「本が好きなの?!」
恐れをなすどころか、相手は嬉しそうな声になる。
「僕も本が好きだよ」
「お前の話なんて聞いてない!」
シャルシャは、玩具の一つを手に取って投げ付けた。
「あっち行け!」
鈴の付いた小さなぬいぐるみが、しゃりん、と音を立てて窓のはるか下にぶつかった。
「読み終わった本がたくさんあるから、持って来てあげるね」
格子の中に腕を入れて、子どもは手を振った。
「どうやったらそこに行ける?」
「知るか!」
両腕を組んで、シャルシャは精一杯偉く見せながら見上げた。
「閉じ込めたのはお前達人間だろう?」
「じゃあ、助けに行く!」
遠くから聞こえてきた呼び声に、子どもは身体を竦めた。
「大変だ。見つかっちゃうから僕、行くね」
子どもがようやく退いたので、部屋の中に再び光が差す。
シャルシャは、読みかけの本に視線を落とした。
(助けに行く?)
手元にあるのは、悪い竜に攫われたお姫様を勇者が救いに来る物語だ。
いつか自分も誰かが救いに来てくれるかもしれないと、何度も読み返したけれど──
こんなご都合主義なことが、現実に起こるわけがない。
シャルシャは長い間、狭くて暗い場所に囚われていた。
現実を知るには充分な時間だ。
シャルシャはその本を閉じて鉄格子の向こうに投げやると、別の本を探し始めた。
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