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黒の世界を選びました!

白の世界の見学を終えた私は、ふわふわの雲の絨毯を踏みながら、ふっとため息をついた。

空調は完璧、食事は豪華、空は澄み渡り、誰もが微笑んでいる。

でも、どこか“現実感”がないように見えた。

空気が綺麗すぎて、逆に息苦しい。

自分が生活をする『実感』が感じられなかった。


「どうでしたか?仁菜さん。これが“永遠の安らぎ”です」


セロスが私の横顔を覗き込みながら、柔らかく問いかける。


「……うん、綺麗。でも、なんか……現実味がない」


私はそう言って、彼の手をそっと振りほどいた。


「ここにいたら、私、自分が自分じゃなくなりそう」


セロスの笑顔が、ほんの一瞬だけ引きつった。


「それは……慣れの問題かと。いずれ馴染みますよ」


「馴染みたくないかも」


私はそう言って、背を向けた。


黒の世界の見学は、空気が重く、建物は古びていて、職員たちは黙々と働いていた。

でも、そこには”生活感”があった。

誰かが掃除をしていたり、誰かが書類を運んでいたり。

地味だけど、確かに“人生”があった。


アゼルは私の隣で、無言で歩いていた。

案内というより、ただ“隣にいる”という感じだった。


「ここが、黒の世界の庁舎。地獄って言われてるけど、実際は“再出発の準備室”みたいなもんだ。働いて、反省して、次に進む。シンプルだ」


「……なんか、こっちの方が落ち着く」


「そうか」


アゼルはそれだけ言って、少しだけ口元を緩めた。


見学を終えた私は、二人の前に立った。


「決めました。私は……黒の世界に行きます」


セロスの顔が、ピクリと動いた。


「えっ……本当に?いや、ちょっと待ってください仁菜さん。白の世界には、もっと素敵な施設もありますし、希望すれば記憶の調整も——」


「記憶の調整って、つまり“忘れさせる”ってことですよね?それって、私が私じゃなくなるってことじゃないですか」


セロスは言葉に詰まり、タブレットを見下ろした。


「でも……黒の世界は、苦しいですよ?労働もあるし、自由も少ない。転生までの時間も長い。天国の方が、ずっと楽です」


「楽なのが、幸せとは限らないでしょ?」


私はそう言って、アゼルの方へ歩み寄った。


「私は、ちゃんと生きてた頃みたいに、働いて、悩んで、でも誰かと関わっていたい。それが、私にとっての“リアル”だから」


アゼルは少し驚いたように私を見つめたが、すぐに頷いた。


「……わかった。歓迎するよ。黒の世界へ」


セロスはしばらく沈黙した後、ため息をついた。


「……営業成績、また下がるわ。ほんま、やってられへん」


「本音漏れてますよ、セロスさん」


私がそう言うと、セロスは肩をすくめて笑った。


「仁菜さん、あなたみたいな人は、白の世界には向いてないかもしれませんね。……でも、黒の世界で後悔しても、戻ってこれませんよ?」


「白の世界に行った方が後悔すると思います。セロスさんには悪いけど」


 微笑んで私が言うと、私の言葉に、アゼルが小さく笑った。


「……じゃあ、案内する。地獄の入口は、意外と風通しがいいぞ」


私はその言葉に、ふっと笑いながら、彼の隣に並んだ。


白と黒の境界線を越えて、私は“選んだ”世界へと歩き出した。

 

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