地獄の大闇鍋無双しました!
庁舎の掃除が終わり、空気がほんの少しだけ澄んだ気がした。私はふと窓の外に目をやる。そこには、いくつもの巨大な鍋が設置されており、ブクブクと不穏な音を立てながら、鼻をつくような悪臭を放っていた。
「なに……あれ?」
黒い液体がぐつぐつと煮え立つ大鍋が、ずらりと並んでいる。
鍋の表面には、いつ洗ったのか分からないような焦げやヌメリがこびりつき、窓越しにもその不潔さがはっきりと見て取れた。
その鍋の前には人々が列をなし、無言で椀に中身をよそい、近くの地面に腰を下ろしては、陰鬱な顔つきで黙々とその具材を口に運んでいた。
「闇鍋地獄だよ」
「……何それ」
「地獄の刑罰の一環で、闇鍋の中をすくって、具材は全部食べきらなきゃいけない刑罰」
「それただの罰ゲームじゃん!」
私がツッコむと、アゼルは真面目な顔で言った。
「いや、これも黒の世界の“仕事”で“刑罰”。軽犯罪者と認定された者がやる“業務”だ」
「それにしてもすごい匂い……あの鍋、いつ洗ったの?鍋は毎回作り替えてるの?」
「詳しくは知らんが……鍋は……いつ洗ったかな。中身は延々継ぎ足しだ」
私は絶句した。
「そんな不衛生なもの口にしたら、病気になるじゃない!鍋は毎日洗って、作り替えなきゃ!」
そう言いながら、ふと私は思い出す。
「……って、そういえば、さっき軽くやけどしたけど……亡者って、病気とか怪我とかするの?」
私の問いに、アゼルは静かに頷いた。
「亡者といえど、地獄では肉体を持つ。病にもなる。罰とは、苦しみを伴うものだからな」
「じゃあ、余計に不衛生なものを食べさせて、体壊されたら困るじゃない!それってもう刑罰じゃなくて人権侵害……いや、亡者侵害よ!」
私は勢いよく言い放つ。
「ちゃんと清潔な道具で、栄養面も考慮して、まともなものを食べさせなきゃ!」
アゼルは少し困ったように眉を寄せた。
「でも、それじゃ“仕事”にならないんじゃないか?“刑罰”の意味もなくなるし……」
「鍋を毎日洗って、作り替えるのも“仕事”のうちでしょ?それに、体を壊したら“仕事”にも“刑罰”にもならないじゃない。本末転倒よ!」
私の正論に、アゼルは言葉を返さず、黙って鍋の方を見つめた。
そして私は、鍋の前に立った。
「よし。じゃあ、私が見本見せてあげる。衛生的に、そして完食する!」
鍋の中にオタマを突っ込むと、出てきたのは……黒くてぷるぷるした何か。見た目は最悪だったが、私は鼻をつまんで一気に口へ。
「……うん、意外といける。味は……うん、まあ、地獄って感じの味?」
その後も、次々と鍋を攻略していく私。周囲の職員たちがざわつき始める。
「この人、地獄の胃袋持ってる……」
わたしは、全ての闇鍋を味見して、感覚を掴んだ。
「大体の味もわかったし、次は衛生面ね」
私は、大鍋から振り返ると、後ろに並ぶ受刑者の皆に声をかけた。
「鍋、全部空にするよ!受刑者のみんな、手伝って!」
仁菜の声が響くと、黒の世界の受刑者たちはざわつきながらも動き始めた。
オタマを手に、鍋の中身をすくいだして、出たゴミは分別し、空になった鍋は洗剤でゴシゴシ。
仁菜は先頭に立ち、指示を飛ばしながら自らも手を動かす。
「この鍋、底が見えるまで洗って!“刑罰”だって清潔第一!」
「はいっ!」
受刑者たちは次第に士気を高め、鍋は次々と空になり、洗い上げられていく。
アゼルは少し離れた場所で腕を組み、黙ってその様子を見ていた。
「アゼル、そっちの鍋、持ち上げて!底の焦げ、見たい!」
「……わかった」
アゼルが鍋を持ち上げようとした瞬間、鍋の縁に足をかけていた仁菜がバランスを崩す。
「わっ、滑った!」
反射的にアゼルが手を伸ばす。だが、勢い余って二人とも鍋の底に倒れ込み——
ドンッ。
ん?何か胸が重たい?
私が顔を上げると、アゼルが私の胸に顔を埋めるようにして、私を抱きしめるように二人で鍋の底に埋もれていた。
「っ……!」
仁菜は一瞬固まり、アゼルも動けず、鍋の湯気が二人を包む。
「ちょ、ちょっと!?アゼル!私の胸に頭乗ってる!てか腕離して!私たち鍋底で転んでる!」
アゼルは慌てて体を起こし、顔を真っ赤にして背を向けた。
「す、すまん……!救助のつもりだった……!」
「いや、わかってるけど!わかってるけど!!」
周囲の受刑者たちは、鍋のおたまを持ったまま固まっていた。
「……今の、見た?」
「案内人、女の子に抱きついて埋まってた……」
仁菜は顔を赤くしながら、鍋の中身をかき混ぜる。
「……もう、いいから!鍋洗うよ!アゼル、スポンジ持ってきて!」
「……ああ」
アゼルは無言でスポンジと洗剤を差し出しながら、目を合わせようとしない。耳まで真っ赤だった。
その後、仁菜は受刑者たちと協力して鍋をすべて洗い上げ、衛生的な調理場を即席で設置。新たな「美味しい闇鍋」を作り上げた。
「さあ、召し上がれ!」
恐る恐る口にした受刑者たちは、目を見開いた。
「……うまい……!」
「これが……地獄の味……?」
「涙が出る……」
「これなら、明日も“刑罰”がんばれる……!」
仁菜は腕を組み、満足げに頷いた。
「ふふん、これが“地獄の改善”ってやつよ!」
アゼルはその様子を見つめながら、ふと呟いた。
「……やっぱり、君が来てから、変わったな。ここも、俺も」
仁菜は振り返り、少し照れながら笑った。
「じゃあ、次はどこを掃除しようか。地獄、まだまだ汚れてるよ?」
アゼルは静かに頷いた。
「君がやりたいようにやればいい。俺はそれをできるだけサポートするよ」
そう言って、アゼルは苦笑するように喉の奥で笑った。




