出会いは死んでから?
「何!?この雑然とした空間は」
扉を開けると、そこは書類が山積みにされたオフィスだった。
「埃っぽい!汚い!タバコ臭い!換気してないんじゃない?」
私は部屋の奥に進むと、突き当たりにある窓を全開で開けた。
私の後ろには申し訳無さそうに立つ黒髪に黒いスーツを着て赤いネクタイを締めて、スーツの襟に何かの模様のようなピンバッジを付けた男性ロキスと
「こんな場所の何処がえぇねん。こっちは綺麗・清潔・整理整頓しっかりされた上に空調バッチリな世界やねんぞ!こんなブラック企業選ぶ気が知れんわ!」
と、ブツブツ呟いてると、言動に似合わない金髪碧眼で、白いスーツ姿に、胸元に羽飾りを付けた男性セロスが文句を言っていた。
私は窓を開け放った勢いのまま、振り返って黒髪の男性――アゼルを睨んだ。
「ねぇ、案内人って部屋の掃除もしないの?この書類、何年前のよ?あとこの灰皿、誰の?」
アゼルは視線を逸らしながら、低い声でぼそりと答えた。
「……俺のじゃない。前任者のだと思う。触ると崩れるから、放置してる」
「放置って言葉、便利だよねぇ〜〜〜!」
私は手近な書類の山をどうにかしようと、書類の束に指先が触れた瞬間――案の定、バサッと崩れた。埃が舞い、セロスが咳き込む。
「ほら見てみぃ!空気悪すぎてワイの美声が死ぬわ!仁菜ちゃん、こっちの世界にしとき。”白の世界”は空調も香りも完璧やで。」
ここは『あの世』である『黒の世界』下界で言うところの『地獄』である。
対してセロスの言う『白の世界』は『天国』を指していた。
交通事故に遭い仮死者状態で、この世界の境界線で迷い込んだ私は、二人にどちらの世界に行くか勧誘されたが、仮死者であると分かった私は死後どうするか決めるために二つの世界を『見学』させてもらった。
最初『白の世界』を見たが、ふわふわな雲に彩られ、優雅に過ごす人々を見て、落ち着かなかったというか、居心地が悪かったというか……とにかく、現実味を感じなくて、死後の世界でも『労働や苦役を強いられる黒の世界』に落ち着くことにした。
『黒の世界』で先ず感じたことは、劣悪な環境である。
仮にも『地獄』に相当する世界なので、過ごしやすい方がおかしいのかもしれないが、この環境はあまりにも悪すぎる。
そう思った私は手始めにロキスのオフィスから、手をつけようと思った矢先がこれだった。
セロスは、まだあたしを諦めては無いらしく、『黒の世界』まで着いてきて、どうにか私の意向を覆そうと、耳元で囁いてくる。
「ラベンダーの香りで毎日癒されるんや!」
「ラベンダーより、生活感のある味噌汁の匂いの方が落ち着くんだけど」
私がそう言うと、アゼルが一瞬だけ目を見開いた。赤い瞳が、ほんの少し柔らかく揺れた気がした。
「……味噌汁、好きだ」
「え、急にどうしたの?共感ポイント?」
セロスが「はぁぁぁぁ!?」と叫び、額を押さえた。
「なんで味噌汁で心通わせてんねん!こっちは天使の歌声で毎朝起こしてくれる世界やぞ!?味噌汁て!庶民か!」
「庶民で結構。私は、ちゃんとリアリティある、規則正しい堅実な生活できる場所がいいの」
私がそう言うと、アゼルは小さく頷いた。
「……なら、ここを整える。案内人として、最低限の環境は用意する」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「じゃあまず、掃除機と雑巾と、あと消臭剤用意してね。掃除するから。あと、書類はジャンル別に分けて。それくらいはできるでしょ?」
アゼルは少しだけ口元を緩めた。セロスはその様子を見て、肩を落としながら呟いた。
「なんでや……なんでブラック企業の案内人がデレてんねん……」
私は窓から差し込む風を感じながら、心の中で決めた。
——この世界、ちょっと手間はかかるけど、その分伸びしろがある。この『黒の世界』を少しでもみんなが住みやすい場所に変えてみせる。
久々に闘志が湧いた。




