聖女さまは恋がしたい
この国には聖女がいた。
特別な力を持った彼女は、数多の男性からアプローチを受けていた。
「聖女、どうか私と結婚してください」
「お断りします」
だが決して聖女は靡かない。
確固たる意思を持って男性の思いを切り捨てる。
「ど、どうして!大貴族の私に至らぬところなどないはず」
「理由は簡単です。私はあなたにときめかなかった。ただそれだけ」
「くっ、小娘の分際でよくも大貴族である私のことを、」
「ゴホッ!」
自らを大貴族と名乗った男の怒声は、しゃがれた咳払いによって遮られる。それだけで何かを察したのだろう。彼は肩を落として部屋を後にした。
「恋がしたいな」
そう、聖女は恋がしたかった。
でもどれだけ思ってもその願いは叶わない。
「ねぇ伯爵、私はどんな男性を好きになればいいと思う?」
部屋にはもう1人男性がいた。白髪の混ざった初老の男だ。伯爵と呼ばれるだけあって、彼の身なりは気品に満ちている。
「財力のある者がいいでしょう」
伯爵は淡々とした口調で意見を述べる。
「金持ちは嫌いなのよね。金で何でもできるって思ってそうなのが………好きになるなら伯爵ぐらい慎ましいお方でないと」
聖女は上目遣いで伯爵を見つめた。
「では為政者なんてどうでしょう」
「ダメダメ、権力者なんて私のことを政治の道具くらいにしか思ってないわ。人間のように扱ってくれたのは伯爵が初めてよ」
「ふむ、」
蓄えた顎鬚を撫でる伯爵は思案投げ首といった様子だったが、年の功が刻まれた頭からなんとか言葉を捻り出す。
「ならば若い男を選びなされ。もしかしたら大成を果たす傑物がいるやもしれません」
「歳は………そうね。そればっかりは伯爵の言うとおりね」
「次は若い男との見合い話を持ってまいります」
「ほんと、とぼけるのが上手なんだから………そうだ!いい事を思いついたわ」
聖女はぽんっと手を叩くと、彼女は伯爵に自身の力を使った。その力は強力なもので、初老の風貌をしていた伯爵はみるみると若返り、最終的には立派な若者の姿へと変貌していた。
「な、なんてことを!?」
「うーん、若い伯爵になら恋できるって思ったのにな」
威厳もへったくりもない。ただの少年のような見た目となった伯爵を眺めながら聖女は笑った。
その様子に一度は口を開いた伯爵だったが、その口から文句が吐き出されることはない。聖女に何を言っても不毛と分かっているからだ。
伯爵は代わりばかりに大きなため息を吐くと、シワのなくなった眉間を擦る。
「僭越ながら申し上げます。恋とはするものではなく、慕い、そして落ちるものです。聖女さまが恋に焦がれる気持ちも理解できますが、ここは焦らずに運命の人との出会いを待つべきでは?」
「散々待った結果がこの体たらくよ?後どれだけ………いえ、そもそもそれが間違いだったのよ」
「はあ?」
あっけに取られた伯爵を尻目に、聖女は屋敷を飛び出した。
「グッバイ伯爵、私は、私の力で好きな人を見つけてみせるわ」
そうして聖女は恋をするため外の世界に飛び出した。