幼馴染と海デートして花火見るお話。
八月の中ごろ。炎天下の昼下がり。
焦げ付きそうなほどの日差しから逃れて、俺たちはカフェで休んでいた。
俺は出かけるのも喋るのも好きじゃないが、幼馴染のカナは違う。
次はどこに遊びに行こうかと、まくし立てるように話してくる。
「せっかく夏なんだからさ、海に行こうよ!」
なんともまあ、カナらしい無邪気な提案である。
けれど、俺としてはそんなところに遊びに行くつもりはない。
「行くわけないだろ。こんなクソ熱い中、どうして外で遊ばきゃいけないんだ」
「大丈夫だよ! だって海だもん!」
「どういう理屈だそれは」
思わず苦笑してしまった。
彼女の弾けるような笑顔は魅力的だ。無邪気で明るいのもいいと思う。
けれど、ノリと勢いだけでモノを考えすぎだと感じる。
「ゆう君は海に行きたくないの?」
「行きたくない」
「あたしの水着が見れるって言われても?」
「……興味ないね」
「あー! 今ちょっと迷ったでしょ! ゆう君のエッチ!」
「やかましいッ! 人をおちょっくってるとグーでぶちのめすぞッ!」
棒読みで「きゃー」といいながら、冗談めかして怖がるカナ。
いかんや、からかわれたのが癪で、つい言葉が過激になってしまった。
むろん本気ではないし、向こうもそう受け取ってくれたのは助かる。
けれど、何をそんなにムキになっているのだろうか。
我ながら良く分からん。
「真面目な話さ……。ゆう君って本気で見たいの。私の水着……」
カナは頬を染め、うつむきながら聞いてきた。
……なんだその、こっちを意識したようなリアクションは。
「……まあ、似合うんじゃないか。スタイルいいし、可愛いし」
「そうなんだ。どこを見て、スタイル良いって思ったの?」
「………………言えない」
「ふーん、言えないようなところを見て、言えないような気持ちになったってこと?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ヘンタイ」
咎めるようなカナの声に、今度は何も言い返せなかった。
「なんか複雑。あたしも知らないわけじゃないからね。クラスの男子が、そういう噂してるの」
確かに、カナはクラスでも目立つ存在で、男子の視線を集めている。
胸が大きいだの尻がエロいだのと、そんな話も聞いた。
なぜかは知らんが、そんな話を聞かされると無性に腹が立つ。
なんなら今も、少し思い出してイライラしてた。
「お前、まさか俺とアイツらを一緒にしてないよな」
想像より、ドスの効いた声が出た。
肩をビクッと震わせるカナを見て、思わず正気に戻る。
「……怖がらせて悪い。ごめん」
バツが悪くなって、俺はカナから目を逸らした。
「ホントだよ! ヘンタイなのは一緒なんだから、そんな怒んないでよね!」
「返す言葉もない」
「まあ、ゆう君ならいいけどね……。それしか見てないってことはないだろうし」
「当たり前だろ。そこまで終わった変態じゃねぇよ」
「ヘンタイなのは認めるんだ……」
この流れで認めなかったら人格に問題があるだろ。
とは言えなかった。たぶんあんな怒り方をした時点で問題があるから。
「で、ヘンタイさんはあたしにどんな水着を着せたいんですか?」
「この流れで、それ言わせようとしないでくれるか?」
「まあ、言うだけ言ってよ。聞くだけ聞くから」
「……真面目に答えると、さすがに考えたことない。色だけ言うなら、白とか似合いそうだなとは思う」
普通に考えて、幼馴染の水着姿を妄想したことなんてないからな。
こいつとは、まるで双子みたいに同じ時間を過ごしてきた。
兄妹のように過ごしてきて、最近は女らしくなったかとか、可愛くなったとは思うけど、それだけだ。
そうでなくとも、考えたことあったらまずいだろ。
「……ゆう君って清楚系が好きなんだね」
「それ、自分のこと清楚系って自称してるようなもんだぞ」
「言われてみれば、確かにそうかも」
話が変な方向に行きつつある。仕方ない。こうなりゃヤケだ。
「わかった! 海には行ってやる! 水着は一人で勝手に決めろ!」
「オッケー。ゆう君もオシャレしてきてよね。じゃないと怒るよ」
「……善処する」
ゆう君『も』ねぇ。
こいつも気合い入れてオシャレして、俺もそうして、そんで二人で海に行く、かぁ。
……なんだかおかしな方向に着地してないか、これ?
きっと、カナが夏休みで変なテンションになっているせいだ。そうに違いない。
「まったく、お前はどうしてそんなに夏が好きなんだ……」
「なんかエモいじゃん。景色が全部、鮮やかでさ。日差しが強くて、明るいせいかな?」
思わず独り言のように言ってしまった言葉に、カナは真面目に答えてくれた。
「俺には分かんないよ、その感覚。なんなら夏は大嫌いだ」
「そうなの?」
「そうだよ。クソ暑いし、セミはうるさいし、空が鮮やかすぎて目がチカチカする」
「えー……、あの空がいいのにさ」
俺たちはとことん、価値観が真逆のようだ。
けれど、別に良い。空の色について語り合える友達なんて、こいつしかいないしな。
なんだかんだ、それが大事だと思っている。
━━━━━━
━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
立てたパラソルの下で、俺はカナを待っていた。
いかにもバカンスなイスとブルーシートを用意して、近くには浮き輪も置いてる。
海水浴場に来るまでは一緒だったんだが、水着をサプライズで見せたいとかで、わざと遅めに着替えてるらしい。
どんな水着で来るつもりなんだろうか?
生まれて始めて想像したカナの水着姿は、なんかフリフリでワンピースタイプで……露出の少ないやつだ。
けれど、俺の予想は裏切られることとなった。
「お待たせー、似合ってる〜?」
フリフリなのは想像通りだった。
しかし、まさかあの時の会話で俺が似合うと言った、白の水着で来るなんて思ってなかった。
それに、もう1つ予想外なことがある。
まさかカナが、ビキニを着てくるくらい大胆とは思わなかった。
「どう? 似合う?」
「……ああ、綺麗だ」
「なにそれ〜! せっかくリクエストに答えたんだから、もっと喜んでよ〜!」
「人聞きの悪いことを言うな! 誰がビキニなんて要求したよ!」
悔しいが、弾けるような笑顔で微笑む彼女は、夏の妖精のようだった。
大嫌いな夏の景色が全て、カナの魅力を引き出すための舞台装置に思えた。
目がチカチカするような、極彩色の青空も。
雪のように白い砂浜も、空を映す鏡のような海も。
すべてが、彼女によく似合っていた。
「それにしても、こんな穴場の海水浴場があるとはな。静かで悪くないぞ」
「でしょ〜。お父さんに教えて貰ったんだよね。今日は向こう岸で花火大会があるから、これでも多い方なんだよ?」
「そうなのか? それにしては少ないな」
「もっといい場所が他にあるせいだね〜。例えば、神坂タワーとか」
神坂タワー。この神坂市でもっとも高い建造物。
たしかに、花火を観たいだけなら、ここよりいい場所は山ほどある。
それに、向こう岸まではかなり遠いからな。
大玉の花火以外は、少し小さく見えるだろう。
……その問題が解決する、ラストスパートが本番、と言ったところか。
「それにしてもさ〜、こーんなオシャレな水着で、ゆう君をドキドキさせてさ。夜には花火を見る約束もしてさ。なんかデートみたいだと思わない?」
いたずらっぽく笑いながら、カナはそう言った。
「……薄々、カナはそのつもりだろうと思ってたよ」
「そこは確信して欲しかったな〜」
「仕方ないだろ。二人で出かけるなんていつものことだ」
幸いにも、あんまり冷やかしてくる友達もいなかったし、カナは軽く流してたからな。
……今にして思えば、あれはカナなりに、周りの女子への牽制だったのかもしれない。
「で、ゆう君からは、いつ気持ちを伝えてくれるの?」
カナは俺の想像より自信家なようだ。返事はもうわかってるという前提で話を進めている。
だが、俺も答えないわけにはいかない。
「……今日まで、ずっと考えてた。なんでカナを、他の男が変な目で見るのが、いやなんだろうって。普通に不快なのもあったけど、きっとそれだけじゃない」
「……うん」
「独り占めしたかったんだと思う。他のやつに、カナを見られるのが、イヤだ」
「……そっか。うれしいけど、独占欲が強いんだね!」
「うるさいよ……」
しかしカナは、どうして自分ですら分からない俺の気持ちが分かったんだ?
いや、もしかして、自分が分かりやすすぎるだけか……?
「……なぁ、カナ。俺ってそんなに分かりやすかったか?」
「うん。あたしが意識してますよオーラを出した途端、ゆう君も分かりやすく同じオーラ出してた」
「まじかよ……」
自分が想像より単純な人間だったことに、俺はショックを受ける。
「それでさ、ゆう君。ちゃんと言葉で伝えて欲しいんだけど」
「……いや、悪いけど、口で言うのは恥ずい」
「えー!? この期に及んで、バカじゃないの!?」
「し、仕方ねーだろ! けどさ、その、今日は花火を見るんだろ……」
「……そうだけど?」
「だからその、キスでいいか。大きい花火、見ながらさ」
我ながら言ってることが恥ずかしすぎて、カナの顔を見れなかった。
「ゆう君はさ……その、乙女だね……」
「だまれ」
「まっ、おかげでアプローチした甲斐があったなって思えたよ。ヘタ踏むと今の関係が壊れちゃいそうで……怖かったしね」
その後、俺たちは海でとことん遊んだ。
日が暮れるまで、夢中になって。
いや、やっぱり取り消す。夢中になってたのはカナだけだ。
俺は、お互いに好きだって分かった後なせいか、カナの水着姿を変に意識していた。
カナが無邪気に飛び跳ねるたびに、揺れる膨らみに、目が吸い寄せられた。
それに気づかれて、「ヘンタイ」と咎められたとき、気まずくてたまらない気分になった。
━━━━━━
━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━
「花火、綺麗だね〜」
「ああ、そうだな」
ガチガチに緊張しながら、俺はカナと手を繋いでいた。
正直、花火が綺麗なんてまったくわからなかった。
そんな余裕がない。けれど、カナはすごく満たされたような、愛おしげな顔でたまにこちらを見る。
どうやら彼女には、このロマンチックなシチュエーションを楽しむ余裕があるらしい。
なんだか腹立たしい話だ。俺だけが、こんなに緊張しているなんて。
……いや、カナからしたら、俺にアプローチしているとき、内心はそうだったのかもしれない。
「花火、おっきくなったね」
「あっ、うん……。そう、だな……」
ラストスパートの大玉の花火。
ここからでも、カナの白い肌と水着が、光に照らされ七色に染まった。
……ダメだ。すごく緊張する。そもそもキスってどうやるんた?
ただ口と口をくっつけるだけでいいんだよな?
無理だ……失敗したくない……。
「ゆう君は律儀だね〜」
「え?」
「あたしだって、ストレートに告白はしてないのにさ」
「……なにがいいたいんだよ。俺だって、できるなら――」
その時、何を言いかけたのだろうか。
唇の感触が、あまりに衝撃的で、忘れてしまった。
「ゆう君! 好きだよ!」
「……俺もだよ」
次は、俺の方から、ちゃんとできた。
なんどもなんども、うわ言のように気持ちを伝えながら、キスは続けていた。