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精霊の愛し子ですが、追放してよろしいのですね?  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売


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幕間1.エリンからの報告


 ――四妃のお茶会の数日後。


 セレスティア帝国現皇帝、ルーファウス・ガートライトは、自らの執務室で膨大な量の仕事をこなしていた。二年前に皇帝の座についてから、一日たりとも休んだことはない。多くの民を抱える帝国の頂点に立っておきながら、休めるはずがないのだ。


「ルーファウス様。やはりウィンター王国の武器の製造量と出荷量が合いません。それも今年だけではなく、昨年も同様です」


 そう指摘するのは、側近のサイラスだ。彼は代々皇族に仕える一族の者で、ルーファウスがまだ幼い頃から仕えている。ルーファウスにとってサイラスは、信頼できる数少ない忠臣の一人だ。


「武器の行方を辿れ。野放しにはしておけん」


「は」


 ウィンター王国の不穏な動き――それが、最近のルーファウスの頭痛の種であった。


 昔から、ウィンター王国は軍事産業が盛んで、武器製造に長けた国だった。数十年前にセレスティア帝国に敗れ属国となってからは、武器製造の全てを帝国が管理している。帝国への反逆を未然に防ぐためだ。


 しかし、ウィンター王国が帝国に黙って武器を過剰に生産していることが、ここ最近の調査でわかった。


 発覚が遅れたのは、ウィンター王国の武器製造管理を任されていた役人が、帳簿を偽造していたことに起因する。厳しい取り調べの中、その役人が服毒自殺したため、裏に誰がいるのかまでは依然としてわかっていない。


 だが、ウィンター王国は軍事予算を年々増やしており、兵の増強を進めているのは目に見えて明らかだった。


 王国の思惑を早急に突き止める必要がある一方、調査は思うように進んでいない。ルーファウスは、厄介な問題に思わず溜息を漏らした。


「……ウィンター王国だけの企てならいいのだがな」


「ですね。今まで大人しかった彼らが、なぜ急に動き出したのか気になります」


「ああ……」


 脳裏に一人の人物が思い浮かび、ルーファウスは眉間を揉んだ。するとその時、執務室の扉がコンコンと鳴る。


「ルーファウス様。失礼いたします。定期報告に参りました」


 聞き慣れた女の声に、ルーファウスは「入れ」と短く命じる。扉から姿を表したのは、エリン・シズリーだ。彼女もまた、サイラスと同様、信頼の置ける貴重な部下である。


 サイラスもエリンも、ルーファウスのことは名前で呼ぶ。「陛下」と呼ぶなと、ルーファウスがそう命じているからだ。陛下と呼ばれると、己の未熟さを突き付けられている気分になる。


「どうだ? あの子ウサギは」


「とても可愛らしい方でいらっしゃいますよ」


 エリンが満面の笑みで答えた。


 ――リゼ妃。ウィンター王国の不穏な動きが発覚した直後に嫁いできた王女。


 ルーファウスが彼女の侍女としてエリンをあてがったのは、監視するために他ならない。そのためエリンはこうして、定期的にリゼの動向を報告しにやって来る。


(可愛らしい方、か)


 ルーファウスはリゼとまだ二度しか話したことはないが、エリンの言う通り、鈴の音のような声を持つ可愛らしい少女だ。


 雪原を思わせる白銀の髪に、吸い込まれるような空色の瞳。小柄で、顔にはまだあどけなさが残っている。風が吹けば消えてしまいそうな、どこか危うさにも似た儚さがあった。


 ルーファウスはほんの一年前まで、ウィンター王国に「リゼ」という王女がいるなど聞いたことがなかった。生まれつき大きな病気を抱えており、王城の奥で大事に育てられてきたから表に出てこなかっただけだと王国からは説明を受けたが、本当かどうか甚だ疑問だ。都合の良いことに、生まれつきの大病はすっかり治って、今では健康そのものらしい。


 実のところ、ルーファウスはリゼのことを、間者か暗殺者ではないかと疑っている。それにしては随分と臆病だが、あれも演じているだけかもしれない。


「リゼ様は相手が人間だと緊張してなかなか言葉が出てこないようですが、動物相手だと砕けた口調になり、とても饒舌でいらっしゃいます」


「動物? ああ、あの狼と小鳥か」


「そうです。あの二匹と戯れるリゼ様がそれはもう可愛らしくて。ルーファウス様にもぜひ一度見ていただきたいです」


 エリンが嬉しそうに語る。本当にリゼのことを気に入っているようだ。


 エリンはただの侍女ではない。諜報から暗殺まで幅広くこなす、帝国の「影の部隊」の上層部の一人だ。


 リゼに侍女を一人しか付けなかったのは、エリンがいれば護衛としては十分なことに加え、一人の方がリゼのことを探りやすいからである。


「ああ、それと、今日はリゼ様と一緒に、裏庭の畑に芋とトマトを植えました」


「畑? やはり病弱だったというのは嘘か?」


「私も疑問に思って聞いてみたのですが、病気が治ってから始めたご趣味だそうです。あと、狩りも嗜まれるそうで、近いうちにどこかの山か森へ連れて行って差し上げたいな、と」


「……変わった姫だ」


 リゼという少女は、王女にしては随分と歪だ。


 たった一人で嫁いできたと思えば、この城でも侍女は不要だと言う。荷物も王女とは考えられないほど少なかった。怯えて言葉が出てこなくなったかと思えば、こちらの瞳を捉え、はっきりと物申してくる。


 ルーファウスはリゼの本質を未だに掴めないでいた。


「怪しいところは?」


「今のところは全く。おそらくウィンター王国の武器製造の一件とは全くの無関係ではないかと」


「……本当に、随分と気に入っているようだな」


「はい。警戒心を解いてくだされば、とても人懐っこいお方です。私には随分と打ち解けてくださいましたよ」


 エリンはリゼのことを完全に白だと判断したようだ。有能な部下の言葉を信じていないわけでは無いが、ルーファウスは今の報告を聞いてもなお、自分の中の疑いが晴れなかった。リゼという少女が、どうも気になるのだ。


「引き続き、監視を続けろ。それと、ウィンター王国での彼女の生い立ちも、全て調べ上げろ」


「は」


 報告が終わったエリンは、早々に部屋を出ていこうとする。これからリゼと夕飯の準備をするそうだ。


 エリンは家事全般もそつなくこなす。本来なら料理程度、ひとりで十分だ。しかし、リゼが手伝うと言って聞かないらしい。妃が食事の準備を手伝うなど前代未聞である。これもまた、一国の王女としてはおかしな点だ。


(リゼ・ウィンター……お前の本質はどこにある?)


 ルーファウスは己の気がかりを晴らすため、とある行動に出ることにした。


「エリン」


 呼び止めると、彼女は扉の前で振り返る。


「なんでしょうか」


「今夜、リゼ妃のもとへ行く」


 そう告げた途端、エリンの目が驚きと喜びで見開かれる。しばらく両手を口元に当て固まっていた彼女だったが、突然ルーファウスの元へ近づいてきたかと思うと、執務机に「バンッ」と両手をついた。


「やっと、お世継ぎをもうける気になってくださったのですね!」


「違う、そうじゃない。この目で彼女の正体を見極めるためだ」


 エリンの盛大な勘違いに、ルーファウスは顔をしかめる。しかし彼女は聞く耳を持たず、フフン、と得意げに口角を上げる。


「わかっております。謁見の際、ルーファウス様が口うるさい貴族たちからリゼ様を守られたことを。ああ、よかった。ルーファウス様はああいう方が好みなのですね。かわいいですものね、リゼ様。わかります、わかりますよ。ええ、わかりますとも」


 エリンはひとり納得したように何度も頷いている。


 ルーファウスはサイラスに「こいつをなんとかしろ」と視線で命じるも、サイラスは「僕には無理です」と言わんばかりに諦めの表情で首を横に振る。


「こうしてはいられません! 早々に戻って準備しなくては! では、ルーファウス様、また後ほど。リゼ様をピカピカに仕上げておきますので、楽しみになさっていてくださいね!」


 エリンはそう言い残すと、嵐のように去っていった。彼女がいなくなった執務室は、途端に静かになる。

 

 ペンを取り、再び仕事を再開させようとした時、サイラスが声を落として進言してくる。


「エリンが懸念する通り、お世継ぎの問題は深刻です。万が一ルーファウス様の御身に何かあった場合、弟君がこの国を背負うことになってしまいます。リゼ妃殿下とでなくとも、どなたかと子をもうけなければ」


「……わかっている」

 

 世継ぎという言葉を聞くたび、ルーファウスの心は鉛を飲み込んだように重苦しくなる。皇帝としての立場が不安定な中、子をもうけることには後ろ向きだった。これ以上、誰も政争に巻き込みたくはないからだ。


 しかし、弟のウィルバートに皇帝の座を任せるわけにはいかないのも事実。


 まだ幼いウィルバートが皇帝になれば、取り巻きの傀儡となるのは必至だ。


 そして、ルーファウスを心底嫌っているウィルバートならば、きっと父と同じ道を歩もうとする。そうなれば、この国はあっけなく滅んでしまうかもしれない。


「早々に地盤を固めねばならんというのに……頭痛の種の、実に多いことだ」


 ルーファウスは深いため息をついた後、残りの仕事を片付けるのだった。


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