6.四妃のお茶会(1)
翌日の午後。
リゼは、エリンに予告されていた通り、四妃を集めたお茶会に参加していた。
今日のリゼは、ふんわりとしたレースが可愛らしい、ラベンダー色のドレスを身にまとっている。これはウィンター王国から持参したものではない。今朝方、リゼの衣装部屋に運び込まれた何着ものドレスのうちの一着だ。
エリンは皇帝陛下――ルーファウスからの贈り物だと言っていた。輿入れした全ての妃に贈っているのだろう。
髪もハーフアップにまとめられ、ところどころ可愛らしく編み込みが入っている。控えめな化粧は、昨日ウィンター王城の侍女が施したものより、ずっとリゼに似合っていた。
これら全て、エリンがやってくれたことだ。
リゼは『身支度は自分でできるから』と一度は断ったのだが、そういうわけにはいかないとエリンに押し切られてしまったのである。
そうして身なりを整えたリゼは、今、皇城の庭園にある丸いガーデンテーブルの一席についている。昨日は晴れ渡っていたが、今日は雲が出て日が陰っており、やや肌寒い。
リゼの右手には、ダウデン王国第一王女、アンジェリカ。燃えるような赤い髪と深紅の瞳が印象的で、目尻は上がっており勝ち気な印象だ。ドレスは赤を基調とした豪奢なもので、化粧も濃く、総じて派手な印象である。
左手には、ステイリー王国第二王女、シャーロット。美しい艷やかな黒髪に切れ長の目をもつ彼女は、言葉数が少なくクールな印象だ。スラリと背が高くスリムな体型で、ドレスは飾らずシンプルなデザイン。無駄を好まず、端整で洗練された、気品ある人だ。
そして正面には、セレスティア帝国のゼゼル公爵家令嬢、マリーナ。プラチナブロンドの髪に大きな金色の瞳の彼女は、優しい微笑みが印象的だ。小柄で雰囲気が柔らかく、とても穏やかな人物に思える。彼女はルーファウスの遠縁にあたるそうだ。
総じてどの妃も大変美しく、また大人の色香を備えていた。
それぞれの妃の後ろには、侍女が一人ずつ控えている。もちろん、リゼの後ろにはエリンが。一方、フェンリルとヴェンヌは屋敷でお留守番だ。他の妃たちと初対面するこの場に、彼らを連れてくるわけにはいかなかった。
三妃が自己紹介を終えた後、リゼが挨拶をする番が回ってきた。
「皆様、はじめまして。ウィンター王国から参りました、リゼと申します」
挨拶の言葉は何度も練習してきたので、それだけは詰まらずに言える。問題は、ここから会話が続けられるかだ。
右隣のアンジェリカが、扇で口元を隠しながら言う。
「あなたがウィンター王国の王女ね。随分とまあ……かわいらしい方ですこと」
褒め言葉ではないことを、リゼはすぐに理解する。言葉に反して、アンジェリカの深紅の瞳には嘲りの色が浮かんでいるからだ。妃の中では、リゼが最も小柄で幼く見える。子供が迷い込んだとでも思われているのかもしれない。
一方、左側のシャーロットは、無言で紅茶を飲んでいる。
「……」
無表情を貫く彼女は、何を考えているのか全く読めない。彼女の視線が特定の誰かを捉えることもなかった。
リゼはシャーロットの黒髪と黒い瞳に、彼女の母国――ステイリー王国のとある風習を思い出したが、この場で言及することではないと口をつぐんだ。
正面のマリーナは、お茶会が始まってから、終始柔らかい笑顔を浮かべている。
「よろしくお願いしますね、リゼ様」
彼女は声も柔らかく、穏やかだった。
「よろしくお願いします。み、皆様にお会いできて、とても嬉しいです」
――返ってきたのは沈黙。
そっぽを向いて紅茶を飲むアンジェリカ。
無表情で紅茶を飲むシャーロット。
微笑みながら紅茶を飲むマリーナ。
皆一様に茶を飲むだけで、誰も一言も発しない。
(な、なんで皆、何も喋らないの……?)
もしかしたら、新米の妃が場を回すという暗黙の了解があるのだろうか。そう思ってしまうほど、痛々しい、気まずい沈黙が流れていた。
耐えかねたリゼは、勇気を振り絞り、今朝考えた話題を振ってみる。
「皆様は、半年以上前からこの城にいらっしゃると伺っております。ここでの暮らしはいかがですか?」
その言葉には、三妃全員から反応があった。――しかし、それは芳しいものではなかった。
アンジェリカは眉を吊り上げ、反対にマリーナは困ったように眉を下げている。終始無表情だったシャーロットでさえ、不快そうな表情に変わった。
皆の表情を見て、リゼの心臓は一瞬にして凍りつく。
ごめんなさい、と謝罪する前に、アンジェリカが声を張り上げる。
「あなた、馬鹿にしているの? 未だに陛下が誰の元へも通われていないのを聞いて、わたくしたちを馬鹿にしているんでしょう? そうなんでしょう!」
「……え?」
知らない情報だった。
ルーファウスがまだ、誰の元へも通っていない。妃たちが輿を入れて半年以上経ってもなお、一度も。
皇帝の子を身ごもるために嫁いできた妃たちにとって、それはどれほどの屈辱だろうか。お前たちは不要だ、と言われているようなものだ。
すると、シャーロットが静かに、凛とした声で言う。
「陛下はまだ一度も、誰の元へも訪れていらっしゃらない。ただのお飾りの妻が三人……いえ、あなたが加わって四人になったわね」
随分と自虐的な発言だ。しかし、彼女の顔にはなんの感情も映っておらず、すでに無表情に戻っていた。
そして、正面のマリーナは苦笑している。
「陛下はお忙しい方ですもの。仕方ありませんわ。リゼ様も、お通りがなくても気にされないほうがよろしいかと」
「あ、の……ごめんなさい、私、知らなくて……」
思わず俯いたその時、突然、土砂降りの雨が降ってきた。驚いて顔を上げると、すぐにこの水が雨ではないと理解する。いつの間にかアンジェリカがそばに立っていて、彼女に頭から水をかけられたのだ。紅茶とともに置かれていた飲み水だ。
アンジェリカはリゼをきつく睨みつけている。
「知らなかったとして、軽率にそういう話題を振る気がしれないわ。それに、そのオドオドした話し方も不愉快よ」
アンジェリカの追い詰めるような物言いに、リゼは何も言葉が出てこなくなる。今の彼女の視線は、リゼに怒りをぶつける時の異母姉によく似ていた。
後ろに控えていたエリンがすぐにハンカチで髪やドレスを拭いてくれたが、もちろんそれだけで乾くことはなく、綺麗に結い上げた髪からは、まだポタポタと水が滴っている。
「アンジェリカ様、今の振る舞いは流石に看過いたしかねます」
エリンがアンジェリカをきつく窘めていたが、その言葉はどこか遠くに聞こえた。耳に一枚の膜が張ったように、全ての音が遠ざかる。
(決して、夜のお通りのことを聞こうとしたわけではなかったのに……)
今日は曇が出ているせいで肌寒く、そして春先なので風も冷たい。リゼはぶるりと身震いした。水に濡れたからなのか、アンジェリカへの怯えからくるものなのか、自分でもわからなかった。
エリンの苦言を無視するアンジェリカがそのまま立ち去ろうとしたその時、低く、よく通る声が聞こえてきた。




