3.皇帝と皇弟
リゼは小柄で、身長が一五〇センチほどしかない。胸の膨らみはあるが、顔は年齢の割に幼く見える。妃の容姿としてふさわしくないのは、自分自身で自覚していた。
「侍女も付けず、たった一人で来たそうだな。母国でよほど嫌われていたのか?」
「え……と、あの……」
言葉がうまく出てこない。この場でなんと答えるのが正解だろうか。一年前まで森で暮らしていて、王城では厄介者として扱われていました、などとは絶対に言えない。
リゼが口ごもっていると、突然、幼い声が響いた。
「まだほんの子供じゃないか! あんな小娘、この国の妃に相応しくない!」
この場に似つかわしくない、駄々っ子のような声。リゼは驚いて声の方向――壇上下の、玉座に最も近い場所に視線を向ける。
そこには、プラチナブロンドの髪に大きな金色の瞳を持つ、一人の少年の姿があった。
(あの位置にいらっしゃるということは……)
恐らくは、ルーファウスの弟である、皇弟ウィルバート・ガートライトだ。彼の視線はリゼには向いておらず、すべてルーファウスに注がれている。憎々しげな鋭い視線が、彼の感情のすべてを物語っていた。
ルーファウスとウィルバートの不仲は有名な話だ。原因は、ルーファウスが前皇帝と前の妃――つまりは自らの両親を殺害したこと。彼らは当然ながら、ウィルバートの両親でもある。
前皇帝であるルーファウスの父は、とても心優しい人物だった。しかし、優しすぎるがゆえに、過去の戦争によって奪った領地を返還するなど、その政治方針に反対する声が圧倒的に多かったという。
ルーファウスもそのうちの一人で、父に激しく反発していたようだ。
定説によれば、父に任せておけばセレスティア帝国が破滅すると危惧したルーファウスが、実権を握るためにクーデターを起こしたとされている。
ルーファウスは前皇帝の私室で父を殺した。そして、その場にいた母も手にかけている。
殺害現場を目撃したウィルバートは、愛する両親を手に掛けた兄ルーファウスを心底憎むようになった。それ以降、ルーファウス派とウィルバート派の二大派閥に分かれてしまい、政治的に混沌としていると聞く。前皇帝に嫁いだ側妃たちに子はおらず、側妃たちもすでに亡くなっているため、皇帝と皇弟の争いというシンプルな構図ではあるらしい。
ウィルバートは宰相コーネリアスに窘められ、渋々といった様子で黙り込んだ。
しかし、ウィルバートの発言に触発されてか、周囲の貴族たちが小さな笑い声を漏らし始める。一部の者は、コソコソとリゼの悪口を言いだす始末だ。
「大丈夫なのか? ウィンター王国の姫は」
「もっと堂々としなくては。ビクビクしていて、これはダメだな。妃には向いておらん」
罵倒の声は、全てリゼの耳に入っていた。その言葉が、嘲笑が、嫌でもウィンター王国での日々を思い出させる。
(怖い……人が、怖い……)
リゼの呼吸は浅く、速くなっていた。
リゼは俯いたまま、震える手でドレスの裾をぎゅっと握る。そうしないと、膝から崩れ落ちそうだった。まともに話せる状態ではなくなってしまった。
そんな状況の中、次第に貴族たちの笑い声が大きくなっていく。全て自分を罵倒するものだと思うと、存在自体が否定されているように感じて、なんとも耐えがたい。
(やっぱり、どの国でも、人間は恐ろしい……)
リゼは唇を噛み締め、涙が出そうになるのを必死に堪えた。
しかし、その時――。
ドン、という鈍い音が響いた。ルーファウスが拳で玉座の肘掛けを叩いたのだ。
「騒がしいな。俺がいつ発言を許した? 今発言していいのは、俺と我が妃だけだ」
ルーファウスの凍てつくような鋭い声に、謁見の間が一瞬にしてシンと静まり返る。リゼを笑いものにしていた貴族は皆、冷や汗をかきながら気まずそうに俯いた。
(かばって、くれた……?)
この空間にいる限り、自分はルーファウスによって守られている。そんな気がして、リゼはようやくうまく呼吸することができた。体の震えもいつの間にか収まっている。
リゼが恐る恐る顔を上げると、ルーファウスの金の瞳と視線が重なる。闇夜を照らす満月のようで、やはり綺麗だと思った。彼の周りの小精霊を見て、さらに気持ちが落ち着いてくる。
「単身で嫁いできた理由があるのなら、申してみよ」
「……はい。私は、自分の身の回りのことは自分でできます。だから侍女も従者も不要だと、自分からウィンター国王に申し出たのです。この皇城でも、私に貴重な人材を割いていただく必要はございません」
今度は自然と言葉が出てきた。半分嘘で、半分本当だ。
単身で嫁ぐことになったのは、ウィンター国王の意向である。しかし、リゼはむしろその方がありがたかった。蔑みの視線を浴びながら世話をされるより、一人の方が気楽だ。ずっと森で暮らしてきたため、当然、自分の世話くらい自分でできる。この城でも、できれば一人で過ごしたいと思っていた。
しかし、現実はそう甘くはない。
「お前には侍女を一人付ける。異論は認めない」
妃に侍女が一人もいないというのは、流石にまずいようだ。体面もあるだろう。
リゼも無謀な望みだと理解していたので、素直に受け入れる。
「はい。陛下のお心遣いに感謝いたします」
「長旅で疲れただろう。今日はもう休め」
この日のルーファウスとの会話はそれだけだった。
こうしてリゼは、なんともあっさりと、夫となる人との謁見を終えたのだった。




