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精霊の愛し子ですが、追放してよろしいのですね?  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売


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3.皇帝と皇弟


 リゼは小柄で、身長が一五〇センチほどしかない。胸の膨らみはあるが、顔は年齢の割に幼く見える。妃の容姿としてふさわしくないのは、自分自身で自覚していた。


「侍女も付けず、たった一人で来たそうだな。母国でよほど嫌われていたのか?」


「え……と、あの……」


 言葉がうまく出てこない。この場でなんと答えるのが正解だろうか。一年前まで森で暮らしていて、王城では厄介者として扱われていました、などとは絶対に言えない。


 リゼが口ごもっていると、突然、幼い声が響いた。


「まだほんの子供じゃないか! あんな小娘、この国の妃に相応しくない!」


 この場に似つかわしくない、駄々っ子のような声。リゼは驚いて声の方向――壇上下の、玉座に最も近い場所に視線を向ける。


 そこには、プラチナブロンドの髪に大きな金色の瞳を持つ、一人の少年の姿があった。


(あの位置にいらっしゃるということは……)


 恐らくは、ルーファウスの弟である、皇弟ウィルバート・ガートライトだ。彼の視線はリゼには向いておらず、すべてルーファウスに注がれている。憎々しげな鋭い視線が、彼の感情のすべてを物語っていた。


 ルーファウスとウィルバートの不仲は有名な話だ。原因は、ルーファウスが前皇帝と前の妃――つまりは自らの両親を殺害したこと。彼らは当然ながら、ウィルバートの両親でもある。


 前皇帝であるルーファウスの父は、とても心優しい人物だった。しかし、優しすぎるがゆえに、過去の戦争によって奪った領地を返還するなど、その政治方針に反対する声が圧倒的に多かったという。


 ルーファウスもそのうちの一人で、父に激しく反発していたようだ。


 定説によれば、父に任せておけばセレスティア帝国が破滅すると危惧したルーファウスが、実権を握るためにクーデターを起こしたとされている。


 ルーファウスは前皇帝の私室で父を殺した。そして、その場にいた母も手にかけている。


 殺害現場を目撃したウィルバートは、愛する両親を手に掛けた兄ルーファウスを心底憎むようになった。それ以降、ルーファウス派とウィルバート派の二大派閥に分かれてしまい、政治的に混沌としていると聞く。前皇帝に嫁いだ側妃たちに子はおらず、側妃たちもすでに亡くなっているため、皇帝と皇弟の争いというシンプルな構図ではあるらしい。


 ウィルバートは宰相コーネリアスに窘められ、渋々といった様子で黙り込んだ。


 しかし、ウィルバートの発言に触発されてか、周囲の貴族たちが小さな笑い声を漏らし始める。一部の者は、コソコソとリゼの悪口を言いだす始末だ。


「大丈夫なのか? ウィンター王国の姫は」


「もっと堂々としなくては。ビクビクしていて、これはダメだな。妃には向いておらん」


 罵倒の声は、全てリゼの耳に入っていた。その言葉が、嘲笑が、嫌でもウィンター王国での日々を思い出させる。


(怖い……人が、怖い……)


 リゼの呼吸は浅く、速くなっていた。


 リゼは俯いたまま、震える手でドレスの裾をぎゅっと握る。そうしないと、膝から崩れ落ちそうだった。まともに話せる状態ではなくなってしまった。


 そんな状況の中、次第に貴族たちの笑い声が大きくなっていく。全て自分を罵倒するものだと思うと、存在自体が否定されているように感じて、なんとも耐えがたい。


(やっぱり、どの国でも、人間は恐ろしい……)


 リゼは唇を噛み締め、涙が出そうになるのを必死に堪えた。


 しかし、その時――。


 ドン、という鈍い音が響いた。ルーファウスが拳で玉座の肘掛けを叩いたのだ。


「騒がしいな。俺がいつ発言を許した? 今発言していいのは、俺と我が妃だけだ」


 ルーファウスの凍てつくような鋭い声に、謁見の間が一瞬にしてシンと静まり返る。リゼを笑いものにしていた貴族は皆、冷や汗をかきながら気まずそうに俯いた。


(かばって、くれた……?)


 この空間にいる限り、自分はルーファウスによって守られている。そんな気がして、リゼはようやくうまく呼吸することができた。体の震えもいつの間にか収まっている。


 リゼが恐る恐る顔を上げると、ルーファウスの金の瞳と視線が重なる。闇夜を照らす満月のようで、やはり綺麗だと思った。彼の周りの小精霊を見て、さらに気持ちが落ち着いてくる。


「単身で嫁いできた理由があるのなら、申してみよ」


「……はい。私は、自分の身の回りのことは自分でできます。だから侍女も従者も不要だと、自分からウィンター国王に申し出たのです。この皇城でも、私に貴重な人材を割いていただく必要はございません」


 今度は自然と言葉が出てきた。半分嘘で、半分本当だ。


 単身で嫁ぐことになったのは、ウィンター国王の意向である。しかし、リゼはむしろその方がありがたかった。蔑みの視線を浴びながら世話をされるより、一人の方が気楽だ。ずっと森で暮らしてきたため、当然、自分の世話くらい自分でできる。この城でも、できれば一人で過ごしたいと思っていた。


 しかし、現実はそう甘くはない。

 

「お前には侍女を一人付ける。異論は認めない」


 妃に侍女が一人もいないというのは、流石にまずいようだ。体面もあるだろう。

 リゼも無謀な望みだと理解していたので、素直に受け入れる。


「はい。陛下のお心遣いに感謝いたします」


「長旅で疲れただろう。今日はもう休め」


 この日のルーファウスとの会話はそれだけだった。


 こうしてリゼは、なんともあっさりと、夫となる人との謁見を終えたのだった。


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