27.あなた、愛し子でしょう?
店の外では、往来の人々が一方向に逃げている。何かあったようだ。
「リゼ様。シャーロット様。少々外を見てきます。ここから動かれませんよう」
そばに控えていたエリンがそう言って店を出て行った。
外で待機していた護衛騎士たちとエリンが軽く話し合いをした後、若い騎士二人が騒ぎの方へと向かっていく。事件の偵察に行ったのだろう。
そして、店に戻ってきたエリンが状況を報告してくれた。
「広場の方で何かあったようです。どうやら怪我人も出ているようで、すぐにこの場から離れた方が――」
エリンはそこまで言うと、途端に表情を険しくし、リゼとシャーロットの前にサッと飛び出た。彼女の手には、いつの間にか短剣が握られている。
一体どこに隠し持っていたのだろうと、リゼは目を丸くした。そしてエリンの動きも、侍女にしてはやはりおかしい。フェンリルとヴェンヌが「エリンは只者じゃない」と言っていたが、リゼは彼女の正体をいまだに知らなかった。
「何者だっ!」
エリンが店主の男に向かって叫んだ。しかし店主は、なぜ自分が怪しまれているのかと狼狽している。
今この店には、リゼとシャーロット、エリン、そしてシャーロットの侍女がいる。他には、カウンターの奥に店主が一人。――のはずだった。
店主の後ろ、カウンターのさらに奥にある扉から、ヌッと人影が出てきたかと思えば、ローブを身にまとい顔を隠した大男が姿を現した。
「動くな」
男はそう言うと、店主の首筋に抜き身の剣を当てた。店主は恐怖のあまり、すっかり顔面蒼白になり、ガクガクと震えている。少しでも首を動かせば、スッパリと斬れてしまうだろう。
(どうしよう。こっそり魔法を使いたいけど、今は近くに精霊がいないわ)
精霊王たちは城でお留守番だ。野良精霊も店の中にはいない。悔しいが、この場でリゼができることはなかった。
しかし、リゼが悩むまでもなく、エリンが素早く対処に当たった。エリンは、大男の顔めがけて、どこからともなく取り出したナイフをサッと投擲すると、一気に距離を縮めカウンターを乗り越える。
大男はエリンのナイフをすんでのところで避けると、店主の首筋に当てていた剣を自身の体の前で構えた。カウンターの上から飛び上がったエリンが短剣を振り下ろし、大男の剣がそれを受け止める。キィン、という金属音と、店主の悲鳴が重なった。店主は頭を腕で守りながら、這いつくばるようにしてカウンターから出てくる。
その様子を、リゼは呆然と眺めることしかできなかった。
(エリンって、本当に何者なのかしら。こんなに強いなんて知らなかった……)
リゼも愛し子であることを隠していたが、エリンもエリンで秘密があるようだ。
そして、リゼがエリンと大男の戦いに気を取られていたその時。不意に首が締まる感覚を覚えた。
「うぐっ……」
息苦しさで顔が歪む。リゼが自分の喉元に視線を落とすと、何者かの太い腕が首に回されていた。もう片方の腕の先には剣が握られており、ギラリと鈍い光を放っている。
「リゼ様!」
エリンがリゼに視線を向けたその一瞬を狙って、大男の剣がエリンの短剣を絡めとった。短剣は宙を舞い、カランと床に落ちる。
「動くなよ。その女の首が落ちるぞ」
武器を失い、主人を人質に取られたエリンは、悔しそうにギリリと歯を食いしばっている。
気づけば、店内には複数人の男が入ってきていた。皆、大男と同じく、ローブを身にまとい顔を隠している。
「銀髪に空色の瞳。間違いない。こいつが例の妃だ」
「黒髪の方は、おそらくもう一人の妃かと」
「黒髪の女も連れていく。急げ」
剣を突き付けられたリゼとシャーロットは、大人しく男たちに付き従うしかなかった。
リゼが店を出た時、表には護衛騎士たちが負傷して倒れているのが目に入った。店に入ってきた男たちにやられたようだ。護衛騎士たちの腕は確かだが、数に押し負けたのだろう。
その後、リゼとシャーロットは、あれよあれよと荷馬車に積まれ、そのまま男たちに連れ去られてしまった。荷台は全面が麻布で覆われており、外からは見えない。通行人も、まさか妃が荷馬車で運ばれているとは夢にも思わないだろう。
野良精霊を見つけて力を借りられればよかったのだが、荷台に積まれては探しようがない。それに、荷台には見張りがいて、下手に動けなかった。
(さて……どうしようかな)
男たちはリゼとシャーロットが妃だとわかっていた。誰かに雇われているのだとしたら、この先で雇い主に引き渡す、という可能性もある。雇い主が池に突き落とした犯人と関係があるのなら、このまま流れに身を任せた方が得策だと、リゼは判断した。
一方のシャーロットは背筋を凛と伸ばし、姿勢よく座っていた。贈り物を選んでいた時は感情をはっきりと表に出していたのに、今はすっかり無表情に戻ってしまっている。彼女の顔に恐怖の色はなく、落ち着いた様子だった。この状況で取り乱さないとは随分肝が据わっているなと、リゼは思った。
しばらくして、荷馬車が止まった。
「降りろ」
リゼとシャーロットは再び剣を突き付けられ、男たちの指示に従い荷台から降りた。そこはどこかの路地裏で、人通りはなく日も当たらない、寂しい場所だった。移動時間からして、まだ皇都の中だろう。
男たちに連れられ、ひとつの建物の裏口から中に入る。薄暗い廊下を進むと、「この中で大人しくしていろ」と大男に背を押され、リゼとシャーロットは廊下右手の部屋に押し込まれた。
小さな明かりが灯されたその部屋は、倉庫のような場所だった。少し埃っぽく、窓がないので圧迫感がある。そして、壁一面にある棚の前には、なんと数人の少女が座っていた。彼女たちの頬には一様に涙の跡があり、泣き疲れたのか、こちらを一瞥もせず無気力に虚空を見つめている。すべてを諦めたような表情だ。
(もしかして、奴らは人攫い……?)
少女たちは身なりこそバラバラだが、総じて見目がよい。この国で人身売買は厳禁だが、時折子供や美しい女性が攫われ、物好きな貴族や国外に売り飛ばす輩がいると聞いたことがある。
てっきり男たちの目的が、「妃を攫い雇い主に引き渡すこと」だと思っていただけに、リゼは焦った。このままだと、どこに売られるかわかったものではない。それになにより、ここにいる少女たちを救わなければ。
幸い、見張りは外にいて、中にはリゼとシャーロット、そして少女たちだけだ。手足が縛られることもなく、自由に動ける。閉ざされた部屋から逃げることはできないだろうと油断しているのか、なるべく商品に傷をつけたくないのかは知らないが、いずれにせよ好都合である。
しかし、肝心の精霊がいなければ、リゼにできることは何もない。
(どうしよう……。こんな閉じられた空間に、都合よく精霊が迷い込んでくるわけがないし……)
「あなたを狙う何者かが人攫いを雇った、といったところでしょうね」
シャーロットはいつの間にか部屋の隅に姿勢よく座っていた。扉の前で立ち尽くすリゼに視線を向けながら、彼女は続ける。
「二か月前、あなたは池に突き落とされ殺されかけた。そして、ルーファウス陛下暗殺未遂の一件。何者かが陛下とその周囲の命を狙っているのは明確だわ。わたくしは、あなたと一緒にいたついででしょうね」
リゼはシャーロットの隣に座った。扉の前で声を出すと、見張りの男たちに怪しまれるかもしれないからだ。
「私もシャーロット様の仰る通りだと思います。巻き込んでしまって申し訳ございません」
「いいのよ。今日はお忍びだったはずなのに、居場所が知られていたということは、犯人は妃や皇城内の情報を入手しやすい人物ね」
シャーロットは淀みなくスラスラと推測を並べていく。彼女はかなり頭が切れるようだ。
「早く抜け出さないの?」
「え?」
シャーロットの言葉の真意が汲み取れず、リゼは思わず聞き返した。するとシャーロットは、リゼの瞳をまっすぐに見つめた。彼女とここまで視線が合うのは初めてだ。
「あなた、愛し子でしょう。この場を乗り切るなんて、あなたにとっては造作もないことではなくて?」




