19.彼はどこ?
ヴェンヌの言葉とほぼ同時に、近衛兵たちが揃って慌てだす。
「陛下がいらっしゃらない!」
「陛下はどこだ!?」
焦る近衛兵たちを見て、リゼの心もざわついた。すべて解決したと安堵しただけに、余計に焦燥感が募る。
『ごめん、リゼ。屋敷から見た場所は確かにここだったんだけど、皇帝が移動したみたいだ。すぐに探すよ』
リゼの腕の中のヴェンヌも、歯がゆそうに顔をしかめている。するとその時、慌てふためく近衛兵たちを一喝する声があった。
「落ち着け!」
声の主は、老齢の紳士――ブロイド公爵だ。彼も視察に同行していたらしい。公爵の一声で、近衛兵たちはピタリと止まった。
「陛下は私が先にお逃がししたのだ。きっとまだ近くにいらっしゃるはず。探せ!」
ブロイド公爵の指示により、ルーファウスの捜索が始まった。賊を捕らえる者と、捜索隊とに分かれるらしい。
リゼはそっとその場から離れた。まだルーファウスの居場所は見つかっていないが、今は極力、近衛兵から離れる必要がある。ここで彼らに見つかれば、確実に怪しまれるだろう。
姿勢を低くしながら、捜索隊に見つからないように森を進むのは骨が折れる。腰に痛みを感じながらしばらく進んだところで、リゼはたゆたう銀色の光を見た。
なんだろうと思い目を凝らすと、そこには、小人に蝶の羽根が生えたような、銀色の精霊が空を舞っていた。その精霊はサッとリゼの目の前まで来ると、丁寧にお辞儀をした。
『ヴェンヌ様。そして我らが愛し子よ。僭越ながら、お探しの人物を見つけましたので、ご案内いたします』
『よくやった。褒めて遣わす。リゼ、この子は僕の眷属だ』
ヴェンヌが紹介すると、銀の精霊は再び深く頭を下げた。
精霊王以外の精霊と話すのは随分と久しぶりだ。リゼは銀の精霊の小さな頭を指で撫でながら、そのかわいらしさに顔をほころばせた。
「見つけてくれてありがとう。案内よろしくね」
銀の精霊に導かれ、リゼは暗い森の中を進んだ。道中にはルーファウスを守っていたと思われる近衛兵がところどころに倒れており、彼らを治療しつつ森の中を行く。
『こちらです。それでは、私はこれにて』
案内を終えると、銀の精霊は音もなく消えてしまった。
銀の精霊のお陰で、リゼは捜索隊よりも早くルーファウスの元へたどり着くことができた。しかし、この場の状況は思った以上に悪かった。ルーファウスの腹には深い刺し傷があり、意識も途切れていたのだ。近くには側近のサイラスも倒れていて、同じく危うい状況だった。主君を守ろうとしたのか、無数の傷を負っている。
あまりの悲惨な光景に、リゼは打ち震えた。
こんなに血を見るのは初めて――のはずだ。それなのに、脳裏に何かが蘇ろうとしている気がする。
「ヴェ、ヴェンヌ……これ……こんな……」
『リゼ、落ち着いて。大丈夫、まだ助かるよ。僕が治そうか?』
肩に止まるヴェンヌの優しく諭すような声のおかげで、リゼの震えが徐々に収まっていく。脳裏に浮かびかけた何かが、スッと消えてなくなった。
「う、ううん。大丈夫、私がやる」
『わかった。リゼなら絶対に助けられるよ』
ヴェンヌに励まされ、リゼは覚悟を決めた。彼からもう一度魔力をもらうと、祈るように手を合わせる。
「お願い。彼らを癒して」
リゼが唱えると、無数の光の粒がルーファウスとサイラスを覆い、次第に彼らの傷を癒やしていった。取り急ぎすべての傷口をふさごうと、リゼは二人に魔法をかけ続ける。
(武人としても魔術師としても秀でた陛下にこんな傷を負わせるなんて、一体だれが……)
先ほどリゼが倒した賊の中には、それほどの手練れはいなかった。結果論にはなるが、ルーファウスを先に逃がしたブロイド公爵の判断は間違っていたと言えるだろう。
『リゼ、隠れて!』
二人の傷が癒えるまであと少しというところで、ヴェンヌが不意に大声を出したものだから、リゼは驚いて魔法を止めた。同時に茂みがガサガサと鳴り、反射的に音の方を振り返る。
ランタンの光がリゼの顔を照らし、思わず目を瞑った。何も考えずにまずは隠れるべきだったと後悔したが、もう遅い。
「おい、誰だ! 何をしている!?」
無理やり目を開けると、そこには一人の近衛兵がいた。彼はリゼを認識した途端、驚いたように目を丸くする。
「リゼ妃殿下……? どうしてこちらに……?」
「あ……ええと……」
「まさか、リゼ妃殿下が陛下を……!?」
「ち、ちがっ」
「いくら妃殿下とはいえ、この状況は見過ごせません。この場で拘束させていただきます!」
「ま、待ってください、話を……!」
「ルーファウス陛下を見つけたぞ! 主犯はリゼ妃殿下だ!!」
近衛兵の叫び声によって、すぐに捜索隊がこの場に駆け付けた。集まった近衛兵たちは、リゼの姿を見るなり、驚いた表情や憎々しげな表情を好き勝手に向けてくる。
遅れて到着したブロイド公爵も、似たような反応だった。
「リゼ妃殿下、どうしてこちらに……!? いえ、詳しい話は城に帰ってからにしましょう。まさかあなたが黒幕だったとは、非常に残念です」
「違います。私は――」
「陛下の治療を急げ! リゼ妃殿下は城の塔に幽閉せよ!」
その後、リゼはろくに事情も話させてもらえず、そのまま罪人として捕らえられてしまったのだった。




