15.ウィンター王家の焦り
ウィンター国王は愛娘の言葉に眉根を寄せた。
「一体どうした? あんなに嫌がっていたではないか。今さら無理な話だ」
国王はなぜか慌てた様子だ。正妃も同様だった。
「そ、そうよ。あんな恐ろしい皇帝の元へ、大切なあなたを行かせることなんてできないわ。だめよ、絶対だめ」
両親からの猛反対に、異母姉は頬を膨らます。
「あんなお美しい方だと知らなかったのよ。こんな小汚い娘でも、手厚い待遇を受けられるのよ? この娘が着ているドレスだってとても高そうだし……。それに、わたくしならきっと正妃になれるわ。だって、今この場にいる四妃よりも、ずっとかわいいもの!」
異母姉はその場で上機嫌に回ってみせた。確かに彼女は見目がいいが、自己評価が高すぎる嫌いがある。リゼには異母姉よりも、アンジェリカやマリーナ、シャーロットの方が、ずっと美しく、ずっと気高く思えた。
しかし、国王も正妃も、自分の娘を猫可愛がりしている。このまま異母姉が主張を続ければ、国王は考えを変えるかもしれない。異母姉がルーファウスに嫁ぐなら、リゼはこの城から追い出されるだろう。そうなれば、自分は自由を得られるのだろうか。
(……でも、なんだか、それは嫌だな)
無意識にそんなことを思った自分に、リゼは心底驚いた。嫌だと思った理由がわからずに戸惑い、両手を自分の胸に当てる。
「ねえ、代わって頂戴よ。あなたにそんな綺麗なドレス似合わないわ。カーテシーだってたどたどしかったし、侍女のフォローがないとろくに挨拶もできないなんて、妃失格よねえ」
異母姉は閉じた扇でペシペシとリゼの頬を叩きながらそう言うと、リゼの耳元に顔を近づけた。
「あなたはウィンター王城で奴隷として生きていくのがお似合いよ」
「……っ」
一瞬でリゼの背筋が凍った。
やっとあの城から、あの地獄の日々から抜け出せたというのに、再び戻るなど考えられない。そんなことになるのなら、死んだ方がマシとさえ思える。
「嫌……です。私は、ここにいます」
リゼは思わず声に出していた。それを聞いた異母姉は不愉快そうに顔をゆがめ、リゼの手首を強く握りしめてくる。
「側妃の子の分際で、このわたくしに意見する気? 調子に乗らないで頂戴!」
「痛っ……。は、離して、ください」
ジワリと涙が滲み、視界が歪む。こんな時、アンジェリカなら、気丈に振る舞い、場を見事に収めてみせるだろう。異母姉への恐怖と自分への情けなさが同時に胸に広がり、リゼは唇を噛みしめた。
涙が零れ落ちそうになったその時、鋭い声が頭上から降ってくる。
「我が妃に気安く触れるとは何ごとか」
リゼを取り囲んでいたウィンター国王たちも驚いて振り返る。するとそこには、険しい表情で国王たちを見下ろすルーファウスの姿があった。他にも、側近のサイラスや、四妃のお茶会で見た老齢の紳士もいる。
そしてルーファウスの後ろから、エリンがひょっこり顔を出した。彼女は随分としたり顔だ。その表情を見るに、どうやら彼女がルーファウスを呼んできたようだ。
ルーファウスに睨まれたウィンター国王は、冷や汗を流しながら、焦ったように口を開く。
「こ、これはルーファウス皇帝陛下。誤解なさらないでください。これは、再会の挨拶みたいなもので……」
「誰が言い訳をしろと言った?」
ピシャリと言い放つルーファウスに、国王は口ごもった。ルーファウスのことが怖いのか尻込みしており、ウィンター王城で見た威厳のある態度はすっかり鳴りを潜めている。
正妃と異母兄はというと、火の粉が自分に飛んでこないように黙り込んでいた。
しかし、異母姉は空気が読めないのか、はたまた自分のことしか頭にないのか、ルーファウスに媚びるような声を出す。
「お会いできて光栄ですわ、ルーファウス陛下! この小汚い娘、至らぬ点ばかりでしょう? だから忠告していただけですの。ご迷惑になる前に、ルーファウス陛下の前から姿を消しなさいって。代わりにわたくしがこの国に嫁ぎましょう。わたくしなら、きっと素敵な妃になってみせますわ!」
異母姉は興味を失ったようにリゼから手を離し、代わりにルーファウスを上目遣いで見つめている。
ルーファウスの表情はより一層険しくなり、まるで汚物でも見るような目を異母姉に向けた。そして、忌々しげに吐き捨てる。
「黙れ。他者を蔑むことしか能のない貴様のほうが、よほど小汚い」
異母姉はビクリと肩を跳ね上げ、途端に怯えた表情になる。ようやく自分の立場と今の状況を理解したようだ。
するとルーファウスはリゼの隣に立ち、その肩を抱き寄せた。
(……え?)
急にルーファウスに密着することになったリゼは、驚いて彼を見上げた。彼もリゼを見下ろしていたため、嫌でも視線が重なる。
ルーファウスの目は先ほどとは打って変わって穏やかで、優しさに溢れていた。
「リゼは思慮深く頭が良い。人のことをよく見ていて、思いやりと慈しみの心があり、誰に対しても優しい。国母となるには十分な素養だ」
「…………」
唐突に誉め言葉を浴びたリゼは、驚きと恥ずかしさで固まった。途端に顔に熱が上り、頬が真っ赤になる。
ルーファウスの言葉に、ウィンター王家はもちろん、サイラスやエリンも驚いて目を丸くしていた。唯一、異母姉だけは悔しそうにリゼを睨みつけている。
誰にも破れない沈黙が流れた後、ルーファウスはリゼを離し、一歩前に出た。ウィンター国王とリゼの間に割って入った彼は、まるでウィンター王家からリゼを守っているかのようだ。
「だというのに、お前たちはここ一年ほど、我が妃を手ひどく虐げていたそうだな。この俺が知らないとでも思ったか?」
リゼにはルーファウスの後ろ姿しか見えないが、ひどく怒っていることはその声音でよくわかった。ウィンター国王の顔が途端に青ざめていく様子が、こちらからよく見える。
「ご、誤解でございます、陛下。出来の悪いこの者に、ただ指導をしていただけで、虐げるなどそんな」
「言い訳は無用だ。指導で熱湯をかける奴がどこにいる?」
リゼは驚いた。ルーファウスはリゼの過去をかなり詳細に知っているようだ。誰かに調べさせたのかもしれない。
ここ一年のことはウィンター王城の者に聞けば出てくるだろうが、それ以前のことはどこまで知っているのだろうか。
(森で暮らしていたことや、愛し子だってことまで知られていたらどうしよう……)
リゼは途端に不安になったが、その憶測は杞憂だった。
「お前たちは、リゼ妃が生まれてからずっと、彼女を虐げ続けてきたのか? この一年だけでなく、ずっと前から蔑ろにし続けてきたというのか?」
ルーファウスはどうやら、ここ一年ほどの、リゼがウィンター王城に連れてこられてからのことしか知らないようだ。リゼはホッと息をついた。
ルーファウスの問いに、ウィンター国王は即答できなかった。森で育った姫だとは口が割けても言えず、かといって、一年前から急にリゼを虐げ始めたというのもおかしな話だからだろう。
回答に困る国王を見て、ルーファウスは標的を変えた。
「どうなんだ。答えよ。ウィンターの第一の姫よ」
「え?」
異母姉はまさか自分に質問が回ってくるとは思っていなかったようだ。早く答えなければまずいと焦ったのか、異母姉は慌てた様子で口を開いた。
「そ、そんなことは決して! 決してございません! だって、この娘は一年前まで――」




