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精霊の愛し子ですが、追放してよろしいのですね?  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売


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12/26

10.怒るアンジェリカ


 翌朝。


 朝早くに目が覚めたリゼは、すっきりとした頭で改めて昨夜のルーファウスの発言について考えてみた。


 ウィンター王国の武器製造の話に、軍事予算の話。リゼはいずれも初耳だった。


 もしウィンター王国が本当に帝国に反逆しようとしているのなら、リゼではなく、もう少し役に立ちそうな人間を送り込みそうなものだ。それこそ、暗殺者や間者を帝国に――それも皇帝の近くに潜り込ませる機会など他にないだろう。


 しかし、その必要がないのだとしたら、少しまずい状況だ。既に反逆の準備が整いつつあることを意味する。自分は本当に、捨て駒としてこの国に献上されたのかもしれない。


(私はこれから、そうすればいいのかな……)


 自問自答しても、すぐに答えは出そうになかった。


 もしもの時は、精霊王たちと共にこの国から逃げればいい。今はそれだけが安心材料だ。


 寝台の中で悶々と考え続けていると、エリンが朝の身支度の手伝いにやってきた。初めこそ断っていたが、今はすっかり彼女に任せきりだ。自分でやるよりも、彼女はうんとかわいく仕上げてくれる。


 エリンは昨夜のことについて、特に何も聞いてこなかった。ただニコニコと、機嫌が良さそうにしている。ルーファウスがシーツに付けた偽の証拠で、うまく騙せているようだ。


「リゼ様、一週間後、狩りに行きませんか?」


 身支度が終わった頃、エリンにそう提案された。そういえば以前に、狩りの予定を立てようとしているとエリンが言っていた。この屋敷に来た初日に、リゼが精霊王たちと「狩りに行きたい」と話していたのを汲んでくれてのことだ。


「狩り、行ってもいいんですか?」


「ええ、もちろん。近くに狩猟用の森林があるのです。陛下の私有地で、警備も万全ですので、ご安心ください」


 エリンはリズの望みを可能な限り叶えてくれる。フェンリルとヴェンヌをこの屋敷に住まわせたいという願いも、畑で野菜を栽培したいという願いも、全て叶えてくれた。


 ルーファウスの言う通り、彼女はとてもよく気がつく侍女だった。


「じゃ、じゃあ、フェンリルも連れて行っていいですか?」


「大丈夫ですよ。そのようにご準備いたしますね。名目上はルーファウス陛下の狩りに付きそう形になりますが、可能な限り楽しんでいただけたらと思います」


 リゼはこの屋敷に来てから、何不自由なく暮らせている。衣食住の心配はないし、特別な用事がなければ人と会わなくてもいい。妃の仕事も、これといってない。屋敷の中では本を読んでいても、畑を耕していても、何をしていても咎められない。驚くほど自由だった。


 昨夜のような例外はあれど、このゆったりした時間の中で、リゼは少しずつ傷ついた心を癒していた。本来の明るさを取り戻すにはまだ時間がかかりそうだが、着実に回復しているのは事実だった。


 そして、その日の昼過ぎ。リゼは植えた野菜たちの様子を見に裏庭へ出ていた。作業がしやすいよう、くるぶし丈のワンピースに、エプロンをつけている。これらもすべて、エリンが用意してくれたものだ。


 葉を触り、虫がついていないか確認する。土を触り、乾き具合をチェックする。植物や土を触っていると、自然の力をもらえるような気がして、元気が湧いてくる。母ともよく、こうして畑仕事をした。


『早く収穫できるといいな!』


 フェンリルが畑の周りを走り回っている。狩りに行けることが決まって、ご機嫌のようだ。


「たくさん収穫できるといいね」


 リゼは彼に笑顔を返した。


 この屋敷にはエリンがいる。いつどこで話を聞かれるかわからないので、リゼは独り言としておかしくないような言葉選びを心掛けている。


 屋敷の外へ出る際は、不意に変な言動を取ってしまわないよう、フェンリルとヴェンヌにはなるべく留守番をしてもらうことにした。が、明日の狩りは別だ。フェンリルもたまには広い大地を思いっきり駆け回りたいだろうと思い、極力喋らないことを前提に一緒に行くことに決めた。


 一方、二匹とも狩りに連れて行くのはどこか気が引けて、ヴェンヌは屋敷に残ってもらうことにした。


「ヴェンヌはお留守番でごめんね」


『いいよ。僕はそれほど狩りに興味はないから』


 ヴェンヌはリゼの肩にちょこんと留まっている。小声で「ありがとう」と言って、優しく頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めていた。


 一通り畑仕事を終え、そろそろ屋内に戻ろうとしたその時、突如として金切り声が響いてくる。


「今すぐリゼ妃に会わせなさい!」

 

 リゼはフェンリルとヴェンヌと顔を見合わせた。今の声は、向かいの屋敷に住む妃、アンジェリカだ。


「他の妃に私用で会ってはならないという決まりはないはずよ!」


 またもや叫び声が聞こえてくる。どうやらかなり怒っているようだ。おそらくリゼの屋敷の門の前で、衛兵を怒鳴りつけているのだろう。


 衛兵だけに対応を任せるのは忍びなく、リゼは二匹とともに屋敷の正面に向かった。


「アンジェリカ様、どうか落ち着いてください。そのような状態でリゼ様にお会いいただくわけには参りません」


 鉄格子の門の外には、眉を吊り上げたアンジェリカと、困り果てたお付きの侍女の姿があった。そして、衛兵の二人とエリンが、ここは通すまいとアンジェリカに立ち塞がっている。


 エリンは必死にアンジェリカを落ち着かせようとしているが、怒りですっかり興奮してしまっているようで、一向に鎮まる気配はない。アンジェリカはエリンたちを押し除けて無理やり門の中に入ろうとしている。このまま揉み合っていては、誰か怪我をしてしまいそうだ。


 しかしリゼは、怒鳴り散らすアンジェリカにすっかり怯み、門の近くで立ち尽くしてしまった。


 どうしようと焦っていると、ついにアンジェリカの目がリゼを捉えた。リゼには彼女の燃えるような赤い髪が、途端に逆だったように見えた。


 アンジェリカの眉がより一層吊り上がる。


「こんな動物の毛と土にまみれた女に負けたというの? 陛下はどれだけわたくしを侮辱すれば気が済むの!」


 アンジェリカの金切り声が、青空に吸い込まれて消えて行く。なんとも心に刺さる、悲痛な叫びだった。


 リゼは彼女がなぜこれほどまでに腹を立て取り乱しているのか、すぐに理解した。「ルーファウスがリゼの元に通った」という話が、瞬く間に皇城内に広まっていたのだ。


「どんな手を使って陛下を誑かしたの!? 言ってご覧なさいよ!」


 アンジェリカは、ルーファウスが自分の元に訪ねてくるのをずっと待っていた。半年以上、ずっと。


 それなのに、ルーファウスは、つい最近城に来たさえない娘のもとへ通った。その事実は、アンジェリカのプライドをズタズタに切り刻んだことだろう。


 昨夜は何もありませんでした。自分は母国の怪しい動きによって疑われていただけです。


 ――そんなことを言えるはずもなく、かといって何も言わずに黙り込んでいるのは、彼女の怒りを増長するだけだろう。


 しかし、怒鳴られると、どうしても萎縮して何も話せなくなる。途端に呼吸が浅くなり、胸が苦しくなる。


 リゼはウィンター王城で過ごした一年で、俯くのが癖になってしまっていた。下を向くと、フェンリルとヴェンヌがこちらを見上げていた。


『リゼ、大丈夫だ』


『僕たちがついてる』


 彼らの力強い眼差しで励まされると、リゼは決まって勇気をもらえる。精霊王がついていれば、自分はなんだってできる。どんな困難でも乗り越えられる。


(このままじゃダメ。誰かが怪我をする前に、なんとかしないと……)


 もらった勇気に背中を押され、ぐっ、と拳に力を込める。リゼは頭の中で台詞を考えてから、門の前に近づいた。そして、門越しにアンジェリカの瞳を捉える。


「ア、アンジェリカ様。どうか、今日はお引き取りを。このままでは、怪我人が出かねません。もしそうなれば、ルーファウス様のお耳にも入ります。それは、アンジェリカ様も本意ではないはずです」


 アンジェリカは一瞬驚いた顔をした。リゼが言い返してくると思っていなかったのだろう。しかしすぐに悔しそうに歯を食いしばり、唸るように声を上げる。


「覚えてなさいよ……!」


 彼女はそう言うと、サッと身を翻した。このままでは分が悪いと判断したのだろう。


 去り行く彼女の背中が今にも泣き出しそうに見え、リゼは思わず声を上げた。


「今度!」


 アンジェリカは立ち止まる。が、彼女が振り向くことはない。そして、すぐにまた歩き始める。


「今度、ちゃんと、お話ししたい、ですっ……!」


 返事はない。しかしリゼには、これ以上彼女に伝える言葉が見つからなかった。


 アンジェリカの背はどんどん小さくなり、とうとう向かいの屋敷に消えていった。


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