高揚と行き先
空の旅を始めて三時間ほどが経過した。その間橙里は、さながらブルーインパルスのようなアクロバティックな飛行法を試しては自画自賛するということを繰り返していた。
「次がラスト!大技も大技!子供のロマン!ジェットフェニックス!!」
体中の魔力を高めて炎を纏おうとしたところで、突如として視界がひらけた。
雲一つなくどこまでも続く茜色から群青色に染まる空、遠くに見える草原や巨石郡、下を見れば沙漠を横切るラクダに引かれた馬車の隊列。日本にいた頃では見ることのできなかった、これぞ異世界といった光景を目の当たりにした橙里は見惚れてしまい、せっかく高めた魔力はあっという間に霧散してしまった。
「…ハハッハ。アッハハハ!凄い、すごい!すごい綺麗だ!」
橙里は魔力が霧散したことにも気づかないほど、目の前の景色に夢中になった。心臓が早鐘を打ち、身体中に大量のアドレナリンが熱い血と共に駆け巡るのを感じる。空気を大きく吸って肺を満たすと、更に空高くへと舞い上がる。
「空気が美味い!風が気持ちいい!ハハハハ!すごい楽しい!」
そのまま雲の上まで上昇する。呼吸が苦しくなり、目がチカチカする。それが酸素が薄くなっているからなのか、興奮しすぎているためなのかは分からない。しかし、そんなことも気にする余裕がないほどに、橙里の心は先ほどの絶景に夢中になっていた。
「アッハハハハ!今ならなんでも出来そうだ!月にだって行けそうだ!!」
しかし、その心とは裏腹に体は悲鳴を上げ始めている。呼吸が苦しいことにようやく気が付いた橙里は、仕方なく脱力し、青空に向かい合いながら、重力に従って落下を始めた。雲を突き抜けながら体を捻り、雲をつき抜け、翼を広げ、大地と向き合う。橙里は思わず息を呑んだ。その光景は、この世界の半分にも満たないとは言え壮大で、視界に映るもの全てが橙里には輝いて見えた。
近くの巨石郡の所から野営するのに良さそうな岩陰を見つけて、橙里が降り立ったころには既に日が沈んでいたため、亜空間収納からテントを取り出し、野営の準備をした。『危機察知』と『浄化』、『認識阻害』の効果を付与した『魔力膜』を展開して、その内側に順に『魔法障壁』、『物理障壁』をそれぞれ展開すると、シチューを作りながらテルトが言っていたことを思い出した。
(『この遺跡から北に行くと『火の邦』と『水の邦』って呼ばれてる地域が2つある。南にある『土の邦』は緑豊かで色々な種族や人が集まっている、謂わばこの世界の中心地域なんだが、観光名所が無いことはないんだがさっきの2つに比べたらどうしても霞むんだよな。観光をしたいって言うんだったら『火の邦』綺麗な景色を見たいって言うんだったら、『水の邦』がオススメだぞ。』って言ってたっけ。)
橙里はシチューをよそうと『地図』を開き現在地を確認する。
(今いる場所は…ここか。『火の邦』と『土の邦』の間ぐらいか…。街道がある場所までまだまだ距離があるな。それでも飛んだら一時間半ぐらいなんだよな…。)
「ほんと、鳥人の飛行能力…というか翼があるってとっても便利だねぇ。」
橙里はしみじみと言った。1人分のシチューはあっという間になくなり、鍋と食器に洗浄魔法をかけて、手早く片付ける。
橙里は眠くなるまで星空を眺めながら、明日の行き先を考えた。
(先ず、優先すべきは金だな。金がないと何も出来ないし。世知辛いなぁ。)
「なぁ、サソリくんもそう思うだろう?」
横を向き、たまたまそこにいたサソリに話しかける。橙里がサソリを見た途端、サソリは回れ右をして、そそくさと逃げていった。そのことに少し肩を落としながら、もう一度星空を見上げた。
「やっぱり『鳥人の里』で仕事を探さないとダメかなぁ…。」
明日の行き先を決めた橙里は、テントに戻って寝袋に入り、明日に備えて眠りについた。