邂逅(後)
橙里とテルトの間にはそこそこの距離があったが、橙里が瞬きをした次の瞬間には目の前にテルトの拳が迫っていた。
(っ!避け…)
橙里は咄嗟に右に避けようと脚に力を入れ、
背後にコントロールパネルがあることを思い出した。
バンッ!!
結果、テルトの拳が橙里の左頬にクリーンヒット。体がよろめきそうになるが気力で踏ん張る。
「っらぁ!!」
そしてそのまま、体を捻ってテルトの左頬に渾身のストレートを返した。
「ぐはっ!」
思わぬ反撃にテルトは大きく後ろに下がったが、すぐに体制を立て直す。
橙里はテルトの動きに警戒しながら、急ぎ、背を預けていたコントロールパネルから離れる。
「ちょっと待った!俺は君を殺そうとは思っていない!」
「信じられるか!!」
誤解を解こうと、話しかけてみるが、テルトは聴く耳を持たない。一気に間合いを詰められ、ジャブが繰り出される。
「本当だって!信じてくれ!」
「そう言って油断させた隙に!オレを殺すつもりだろう!!」
(確かに初対面を信じろっていうのは無理があるか…。仕方ない。)
とりあえず、橙里はテルトを行動不能にしてから、自分の話を聴いてもらうことに決めた。
橙里は知らないが、繰り出されているジャブは、テルトの残りの魔力を注ぎ込んだ身体強化によって、一撃一撃が岩にヒビを入れるほどの威力を持っている。そんな威力を持った素早い攻撃を、激しい頭痛や吐き気に耐えながら、避け、いなし、時には弾き、受け止める。少しずつ後ろに下がりながら、攻撃を捌いてるうちに、橙里は自分の変化に気が付いた。
(動体視力が上がっているのか?格闘技をやってたわけでもないし、殴り合いすらしたことないのに、このジャブも一応、見切ることができる。それに、視認できても反応できずに結局ジャブを食う、なんてこともない。…こりゃ、体調最悪じゃなきゃ、反撃も出来そうだな。なんなら、体調が最悪な現状ですら、こんなこと考えられるぐらいだし余裕があるんだよなぁ。っと。)
背中に壁が当たる感触があった。攻撃を対処しているうちに壁際まで後退していたらしい。
「はあ!!」
テルトがさらに力を込めて拳を振るった。
が、寸前、橙里はジャンプをするとテルトの頭上を一回転つつ体を捻りながら飛び越えた。
テルトの拳が壁に当たると同時に放射状に大きくヒビが入るのを見て、橙里は引き笑いを浮かべた。
(マジかよ…。え?待って?もしかして今までのパンチ、全部アレぐらいの威力だったの?もしそうなら、今のアクロバティックジャンプもそうだけど、あの威力を相手に出来てる俺の身体能力、全体的に相当上がってない?もしかしなくても転生特典か?それとも、これが鳥人族の基本的な身体能力なのか?)
橙里は掌を開いたり握ったりを繰り返しながら自分に起こった変化に戸惑う。その間に、テルトが振り返ってこちらを見据える。しかし、全力疾走した後のようにゼェゼェと息が上がっており、もうほとんど力が残っているようには見えなかった。テルトは先程からまるで手応えを感じないことに思わず奥歯を軋ませる。
「なぜ攻撃をしてこない!舐めているのか!!」
テルトの怒声が石壁に反響し、数倍に膨れ上がった。
「うあ!!」
考え事に耽ってしまっていた橙里は突然の爆音にびっくりして、耳を手で覆い、瞼を閉じてしまった。
「…ぁぁ〜、ビックリした…。いや、ごめん、別に舐めてるとかじゃなてsッガ!!!」
橙里は驚いた隙に接近したテルトによって腹部に強烈な一撃を喰らわされた。
(やっば…、意識が飛びそう…。……吐きそう…。)
危うく意識を失いかけた橙里だったが、逆流してきた胃酸の苦味にどうにか意識を保つことが出来た。
「ゴホッ!あぶっ!ないなあ!!」
橙里はどうにか体制を立て直し、間髪入れないテルトの蹴りをギリギリで防いだ。
(腕が、痺れる。)
それでもすべての衝撃を殺すことはできず、テルトが現れた瓦礫の方へと飛ばされてしまう。
橙里は、瓦礫の山にぶつかる前にどうにか止まらことが出来た。
(どうしたもんかなぁ…。一撃も喰らわない上で、鳩尾に一発入れ…たら、加減の仕方がわからないからワンチャン風穴開けちゃうかもしれないよなぁ…。どれぐらい身体能力が上がってるのか把握しきれてないし、元の世界で鳩尾に入れる機会なんて無かったし。『首トン』ってアレ、アニメでしか見たことないけど、出来んのかな?やっぱり、体力切れを狙うのが無難かな?)
橙里は、激しい頭痛を気力で無視して、テルトを戦闘不能にする方法を考えながらも、今度はしっかりとテルトの動きに警戒をしていた。すると一瞬、何か妙なモノが前方から背後へと通り過ぎていく感覚を覚えた。
(なんだ?今、何かが通り過ぎたような…ッと)
先程の違和感に気を取られた一瞬の隙に、テルトが再び接近してくる。橙里は回避をしようと右の壁際に跳ぶ。
橙里に回避され、テルトはその場に膝をついた。今のが最後力を振り絞った一撃だったようだ。
しかし、こちらを見たその目には、未だ猛禽類の様な鋭さが宿っていた。テルトは口角を上げ、
「来い!!」
その言葉と共に、遺跡全体が震動した。
橙里は体制を崩さずにどうにか着地する。
「一体何を⁈」
橙里がテルトに問い掛けると、
ドガアアァァン!!
それに答える形で橙里の近くの壁が突然ぶち破られ、巨大な影が掛かった。
「…ハハッ。マジかよ。」
橙里は驚きすぎて笑ってしまった。それは巨大なミミズのような生き物だった。しかし、その体は岩のようなモノで覆われており、その巨体も相待って、一筋縄では行かなさそうな風貌をしている。
「これで終わりだ!サンドワーム、『魔力砲』超出力!!」
テルトの合図と共にサンドワームの先端が橙里に向く。
「…ちょいちょいちょいちょいちょい!!」
無数の歯が並ぶ丸口の中心に光が集まっていく。直感的にこの攻撃を喰らってはいけない、そう感じた橙里は急ぎ、この部屋を離れようと瓦礫を駆け上がり、遺跡の外に出ようとする。
「サンドワーム!逃がすな!!」
テルトの指示に従い、サンドワームはその巨体にそぐわぬ素早い動きで橙里の前方に回り込む。
(溜めながらでも動けるとか、マジかよ!)
その丸口にはすでに直視するのが難しいほどの光が集まっており、攻撃までの猶予がないことは明確だった。
(どうする⁈逃げ道は防がれたし、避ける…こともできない。そもそもこの部屋の中であんなやばい攻撃されたら部屋が崩壊しかねない。それ以上にコントロールパネルが破壊されるわけにはいけない!)
橙里は自分の後方、部屋の中央に位置するコントロールパネルにちらりと目を向けた。
コントロールパンネルはこの遺跡を管理するために必要不可欠な装置であると同時に、この世界を管理するための要でもあるのだ。
前方にはサンドワーム、後方にはコントロールパネルという絶体絶命の状況。橙里に取れる選択肢は一つしかなかった。
(こうなったらヤケクソでもいい!!)
短く息を吐いて腰を落とすと、全力でサンドワームに向かって駆け出した。
この世界に来る前に佐武郎じいさんと手合わせをした時に教わったことを思い出す。
(『イメージしろ。渇望しろ。自分の理想を、心の底から願え。いつの時代も、強い想いが魔法《奇跡》を起こす。』)
橙里は、手のひらに爪が食い込むほど強く拳を握った。
(この怪物を殴り飛ばすイメージで!!)
地面を蹴り、サンドワームの顎らしき場所へと跳び上がる。
「くそったれぇぇ!」
橙里のアッパーはサンドワームに届き大きくのけ反ったことで、丸口に集まっていた光は霧散した。
橙里は跳び上がった勢いで天井付近まで上がり、右足を頭あたりまで上げて落下した。
「痛えわ!!」
そして落下の勢いそのままに、ロックワームに恨み節をぶつけながらの踵落としを食らわせた。
ズザザザザ、という音を立てながら、振り落とした足は岩のような見た目をした皮膚を抉り裂き続け、サンドワームの腹に当たる部分まで裂いたところで地面に着地した。
「はぁ…はぁ…。」
橙里は息を切らしながら、サンドワームの体液がグッチョリとついた足を振り払う。瓦礫の山肌に大部分の体液が一文字型に飛び散った。