再開と提案
気がつくと、橙里は真っ白な空間にいた。
「……?………??…………はぁ?!」
橙里は突然の出来事に混乱し、2〜3回周りを見回したのちにようやく声を出すことが出来た。見渡す限りどこまでも白く、先に進めば再び同じ場所に戻って来れる保証はない。橙里はそんな状況で自分にできることを考えた。その結果、横になった。
「……知らない天井だ。」
橙里は考えることを諦めた。
(だってさ、この人知を超えた未知の現象にちっぽけな人間如きが敵うはずもないじゃん?それに擦られ続けて手垢まみれのベッタベタになっちゃった展開で考えるとさ、既に自分は死んじゃったんだと思うわけよ。そんな死人《俺》にどうすれってな話だよ。いや、誰に話してんだよ。俺だよ。なんか文句あるか、ああん?)
そうやっていじけて橙里は床をゴロゴロと転がる。
そんな状態が1時間ほど続き、橙里は転がり続けることにもいい加減飽きてきた。次の暇を潰す方法を考えていると、橙里は足音が近づいてくるのが聴こえた。その方向に目をやると、遠くて何かが揺れている。立ち上がってよく目を凝らすと、誰かが手を振っているではないか。橙里はその誰かに向かって駆け出した。手を振り返しながら駆け出した。2人の距離がどんどん近づいていく。50メートル、その誰かは老人だった。30メートル、この人は幼馴染のおじいさんではないか!20メートル、15メートル、10メートル。橙里はあまりの嬉しさに堪え切れず、おじいさんに向かってジャンプをし、その勢いのまま抱きつこうとした。
「佐武郎さん!会いたかっ」
「どんだけ遠くまで転がってんだ!このバカ野郎!」
おじいさんはそう怒鳴りながら、ドロップキックを繰り出した。
「たべっ!」
ドロップキックは橙里にクリーンヒットして、橙里は20メートルほど吹き飛んだ。
「いっつつ…。ひどい!歩波にしかドロップキックされたこと無かったのに!」
橙里は大袈裟に痛がりながらそう言った。その様子に、ため息をこぼすこのおじいさんは飛騨佐武郎、橙里の幼馴染の祖父であり、橙里と幼馴染が旅話をすると約束をした人物である。
その姿は、晩年の痩せ細った姿ではなく、橙里たちが小さい頃の、まだ活力に溢れていた頃の姿をしている。その姿を見るだけで、橙里は感動で涙が溢れてしまっていた。
「おい⁈泣くほどに痛かったのか⁈痛みは和らげたはずなんだが…。ごめんな…。」
佐武郎じいさんは橙里の様子に慌てながら、慰める様に頭を撫でる。かつて怪我をした時もこんな風に慰めてもらったことを思い出し、橙里は限界の限界に達してしまった。
「佐武郎じいざん!元気そうでよがった!」
橙里は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、佐武郎じいさんに抱きつく。
「ったく。いい歳した大人になったんだろう、橙里。いくらなんでも泣きすぎだぞ。」
佐武郎じいさんはそんなことを言いながら微笑み、頭を撫でつづけた。その姿は、本当の祖父と孫の様だった。
しばらくしたのち、
「ご迷惑をお掛けしました。」
橙里は顔を赤くし、申し訳なさそうな顔をしながら土下座していた。
「別に気にしちゃいないさ。俺の一張羅を涙と鼻水でビショビショにするぐらい再会を喜んでくれたんだろう?えぇ?」
佐武郎じいさんはニヤニヤしながらそう言った。その言葉に橙里はさらに顔を赤くして悶えてしまう。
「それよりも、橙里、お前は歩波からドロップキックをされたことがあるのかよ。ったく、一体どんなこと言って怒らせたんだよ。あの子がお前にそれくらいキレるなんて稀も稀だぞ?俺、そんなことを聞いてないんだけど。」
その質問に、橙里は目を泳がせながら気まずそうした。
「えぇ〜っと、喧嘩した訳じゃなくてさ。
その、小さい頃、歩波が好奇心に駆られちゃって、断り切れずに、一回だけ…」
そう答えた橙里に佐武郎じいさんは呆れを隠せなかった。
「お前は昔から何やかんやと歩波に甘いというか…、孫娘ながら、一体何があったらそんな好奇心に駆られるんだよ…。アニメか?それとも漫画か?」
そう呟いた佐武郎じいさんに、橙里はさらに気まずそうにする。
「『金曜どないしましょう。』の日本縦断自転車の旅です。」
「そっちか〜。」
佐武郎じいさんは上を仰いだ。
「なんか、ごめんな?俺があの番組を勧めたばっかりに…。後で歩波をちゃんと叱っておくから。」
佐武郎じいさんは申し訳なさそうにしながら、橙里に謝罪する。橙里は慌てて弁明をする。
「い、一応、その後、泣きながらだけど謝られたし、大きな怪我もしてないから気にしなくていいよ?それにほら、そのおかげで旅に出たいと思えたし。本当に俺たちに勧めてくれてありがとう。」
橙里は心の底からの感謝を言った。しかし、それに対して佐武郎じいさんは悲しそうな顔をする。
「しかし、お前は旅に出ようとして死んでしまったんだ。お前の死因を作ったのは俺言っても過言じゃない。」
「そんなことない。」
橙里は静かに、しかし力強く否定をした。
「あれは不慮の事故だった。誰もあんなことが起こるとは思えないし、あんな状況から生き残るのは難しい事だ。だから佐武郎じいさんの責任じゃない。それにさ、旅に出るって決めて、行動したのは俺なんだ。だから、責任が、死因は俺にあるんだ。」
橙里は佐武郎じいさんの眼を真っ直ぐと見ながらそう言った。その姿を見て、佐武郎じいさんは驚き目を見開くと、嬉しそうに微笑んだ。
「そうか…。強くなったな、俺が死んだ時よりもはるかに。」
「そりゃ、今は立派な社会人だからね。」
そう言って笑う橙里を見て、佐武郎じいさんは満足そうに笑うと、あることを決意した。
「なぁ橙里、まだ旅をしたい気持ちはあるか?」
「あるけどさ、もう死んじゃってるんだから、輪廻転生の旅にしか出られないよ。」
橙里が悲しそうに言う。口に出すことで自分が死んだんだと強く自覚してしまう。やりたいことを見つけた矢先に死んでしまったのだ。それに家族が、幼馴染がどれほど悲しんでいるかを想像してしまい、胸が締め付けられる気持ちになってしまう。
そんな心情を察してか、佐武郎じいさんは優しく言った。
「もしも、俺が今から言う提案とその条件を受け入れてくれたら、お前の願いも叶うし、家族や歩波にも良い報告が出来るぞ。」
そう言われた橙里は警戒して眼を細めた。
「…そういう時の『提案』とか『条件』って、怪しかったり危なかったりするものだと思うんだけど?魂を半分差し出す、とか?」
訝しむ橙里を見て佐武郎じいさんは嬉しそうに笑った。
「俺の言うことも簡単に信用せず、疑いの気持ちを持つ。これなら、向こうに行っても長生きしそうだ。流石、俺が見込んだ男。」
そう言ってうなづく佐武郎じいさんに橙里は困惑した。それと同時に、疑問を抱いた。
(さっき、『提案』とか『条件』とかって言ってたけど、内容にもよると思うけど、こういうのって許されるのか?死後の世界に法律があるかどうかは知らないけど、現世に干渉することってどう考えても一般人…いや、一般死人に出来ることじゃないよな。)
「…それで、佐武郎じいさん。提案とは条件って一体なんだ?」
しかし、いくら考えようにも、分からないことが多すぎるため、ひとまず話を聞こうと思い、橙里は質問した。
「ひとまず、話を聞いてくれる気にはなってくれたみたいだな。安心しろ、お前のことは孫たちと同じぐらい大切に思ってるんだ。無理難題を言ったりはしないさ。」
佐武郎じいさんはそう言ってドッカと腰を下ろしてあぐらを描いた。
「至ってシンプルな提案だ。橙里、異世界に転生するつもりはないか?」
その提案は明らかに一般死人には出来ないものだった。