旅立ち
辞表と受理してもらうことには失敗したものの、代わりに有給を取得してきた橙里は一度、家に帰ってきていた。朝は簡単にしか出来なかった部屋の掃除をすることと、必要最低限の持ち物の用意をするためにに戻ってきたのだ。
(旅に出るならスッキリした気持ちで出たいよね、っとチケットも買わないとな。)
無計画と言っても過言ではないこのひとり旅だが、実は目的地は決まっていた。南国、日本における亜熱帯気候・沖縄県である。
(寒いのは苦手なんだよなぁ、それにもずく食べたいし、アロハシャツみたいなやつ、あれ名前なんだっけ?あれ着て観光したい。)
かりゆしウェアに憧れている健康志向の寒がりは、掃除をしながらスマホで飛行機の座席を調べてみる。すでに時刻は9時を回っており、早く取らなければその分沖縄の宿泊施設を抑えるのにも苦労してしまう。
(飛行機よーし、高かったけど、まぁよーし。宿もよーし、当然高いけどよーし。)
橙里は運良く1時ごろの便と宿泊施設を取ることが出来た。空港までに移動したり手荷物を預けることも考えると、そろそろ出発しなければいけないため、橙里は掃除を終わらせ、冷蔵庫の中身を確認し、必要最低限の持ち物を鞄に詰め込む、などといったことを稲妻の様な速さで終わらせた。片付いた部屋をみて、満足感に満たされながら、橙里は家に鍵をかけた。
「いってきます。」
空港に向かう電車の中で、橙里は家族に連絡をしていた。
『会社を辞ようとしましたが有給を取ることになりました。。貯金はとてもあるので心配しないでください。小さい頃の夢だった旅人になります。その第一歩として沖縄に行ってきます。お土産何がいいですか?』
「さてと、母さんたちにはこんな感じでいいかな?心配しないよね?いや、するか?するよなぁ。息子がニートになったもんなぁ。」
まだ辞表は受理されたわけではないのだが、橙里は既に辞めたつもりでいるため、自分はニートだと思っている。気が楽になったと思う反面、社会的地位がなくなったことに対して、自分が思った以上に不安に駆られていることに驚きながら、空港行きの電車に揺られる。橙里は再びスマホと睨めっこを開始した。
「それよりも、問題はコイツだ…」
(なんて文面で送ればいいかな?)
そうやって頭を悩ませている相手はこの約束を交わした幼馴染である。
(『旅に出ます。』だけだと変に誤解して暴走しそうだし、『沖縄行ってくる!』だけだと仕事抜け出して付いてきそうだし…あああぁ!もう!ムズすぎる!)
橙里が頭を悩ませた末に出した答えは結局、普通に書くことだった。
『こんにちは、元気?受賞おめでとう。
俺は有給をとって沖縄にひとり旅という名の観光に行くことにしました。
観光と言っても計画なんてものは立ててないから、時間があったら電話してきてもいいよ。
追伸:もしよかったらだけど、お前がオフの日にでも一緒に遠出をしたい。考えてみてくれ。』
ちょうどこのメッセージを送った時に、空港の一駅前に着いたため、橙里は鞄を持ってホームドアの前に立った。
空港に着いて諸々の手続きを済ませた橙里は搭乗時間まで搭乗ロビーで食事を摂ったり、読書をしたりして時間を潰しているとスマホの通知が届いた。
『やっほー。ありがとう、ご褒美、期待してるね。』
『そうだ、ご褒美、私も一緒に沖縄に行くってのはどうよ?良いアイデアじゃない?私、天才じゃない?そんなわけで、泊まってる宿を教えて?^_−☆』
『それと追伸の件については、近いうちに、3日ぐらいオフの日が取れたから、その時にでも遠出しよう。』
いつも通りの幼馴染に橙里は思わず笑ってしまう。
『ひとり旅だから教えない。それじゃ、行ってきます。』
すぐに既読がつき、『いってらっしゃい』というメッセージが届いた。スマホを閉じて体を伸ばす。ちょうど搭乗案内が始まったところだったため。橙里はそのまま入場ゲートへと並んだ。
那覇空港行きの飛行機の中で橙里は音楽を聴きながら機内雑誌を読んでいた。運良く沖縄特集をしておりどこに行こうかと考えながら沖縄までの空の旅を楽しんでいる。
ガシャン!!
突然、轟音が鳴り響き、飛行機が大きく揺れた。悲鳴が上がり、上から酸素マスクがが落ちてくる。混乱する乗客たちに機長からのアナウンスが行われた。
『当飛行機は原因不明のトラブルにより、近くの空港への緊急避難を行います。皆さま、避難の指示があるまで座席に座ってお待ち下さい。』
乗客は皆その指示に従い座席にておとなしく座っている。
(今日中に沖縄に行くことは難しそうだなぁ。前途多難だよ、全く。)
橙里はそう思って小さくため息をこぼす。
顔を上げると、まだ通路にいて、うずくまってる子供が目に入った。
気がつくと、橙里は真っ白な空間にいた。
「……?………??…………はぁ?!」
橙里は突然の出来事に混乱し、2〜3回周りを見回したのちにようやく声を出すことが出来た。見渡す限りどこまでも白く、先に進めば再び同じ場所に戻って来れる保証はない。橙里はそんな状況で自分にできることを考えた。その結果、横になった。
「……知らない天井だ。」
橙里は考えることを諦めた。