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鷲の魔女(後)

 翌朝、橙里は何かが焼かれる香ばしいで目を覚ました。既にリビングには朝日が差し込んでいる。まだ半分しか開いていない目で回りを見渡し、寝起きのぼんやりとする頭で現状の確認をする。

(え~っと、確か、配達した後そのまま食事をごちそうになって、泊めてもらったんだったか…)

「ふぁ~」

 大きなあくびをしながらソファーから降りて大きく体を伸ばす。すると、橙里が起きた物音に気が付いたのか、奥のほうからオリビアさんがこちらに顔をのぞかせた。

「やっと起きたかい。あんたがあんまりにも気持ちよさそうに寝ているもんだから起こすに起こせなかったじゃないか。」

「いびきの一つでも掻いててくれたら、引っぱたいて起こせたんだけどねぇ。」と呟きながらオリビアさんは再び奥の方へと引っ込む。どうやら朝食を作っているようだ。

(今度こそ手伝うぞ!)

 そう意気込んでキッチンに近づく橙里だが、

「家の裏手にある井戸で顔でも洗って目を覚ましてきな!」

 橙里の行動を予想したオリビアさんにそう言われてしまい、大人しく家を出て裏手に回った。冷たい井戸水で顔を洗い、頭がシャッキリとする。朝のひんやりとした空気を肺一杯に吸い込んで吐き出す。それを3回ほど繰り返して橙里はようやくエンジンをかけることが出来た。

 家の中に戻るとオリビアさんがちょうど朝食をキッチンから運ぼうとしているところだった。「オリビアさん!私が運びますよ!」

 橙里はオリビアさんから半ば奪うような形で朝食が盛り付けられた皿を受け取ると、テーブルに並べていく。オリビアさんは仕方ないといった感じで肩をすくめると、フォークやお茶の入ったポットを取りに、もう一度奥のキッチンへと戻った。


 朝食のベーコンエッグをお婆さんと一緒に食べる。カップにはハーブティーを淹れてくれた。皿の上から料理が半分くらい消えた頃、オリビアさんがフォークを置いた。

「あんた、名前はトーリ・コーノと言ったかい?」

「はい、そうですよ?」

 ベーコンを刺しながら答える。

「そうか…。トーリ、あんた、異世界人だろ?それも転生者なんだろ?」

 オリビアさんが緑色の眼で橙里の目をじっと見ながらそう言った。橙里は口に運んでいたフォークが一瞬止まり…何事もないようにベーコンを口の中に入れて咀嚼する。それを飲み込むとニコリと笑って言った。

「私が異世界人?転生者?嫌だなぁオリビアさん、一体何言ってるんですか?」

 ないない、といった雰囲気を出しながら手のひらを横に振る橙里。オリビアさんはフンッと鼻を鳴らしてハーブティーを啜った。

「安心しな。あんたが異世界人であろうとなかろうと、悪いようにはしないさ。それに第一、この世界の人は異世界人に対してアクションを起こすやつも少ないから基本的にバレても問題はないよ。」

 橙里は眼を細めてオリビアさんを視る。

「そうやって警戒して相手を『魔眼』で観察する。自分を守る術は理解しているようだね。」

(何故バレた?)

 橙里はより一層警戒した。表情に出さないように努めるが、眉間に皺がよってしまっている上に纏う雰囲気もピリついてしまっている。

「あんたの魔眼、発動したら眼が紅くなってるんだよ。まさか気づいてなかったのかい?」

 その様子から橙里の考えを見透かしたのか、オリビアさんは呆れたように言う。橙里は慌ててカップに入ったハーブティーを覗き込む。水面に写る自分の瞳は紅く染まっていた。

「マジかよ…」

 思わず呟いたその言葉にオリビアさんは微笑を浮かべる。

「懐かしいね、その言葉。私が若い頃に仲良くしていた異世界人も驚いた時にはそう言っていたよ。」

 過去を懐かしむような表情をするオリビアさんに橙里は質問をしようと口を開いた。

「なんで私が異世界人だと気がついたのですか?」

 オリビアさんはハーブティーを一口飲んでから答えた。

「2つある。ひとつ目、この世界の人はあんたみたいな種族を『鳥人ヒュード』と呼ぶ。けどあんたは自分の種族のことを『鳥人とりびと』と言った。私は昔、あんたと同じことを言ったやつを知ってる。そいつも異世界人だった。」

 その指摘に、橙里は天井を仰いだ。

「ふたつ目、食事をする際に手を合わせて『いただきます』と挨拶をしたことだ。」

「…それも、もしかして昔会った異世界人が同じことを言ってたからですか?」

「そうだ。この世界の人にそんな風習はない。」

 オリビアさんは、すっかり冷めてしまったベーコンを口に運ぶ。

(俺、うまく隠せてたると思ってたけど、ボロ出まくりだったんだなぁ…)

 橙里はショックを受け、背もたれに身を預けて天井を見つめていた。しかし、いつまでもしょげてたら話が進まない、と思考を切り替えて、オリビアさんと向き合った。

「なんでこのタイミングで俺の正体に気づいたことを明かしたんですか?俺の正体がこの世界の人にバレたところで、あまり支障は無いと言うのなら、なぜわざわざ爪の甘さを指摘したんですか?」

 最低限の敬意は残しつつ、外向きの顔を止めた橙里に、オリビアさんは嬉しそうに答えた。

「その話し方の方が背筋がむず痒くなくてありがたいよ。確かに異世界人なのは問題無いさ。私が懸念してるのは、あんたの強大な能力のことだ。」

 橙里は怪訝そうにした。

「あんたの魔力量、バカ多いくせに全く隠してもいないだろ。普通の人じゃ、レベルが違いすぎて気づかないけど、《《相当》》できるやつにはあんたの規格外さが分かるんだよ。さしずめ、あんたのその『魔眼』もその魔力も『転生特典』ってやつだろ?」

 橙里は無言で頷く。

「だろうね。持ってる能力に対して技術や練度が釣り合っちゃいないからね、そんなとこだろうと思ったよ。別にそんなやつに今まで会ったことがない訳じゃないんだけどねぇ…」

 オリビアさんは言葉を切ると、カップのハーブティーを飲み干した。

「そいつらの大半が力を制御出来ずに、破滅していったよ。」

 橙里は生唾を飲んだ。背筋に冷や汗が流れる。

「制御出来てたやつらの中で、大っぴらにその力を使っていたやつらは苦労していたよ。」

 カップにハーブティーを淹れながらオリビアさんが続ける。

「良くも悪くも、大きな力には人を惹きつける魅力があるからね。近づい来る人の中には当然、利用しようとする輩もいたさ。悪い輩に騙されて、いいように使われて、報われない最期を迎えたやつらもごまんといた。」

 橙里は重く感じる口を開く。

「つまり、俺もこのままだと、強大な能力に呑まれて身を滅ぼすことになった人達と同じ運命を辿ることになる、と言いたいんですか?」

「そうだね、間違いなく、このまま能力を自分のものに出来なければ、碌な目に会わないね。」

 オリビアさんが断言すると、橙里の心は何重にも鎖が巻きついたように重く沈んだ。リビングの窓から外の景色を見ると、薄水色の空が広がり、朝に照らされた麓の町が見える。さらに遠くには橙里が出発した亡嵐の沙漠が広がっている。その景色の全てに橙里は空を飛んで行くことができる。先程までならワクワクに心が躍っていたであろうその景色も、今の橙里はその目に悲しさしか写せなかった。

(そうか…。俺はこの能力《翼》を扱いきれてないのか…。)

 橙里は転生特典を選ぶ際に『快適な旅を送るためには、困難な状況を覆せるような能力を持ってた方がいいよな!』という考えの下、バランスをとった上で、可能な限り強い能力を選んでいた。しかし、オリビアさんはそれがいずれ裏目に出てしまうと言う。昨日会ったばかりのお婆さんだ。何の根拠もないその予想を一蹴してしまうのは容易く出来る。だがそれは『直感』が「止めておけ」と警鐘を鳴らしている。

(どうしたもんかなぁ…)

 ありもしない計画が崩れたことに少なくないショックを受けたのだった。



 食後のかたずけを終えた橙里とオリビアさんはお茶をしていた。

「オリビアさん、俺この後どうするか決めました。」

 橙里はオリビアさんに片付けを任せる条件として今後自分がどうするかを考えるように言われていたのだ。このまま旅を続けるのか、はたまた旅を辞めて何処かでひっそりと暮らすのか。前者は危険な目に会う可能性が非常に高く、後者は確実に後悔をする。

「俺は旅を辞めるつもりもありませんし、危険な目に会いに行くつもりもありません。」しかし、その二つはどちらも橙里が望む未来ではないのだ。

「かと言って、今の俺に自分でこの能力を物にできる知識なんてものもないのは事実です。」

「ならどうするんだい?」

 橙里は立ち上がって、頭を深く下げた。

「お願いします。俺に能力の使い方を教えてください。」

「ああ、良いよ。」

 オリビアさんが即答したことに、橙里は驚いて目を瞬かせた。

「なんだい?即答したことが意外だったかい?」

「えぇ、もう少し駆け引きをするかと思って構えていました。」

 橙里の様子にオリビアさんは愉快そうに笑った。

「クククッ、そうかい、そうかい。実は最初から私は教えるつもりだったよ。」

 そう言うとオリビアさんは立ち上がった。すると、オリビアさんを中心に風が巻き起こった。部屋に置かれていた紙束が巻き上がる。風が次第に強くなり、橙里はたまらず目を閉じた。風が徐々に弱まっていくのを感じ、橙里が目を開けると、そこには緑色の目をした美女が居た。

「安心すると良い!この世界の常識から能力の使い方まで教えてやるよ、『鷲の魔女』たるセリーヌ・イグルドがね!」

 プラチナブランドの髪が波打ち、街を歩いていれば男女を問わず魅了するであろうその美しさを持った美女が、大きな胸を張りながら自信満々にそう言う。

「…えっと、ハイ、よろしくお願いします。」

 橙里は突然の出来事に驚いて、気の抜けた返事しか出来なかった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

[小話]

 オリビア「ところでよく私に教えを請おうと思ったね。ただのババァにしか見えないだろう?」

 橙里「規格外の魔力量に気が付いた《《かなり》》できるお婆さんじゃないですか。」

 オリビア「…私も意外とボロが出てるみたいだね。」


〈補足〉

 ・本名:セリーヌ・イグルド

 偽名:オリビア・オーヘン

 ・最後、橙里はセリーヌに見惚れているわけではなく、手の込んだ変身シーンに圧倒されていただけです。



 作者)思ったよりも時間がかかったのと、思ったよりもこのエピソードが長引いたのは、私も想定外です(汗)

 あと一話でまた旅に出るので、しばしお待ちください。

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