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鷲の魔女(前)

 鳥人の里を出発した橙里は空を飛んで、配達先へと向かっていた。眼下には石がゴロゴロと転がっていて、植物もまばらに生えている。

 ここ、『火の邦』には巨大な活火山である『コルノヴァ火山』が存在しており、そちらの方に目を向ければ今も火口から煙が噴き出している。しかし、活火山とは言ってもここ数十年は大規模な噴火は起きていないようで、ストロング・ヒップではあちらこちらから湧き出る温泉を目当てに来る観光客をターゲットにした宿や料理を経営したり、産出される上質な鉱石を用いた武具の鍛造や装飾の製作を行うなど、火山があることによる恩恵を最大限活用して生計を立てている。また、大規模な迷宮ダンジョンも存在しており、そこに現れる魔物から採れる素材は総じて質が良く、需要が高いため、良い値で売買される。そのため、多くの冒険者がこの地域を活動の拠点としている街もある。そんな数多くの人が集まるこの地域は、この世界で1番騒がしい地域と言われている。

 6時間半ほど移動すると遠くに小さな町が見えて来た。

(意外と時間かかったな〜。のんびりと、途中休んだりもしながら飛んできたから当然といえば当然なんだけど。もう夕暮れだし、今日はこの町に泊まってくかな。配達先の人におススメの宿と食事処でも聞いてみるか。…あるよな?)

 一抹の不安を抱えながら、町の門の前に降り立つ。二人いる門番のうち、若い門番が一歩前に踏み出して来た。

「止まれ、身分証を提示してもらおうか。」

 橙里は亜空間収納から配送者カードを取り出すと、魔力を流して文字を浮かび上がらせて若い門番に見せる。若い門番はそれを確認すると一歩下がって道を開けた。

「ようこそ、配達者さん。もう門を閉める時間なので、早く泊まれる宿を探さないと町のどこかの道端で夜を過ごすことになりますよ。」

(ええぇ〜。)

 そんな歓迎されているのかいないのか分からない言葉をかけられて、橙里が唖然としていると、もう一人の中年門番がため息をこぼしながら、若い門番の頭を剣の鞘で叩いた。

「イッッタ!!」

「75点だ、バカ野郎。町に来た人にかける歓迎の言葉があんなのとか、おかしいだろ。もっと他にも言葉の選びようがあんだろうが。」

 頭を抑えてうずくまる若い門番を半目で見ながら、中年門番はそう言うと、苦笑いをしてこちらを見てきた。

「いや〜、すみませんねこのバカが。コイツ、真面目で仕事も気遣いもできるんですけど、口下手なのが玉に瑕なんですよ。みっちり矯正しとくんで、許してくれませんか?」

「……分かります。新人の育成って大変ですよね。」

 会社員時代を思い出し、橙里はウンウンと頷く。橙里と中年門番が固い握手を交わしていると、若い門番が叩かれた頭をさすりながらゆっくりと立ち上がった。

「いっつつ…。それで配達員さん、この町の誰に荷物を届けるんです?あんまり遅くなると、届ける人の迷惑になってしまうので、教えてくれたら巡回がてら案内ぐらいしますよ。」

 若い門番がぶっきらぼうにそう言う姿を見て、中年門番と橙里は微笑んだ。

「ねぇ?コイツ根は優しいでしょう?」

「そうですねぇ、優しさを隠せてませんよねぇ。」

「ふざけないでください!」

 若い門番は耳を赤くしながら叫ぶ。良い子だなぁ、と思いながら依頼書を取り出して、配達先を再確認する。

「えっと、こちらの配達物はオリビア・オーヘンさんに届ける物になります。」

 すると、門番二人は気の毒そうな目でこちらを見てきた。

「え〜っと、何かありましたか?」

 嫌な予感がした橙里が恐る恐る尋ねると若い門番が口を開いた。

「……オリビア婆さんは、この町に住んでないんだ。」

「って言うと……引っ越しちゃったってことですか?」

「いや、そうじゃないんだが…」

 若い門番は言い淀んでいる。橙里の中で嫌な予感が膨らんだ。

(何があって、この人の口を重くさせてんだ?………まさか)

 橙里は恐る恐る口を開く。

「亡くなられたんですか?」

「待て待て!そういうことじゃない!お前もお前だ!気の毒に思うのは分かるがちゃんと言わないとこういう誤解を招くことになるだろうが!」

 中年門番は食い気味にそう言うと、咳払いをして続けた。

「オリビア婆さんは町から少し…いや大分離れたところに、歩いて四時間ぐらいのところに住んでるんだ。ほら、あそこの峰のところに小さく家があるだろ?あれが婆さんの家だよ。」

 指をさしてそう言った。確かに峰のところに家があるのが見える。

「…確かに遠いですね。」

 誰にともなく呟くと門番二人に頭を下げた。

「場所を教えてくださりありがとうございました。それでは私はこれで。」

 若い門番は目を丸くして言った。

「今日は町に泊まってから、明日配達に行ってもいいんじゃないか?今から行ったら、到着する頃には真っ暗で婆さんも起きてるか分からないし、野宿することになるぞ。」

 橙里はニヤリと笑った。

「それは歩いて行った場合の話でしょう?私は鳥人とりびとですよ、飛んで行けばすぐです。」



 橙里が配達先に着くまでには三十分しか掛からなかったが、空は群青色に染まっていた。

 オリビアさんがまだ起きているか不安だったが、家の窓から灯りがこぼれていたため、橙里は胸を撫で下ろした。家の前に降りると扉を叩く。

「オリビア・オーヘンさーん、宅配便でーす。」

 すぐに扉が少し開いて、隙間からこちらを見ている緑色の眼があった。

「…あんた、何者だい。」

(あれ?なんで俺こんなに警戒されてんの??)

 お婆さんの様子に困惑し、苦笑いをしながら自己紹介をする。

「え〜っと、『鳥人の里』で配達の依頼を受けてきました。鳥人とりびとのトーリ・コーノです。こちら、オリビア・オーヘンさんのご自宅でお間違いないでしょうか?」

鳥人とりびとねぇ…。」

 お婆さんはそう呟いて、橙里を上から下までジロジロと眺める。ひとしきり眺めるとため息を吐いて、扉を開けてくれた。

「悪かったね、ジロジロと眺めることをして。もう日が落ちてるってのにこんな遠くまで届けてくれてありがとね。せめてもの詫びだ、今晩はウチに泊まっていくと良い。それに、ちょうど夕食を作ろうとしていたところだったからね、あんたの分も用意するよ。」

 そう言うと白髪のお婆さんは家の中に戻っていき、橙里も後に続いた。家の中は必要最低限の家具が置かれていて整頓が行き届いており、橙里はどこか懐かしさを覚えた。また、複雑ながらも安心感を覚える香りが部屋を満たしている。慣れない旅に疲れが溜まっていたこともあって、橙里は眠気に襲われた。

「届けてくれた薬草を出しちゃくれないかい?」

 お婆さんがお茶を持ってきてそう言ったことで目が開き、慌てて亜空間収納から薬草を取り出して改めて全部そろっているかを確認する。その様子をお婆さんが眼を丸くして見てることに橙里は気づかなかった。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……、よしっ全部あるな。はい、こちらが今回配達を依頼されたもの全部です。何か不足しているものはありますか?」

「…いや、無いよ。鮮度も良いし、あんた、相当腕が立つみたいだね。」

「いえいえ、それほどでも。」

 お婆さんを手にもって奥の方に向かい、戻ってきたときには薬草の代わりにシチューとバケットが置かれたトレーを二つ、それぞれ両手に乗せて持ってきてくれた。

「ありがとうございます!…気が利かなくてすみません。」

 橙里は頭を下げる。それに対してお婆さんは小さく笑った。

「ふふっ、お客をもてなすのは家主の役目なんだから気にすることはないさ。さあ、冷めないうちに早くお食べ。」

 橙里は手を合わせて「いただきます。」と挨拶をしてから食べ始めた。シチューには野菜がたくさん入っていてとてもおいしく、橙里は二回もおかわりをしてようやく満腹になった。その様子をお婆さんはじぃーっと眺めていた。食後、橙里は片づけをしようと手伝いを申し出るもやはり断られてしまった橙里は、最後の抵抗とばかりにベットを自分に譲ろうとするお婆さんをどうにか説得してリビングのソファーで眠ったのだった。


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