鳥人の里
『鳥人の里』とは獣人族の中の鳥人族が集まって作った団体だ。元々の活動内容は配達業を行う鳥人族のサポートだ。かつてより、鳥人族はその飛行能力を活かし、手紙や小荷物の配達を請け負う者が多かった。しかし、多くの者が個人で仕事を請け負っており、また、依頼数自体も多くはなかったため、稼ぎが少ない者が多く、依頼料が支払われないことも少なくなかった。加えて、冒険者ギルドが発足すると、そちらに依頼を出す者が増えたことで、鳥人の配達業は絶望的になり、誰もが皆、このまま配達業を辞めてしまうかと思われた。
しかし、そんな状況に待ったをかける若者がいた。『鳥人の里』発足者であるリーバ・デリードである。彼女はバラバラだった配達業を行う鳥人族をまとめ上げ、各地にに鳥人の里の依頼局を設置することで、世界中から依頼を集め、配達するシステムを構築、依頼が不定期で安定して収入を得ることができていなかった鳥人達は毎日依頼を受けて配達を行うことだって出来るようになり、報酬を鳥人の里から受け取ることでタダ働きすることになることも無くなった。今では鳥人に限らず輸送業全般のサポートを行なっており、冒険者ギルドと協力することでより迅速で安心安全な配達を行うことができるようになっている。
「以上が、『鳥人の里』の詳細な説明でございます。いかがでしたか?」
「あ、ハイ。ありがとうございました。とても面白いお話でした。」
目の前の受付嬢はニコリと笑顔だが、その眼にはもはや感情がこもっておらず、橙里はただこう言うしかなかった。
(長かった…、『鳥人の里』がどんなとこなのか聞いたらなんでこの長文が返ってくるのさ…、今更言えないよ!『成り立ちを聞きたいわけじゃなかった』だなんて!しかもなんの資料も見ずに淀みなく話すんだよ?凄すぎない⁈)
後で、パンフレット探すなり、ベテラン配送業者に聴くなりしよう、そう思いながら橙里は登録用紙を記入していく。
今日、橙里は『土の邦』と『火の邦』、そして『亡嵐のの砂漠』に接している『鳥人の里・ラニヴェ渓谷監視砦支部』に来ている。
ここで配送者登録を行い依頼を受けて旅をしつつ路金を稼ごうと考えたのだ。
鳥人の里へと向かう道中で魔物に襲われていた馬車を助けて、運よくその馬車がちょうど鳥人の里に向かっている途中だったため、助けてくれたお礼に、という御者の言葉に甘えて便乗させてもらった。
「ところで私、『火の邦』で観光しようと思ってるんですけど、オススメの場所とかってありますか?」
「お、もしかして兄あんちゃんも『火の邦』で観光するのかい?奇遇だな!俺もだよ!そうだ!一緒に『ストロング・ヒップ』に行かねぇか?あそこの温泉は格別なんだぜ。何より、綺麗な姉ちゃんたちがお酌してくれるんだ。どうだい?一緒に行かねぇか?いい店紹介するぜ?」
「いえ、ひとり旅なので遠慮します。」
他にも、色々と耳寄りな情報を聞かせてもらっていると、あっという間に鳥人の里に到着した。
鳥人の里到着した橙里は驚いた。そこにあったのは石造りの建物、もはや砦とも言えるものだったからだ。
(ハローワークみたいな感じをイメージしてたのに、これって砦じゃないか!あれか?『とりで』だからか⁈とりだからか⁈!)
目を見開いて驚く橙里を見て、御者は愉快そうに笑った。
「他の支部と違ってびっくりするだろ。ここは『亡嵐の沙漠』に接してるからな。そこから魔獣が出てこねぇかとか、砂嵐が拡大してねぇかを監視する役目も兼ねてるのさ。」
橙里は疑問に感じた。
「『鳥人の里』はそのような警備の役割も担っているのですか?」
御者は首を振って否定した。
「違げぇよ、建物の話だ。警備自体は連合警備隊がやってるよ。もっとも、『鳥人の里』からも何人か、視力が良いやつとか、特別飛行能力が高いやつとかを派遣してたりはするがな。討伐とかは請け負ってねぇよ。それに、いざって時に物資の輸送を依頼しやすいし、各地に伝来を飛ばせるのさ。だから、こう言う監視砦には『鳥人の里』の支部が必ず併設されてんだ。」
橙里は『亡嵐の沙漠』を見る。遠くの方では今も砂嵐が起きており、中の様子は伺えなかった。
(………この世界では、『亡嵐の沙漠』が力を合わせないと対処できないから、戦争とかが起きてないんだな…。)
馬車が動き、砦の門で検査を受ける。その際に神界でまず貰った身分証を提示して橙里は中に入ることが出来た。商品を卸しに来た御者と別れて、橙里は配達業者登録をしに、カウンターへと向かうのだった。
登録用紙にかけるところを書いて提出する。
用紙をひと通り眺めると受付嬢は変わらずの笑顔で用紙を持って奥に向かいすぐに戻ってきた。
「はい。それではこれから組合証を制作するためこちらの部屋でお待ちください。」
その指示に従い、橙里が奥の部屋に入ると扉が閉められた。部屋の中には丸テーブルと椅子が一脚、水差し1口が置かれて他には何もない殺風景な部屋だ。ひとまず椅子に座って暇を潰すことにしたが、30分経っても誰も来ない。暇を潰すのにも飽きてきたが、それよりも橙里はずっと居心地が悪かった。
(なんか、さっきからずっと視られてるんだよな…、『鑑定』してるのか?こんなに長く?)
この部屋に入った時からずっと視線を感じ続けていた。それがずっと続いているため気を抜くこともできず疲労が溜まっていたのだ。もう無視をして、部屋から出ようかと思った頃、扉の向こうから足音が聞こえた。
「終わりましたか?」
橙里がそう質問すると、受付嬢は眉をピクリと動かし、しかしすぐに笑顔営業スマイルでこちらを見た。
「大変長らくお待たせしました。こちらがトーリ様の組合証となります。失くした際は再発効に時間がかかりますので、失くすことがないようにしっかりと保管してください。」
橙里は組合証を受け取った。アクリル板のように軽く、透き通っていて表面に名前が彫られて、光に透かして読もうとしてみる。
「ご本人様が魔力を流していただければ、最低限の身分情報が文字として浮かび上がりますので、身分証としても使用することができます。」
その姿を見てクスリと笑った受付嬢は橙里に教えてくれた。魔力を流すと確かに橙里の名前と年齢、種族が浮かび上がる。
橙里は組合証を亜空間収納にしまうと、受付嬢に感謝を述べて、依頼を探しに向かった。
ロビーの所からストロング・ヒップ方面のいくつかある配達依頼の中から一つを選んだ。
『配達依頼
・ヒガンバナ:2本
・ミルラ:2瓶
・ティートリー:5束
・レモングラス:5束
配達先:オリビア・オーヘン』
依頼書をボードから剥がし、カウンターに持って行く。受付嬢は依頼書を受け取って手続きを行った。
「受注いたしました。あちらの窓口が荷物を受け取り口になります。」
受け取り口に向かい男性職員に再度依頼書を提示する。すると奥のキャビネットから各辺30センチぐらいの大きさの木箱を抱えてきた。
「これが今回の配達物なんだが、この箱には付与されてる『時間停止』の魔法が付与されてる。普通なら返却の誓約書を書かせるんだが、お前さん、収納魔法使えるんだろ?どうだ、入りそうか?」
木箱の中身を見せながら問いかける。配送物はこの木箱の体積にに不釣り合いな大きさと量だった。
「ええ、問題なく入りますよ。」
そう言いながら配達物を亜空間収納へとしまう。その光景に男性職員は目を丸くして驚いた。橙里は一礼してから、砦の門を出て行く。すると、道中でお世話になった御者を見つたため、別れを告げる。
「お世話になりました。」
「おう、元気でな。そうだ、これやるよ。」
そういうと、御者はナイフと短刀をそれぞれ2本ずつ橙里に渡した。
「いいんですか⁈こんなに良いものを!」
橙里が嬉しそうに喜ぶと、御者は照れ臭そうに鼻の下を擦った。
「俺のお古だから、そんなに上等じゃねぇけどよ。まぁ、新しいやつ買うまでの凌ぎにでも使ってくれや。」
「ありがとうございます!大切に使い続けます!」
橙里はナイフと短剣を腰のベルトに挟んだ。感謝を述べると御者は片手を振り、馬車を走らせて去っていった。
橙里は御者が見えなくなると空高く舞い上がり、配達先へと飛んでいった。




