素性
【あなたは、うちの子ではありません――】
そりゃ、わかっていたけど――いざそのことと向き合うとなると、少し戸惑った。
俺は生まれつき、色黒だ。顔も東南アジア系だ。
ただ、親は思いっきり色白だった。親の家系にも、色黒な人はいない。俺の顔立ちも明らかに家系のものと違う。髪の毛のも太く厚くまとまった真っ黒の天然パーマで、両親のものとは違う。まぁ、今となっては四十台の半ばにも差し掛かり、だんだん白髪が混じるようになってきたが。俺はずいぶんと小さい頃から、自分が自分の親から生まれた子ではないことを悟り始めていた。
だが、国際化も進んだ、二十二世紀に突入しようとしている日本ではそのようなことも別に不思議じゃなかったし、もともとそのような日本人だっているものだ。俺の親は、俺のことをとても大事にして育ててくれた。そんな親のことを、「自分と見かけが違う」と不満に思ったらバチがあたるというものだ。俺は学校では苦労はせず中学、高校、そして大学と優秀な成績で進み、大学院も首席で卒業した。今じゃすっかり地元ではおなじみの顔の、県のテレビに取材さえされた腕利きの町医者だ。最近は衰えを感じ始めていたので外科医としての仕事はやめ、内科医に転向するために勉強している。数知れない人々の命をこの手で救い、生きる希望を与えてきた。誰にだって、生きる権利はある。俺は生きる手助けをするために、生まれてきた――そう信じて、二十年余り、頑張ってきた。
ずっと、俺の人生は上手くいってた。
しかし、父が突然謎心臓発作で倒れ、母が癌を患いこの世を去ったとき、俺の心に埋められることのない虚無感が生まれた。四十五年間も俺を支え、励まし、愛してくれた親だ。誰かが代わりにもなるはずはない。葬式も済み、俺が荷物の整理をしに両親が住んでた家に行ったときだった。俺は、俺が昔使っていた勉強机の上に置かれたラベンダー色の封筒を見つけた。中には母の小さい文字で書かれた手紙が入っていた。俺は手紙を読んだ。
【あなたは、うちの子ではありません――】
言葉の意味に少し遅れて気付いたとき、心臓が少し苦しくなった。だが、俺の目はかまわずに先を急いだ。
【――もっとも、あなたは小さい頃から気付いていたでしょうけど。こんなにも長い間、言い出せなかった母を許してください。でも、自分の最期が近いと悟ったとき、このまま伝えずにいてはとても死んでも死にきれないと思い、この手紙に伝えられる全てを託しました】
手紙を読み終えたあとは、何をしたのか覚えていない。しかし、気付けば俺は、インドネシアにいた。
【あなたは、四十五年前に、下に記してある場所で私達夫婦がみつけた孤児です】
その下に記してある場所とは、まさに今いる場所、インドネシア共和国、スラウェシ島の港町「マカッサル」だった。熱風が顔に強く当たる。あたりを見ると、自分と同じ系統の外見を持つ人たちがいた。俺はあてもなく、ふらふらと歩き始めた。
空港のすぐ側には商店街のようなものがあった。古風だった。科学技術が生活の全ての面を支えている日本で育った俺にとっては、古風な商店街を見るのは歴史の教科書の写真を見るようなものだった。痛いほどの蒸し暑さも同じく非現実的だった。
誰かが俺の肩に手をかけた。俺が振り向くと、男は俺を強く殴った。突然のことに対応できないまま、俺は道端のココナッツの箱の山に頭から突っ込んだ。激しい痛みが俺を襲った。
そして、ふっ、と目の前が暗くなった。
目を覚ましたのは、その日の昼になってからだった。俺の体の打撲した箇所には、包帯がまいてある。体の下には、薄い毛布が敷いてある。俺は起き上がり周りを見回した。古い家だ。ドアが開き、部屋に高校生ぐらいのインドネシア人の少女と、少女の父親であろう背の低い、がっしりした中年の男が入ってきた。
「すまん、急に殴ってしまって・・・・・・。お前は日本から来たんだな?」男の方は言った。そして、俺のカバンを取り出して俺の前に置いた。「殴ったとき散らばった持ち物をカバンに戻そうとしたら、日本語のものがいっぱい見えたんだ」
「日本語、話せるんですか?」俺は驚きながら、カバンを受け取った。
「日本に一時いたからな」男は答えた。「さっきは本当にすまん、どうもある人物にそっくりだったので、カッとなってつい・・・・・・」男は面目なさそうに髪の毛を掻いた。「お前は、
俺の娘を酷い目にあわせた男によく似ていると思ったんだ。でも、よくみてみりゃ、そりゃよく似てるけど、年齢が父と子ほどに離れている。お前があの男のはずがない」
すると、脇に座っていた少女が、俺にはわからない言語で男に何かを伝えた。男は少し考えた。「・・・・・・ちょっと訊くが、お前は息子とかいないのか?」と、男はやっと訊いた。「娘が、お前があの男にもあまりにも似すぎているんだと・・・・・・」
「いませんよ、そんな! 独身ですから」と、俺は慌てて答えた。そして、少し考えてから、付け足した。「・・・・・・でも、私は実はこの島で拾われ、孤児として日本人の親に育てられたので、この島に血縁者がいるかもしれません」
「なんだって!?」男は驚いた。「お前はもしかして、その血縁者を探しに来たのか?」
「ええ、まぁ、そんなもんです・・・・・・」
男は、既に元気を取り戻しているようだった。「じゃ、お前の素性調べ、とでも言うか、それを手伝わせてくれ! さっきのことのお詫びとして・・・・・・。俺もお前の血縁者が見つかれば、男のことが何かわかるかもしれないしな」
言葉も分からぬ土地で独りで行動していくのは無理に近いと思った俺は、快諾した。男はハッタといい、地元で漁師をやっているらしい。
その俺に似ているという若者は、ハッタが妻を亡くした後も男手一人で育て上げてきた大事な娘を、騙したというのだ。町の方から毎日この漁村に通い、娘と付き合っていたので、ハッタも誠実な若者だと思ったらしい。だが、娘が妊娠すると同じ頃に若者は突然来なくなった。連絡をとろうとしてもつながらない。それで、その若者をとっちめに若者が住んでいたマカッサルに車を飛ばして向かって車を停めたところ、偶然俺に出会い、カッとなり襲ってしまったのだ。
手始めに、ハッタは俺を自分の年代もののジープに乗せ、その男が住んでいたというアパートの住所に向かった。さっきもそこに向かっていたのだが、殴ってしまった俺が赤の他人だと知って、慌てて自分の村に戻ってきていたらしい。娘さんは家に残ることになり、俺とハッタはマカッサルのそのアパートまで足を運んだ。
「いざとなりゃ、これを使って脅すことだってするつもりだ・・・・・・心から謝るまではな」ハッタはそう言い、荷物から小型の爆弾を取り出した。「この小ささで、かなりの威力を持つ、結構有名な軍事用の爆弾だ。耐水性で振動にも強く、安全ピンを引いたときにしか爆発しない。俺は色々と人脈があるからな、こういうのが手に入るんだぜ」ハッタは、そのまま得意げに爆弾を見せた。
ところが、男に謝らせることはできなかった。
若者が部屋にいなかったので大家に聞いてみると、大家は言った。「ああ、その若い男かい? たしかハリアティに観光に行くって先週出て行ったきり帰ってきてないけど・・・・・・」
それを聞いたハッタは言った。「じゃあ、悪いが、このままハリアティに向かうぜ。島の反対側の村だ。島の自然保護区のそばの道を通る。少し危険な道ではあるが、自然保護区に入らずに日が暮れないうちに着けば大丈夫だろう」
まさか途中で燃料が切れるとは思っていなかった。
俺とハッタは、誰も通らないような道の途中で止まってしまった。町は遠い。カッとして出てきたハッタは、大した備えも持っていなかった。燃料も通信手段もなかった。
「参ったな・・・・・・こんなことになるとは、思ってなかった。すまん!」ハッタは頭を下げて俺に謝った。「水さえもない。このままじゃ脱水症状は確実だ 」
「自然保護区の中に川ぐらいあるんじゃないんですか?」俺は聞いた。
ハッタは俺の肩をつかんだ。
「ばかやろう! 死にたいのか! 道と呼べるものは一切なく、島の磁気がおかしいからコンパスさえ効かない。すぐに迷ってしまう。毒蛇や蛭だってたくさんいる! 命の保証はないぞ!」ハッタは怒鳴った。
俺はハッタの手をのけて、立ち上がり、ハッタの荷物から例の小型爆弾を取った。
「ハッタさん、水をとってきますよ! 待っていても日が暮れて危険になるだけじゃないですか」俺はそう言い、ハッタの返事を待たずに熱帯雨林の中に飛び込んだ。後ろにハッタの必死な勧告が聞こえた。だが、その音さえもすぐに鬱蒼と茂る木々と枝に遮断され、俺には熱帯雨林の冷ややかな賑やかさしか聞こえなくなった。
どれぐらい歩いただろうか。途中で方向を失ってしまった俺は、自分が向かっている方角さえもわからなくなっていた。
体中の筋肉がきしむ。足には靴擦れが出来ている。一歩一歩が剣山の上を歩いているように痛かった。俺はついに、前方に川が流れている音を聞いた。結構大きな川だ。
俺は疲弊した足を上げ、倒れながら進むように前進した。
突然、足が滑った。踏ん張ろうと踏み出した先には、なにもなかった。草木にまるで落とし穴のように隠されていた大きな空間に、俺は落ちた。深い穴の底には、大きな水溜りがあった。俺はそこに落ちた。
足がつかない。服が水を吸って、重くなる。鼻から苦い水が入ってくる。俺は必死に手足をバタつかせ、なんとか手すりのようなものをつかむことができた。
手すり? いや、間違いではない。確かに、そこにあったのは銀色の手すりだった。
俺は水溜りから身を引き上げ、立ち上がった。
「うわっ!」
俺は思わず声を上げてしまった。
俺はバルコニーのような見渡しが効く場所に立っていた。手すりの先には、とてつもないほどの大きな地下空間が広がっていた。地下空間の床は、何百という数の電話ボックスほどの大きさの試験管で敷き詰められていた。
そしてなんと、恐ろしいことに、試験管の一つ一つには人間の赤ん坊が入っていたのだ! 俺は、ぞっとした。
クローン技術だ!
すると、あの液体は培養液だろうか。暗くて見えない天井から降りてきていて、試験管へと伸びている無数の管は、栄養分を運ぶチューブだろうか。大学の医学部にいたころ、このような試みをして逮捕された人について死生学の授業で学んだ。その研究者は、人をクローンしようとして、「自分」を常に存在させることによって「自分」の「死」を限りなく伸ばそうと考えた。だが、研究者は逮捕され、処刑されたも同然な扱いを受け、消えたものだと聞いている。するとこの研究所は、まさかその人のものだろうか? いや、その研究者はもう百年近く前に消えたのだ。では、これは・・・・・・一体、何だ?
すると、自分の位置からするとほぼ真下辺りに、車椅子に乗った人がやってきた。顔は角度の関係で、見えなかった。周りには何十人もの似た格好の男や女が大名行列を護衛する歩行衆のようにまとわりついていた。車椅子の人は、何かを見て回っているようだった。
俺は車椅子の人の顔を見ようと、急いで乗り出してバルコニーの手すりに手をかけた。しかし、腐食していた鉄製の手すりは柳のように俺の力を受け流し、俺はそのまま下に落下した。
俺は車椅子の目の前に落ちた。硬い床が俺の体に強い衝撃を与えた。俺は痛みで一瞬気が遠退いたが、何とか集中することができた。
車椅子の人は歩行衆と共に、驚きながら俺の方を見た。車椅子の人の顔は演劇用の仮面で隠され、髪の毛は真っ白でウェーブがかかっていた。仮面の男は笑い出した。男の声は老人のようにしゃがれていた。しかし、どこかで聞いたことがあるような声だった。
「カッカッカッカッカ・・・・・・・」老人は英語で話し出した。「これはこれは、なんという運命のめぐり合わせ! これで全てが上手くいく・・・・・・」
老人は、仮面を下げ、目の周りの輪郭を見せた。そこには、とても見慣れた目があった。小さい頃から知っている、俺のことをよく知っている人の目だった。
「お前の役目は分かるだろうな・・・・・・頭のいいお前のことだ、全てを悟るに違いない。これを実現させるために、一体どれほどの月日をかけたと思っているのか・・・・・・それが、あの無能な召使いめ、赤ん坊を持ち去って逃げるとは・・・・・・」と、老人は吐き捨てた。
その言葉を聞くと、老人の言うとおり、とたんに俺は全てを悟ることが出来たような気がした。
(ウソだ、ウソだ・・・・・・!) その思いだけが、繰り返し何度も、俺の頭をよぎった。
「さて、すぐに手術にとりかかるぞ! 私のために命を捧げるのだ!」
老人はそういい、仮面を剥ぎ取った。
(ちくしょう・・・・・・!) 俺の目から、涙がこぼれた。
仮面の下にあったのは、老いて変わってはいるが、間違えようのない顔だった。
俺の顔だ。
俺は、無言で老人を睨んだ。老人は、無言で俺を眺めた。一分間もこの状態が続いた。先に口を開いたのは、俺のほうだった。
「俺は、あんたのクローン・・・・・・人造人間ってわけか・・・・・・」
老人は、ニヤリと笑った。
「分かったか・・・・・・さすが俺の遺伝子を持つ男、素晴らしい発想力だ。そうだ、お前は俺のクローンだ。俺の脳を入れる、新しい容器となる肉体。それを提供するのだ、俺の命のために」
俺は目を閉じてこらえた。老人は続けた。
「人が永遠に生き続ける道は一つ。肉体の老いた細胞を新しいものと取り替えることだ。自分の脳と適合性がある自分と同じ遺伝子を持っている肉体に脳を移植すれば、新しい肉体を持った脳はいくらでも肉体が老いるまで長生きできる。そして、肉体が老いればまた新しい肉体を得て、不死鳥のように何度でも生まれ変われるのだ・・・・・・私の研究が成功すれば、人類の長年の夢、不老長寿が可能になる。お前は私の遺伝子を受け継いだただ一人のクローン。私の肉体は老いてもう長くない・・・・・・すぐにでもお前の肉体に私の脳髄を移植しなくてはならない」
俺は答えずに老人の目をじっと睨んだ。
「少しこの研究についての話をしよう」老人は続けた。「私がこの研究所を私産を全てつぎ込み建てたのは、八十年近く前にもなる。最新の器具をそろえ、最高のスタッフを雇い、俺は自分のクローンを作り始めた。しかし、クローンが正常な肉体を持ち、育つ確率は天文学的に低い。俺は最初の二十年間では全く成果をあげることはできなかったが、今から四十五年前、三十五年間の研究の末、俺はとうとう自分のクローンを一人作ることに成功した・・・・・・お前の歳を言ってみろ」
「・・・・・・今年で四十五だ」俺はうつむいて言った。
「だろう? お前はそのときに生まれたクローンなのだ・・・・・・。私は喜んで、赤ん坊を施設内で育てる準備をし、お前が成人して手術に耐えられる肉体になったら手術をするための準備をし始めたのだ」
「・・・・・・なら、何で俺は日本なんかで育ったんだよ」俺は言った。
老人は目を見開いて、車椅子の肘掛けを叩いた。「日本にいたのか!? 見つからないわけだ・・・・・・お前が生まれてしばらくして、私のもとで働いていた研究員の一人がお前を施設から持ち出してしまった。私はすぐに研究員を捕らえたが、赤ん坊は既にどこか違うところに行っていた。研究員はいくら拷問をされても赤ん坊のありかについて話さず、とうとう衰弱死してしまった。お前はその間にお前の親に拾われたのだろう。そうして私はお前を失ってしまった・・・・・・俺の計画は台無しにされてしまったのだ! ・・・・・・それからも勿論クローンを作り続けたが、何しろクローンが俺の脳に適合しやすい肉体に育つ確率は天文学的に低い。発育途中のクローンの屍が山積みになるだけの日々が続いた。二十年前も、一人の赤ん坊が生まれたんだがな。そいつは成長していくうちに俺の脳に適合しない肉体になってしまった・・・・・・」
もしかしたら、ハッタの娘が付き合っていた若者はそのクローンかもしれないと俺はふと思った。
「まぁ、それでも俺の今の体に適合する内臓を持っていたので、先週ここに呼び寄せて内蔵を全てもらったがな・・・・・・」
「!?」俺は顔を上げた。「殺したのか!?」
「ああ」老人は笑った。「ずいぶん抵抗されたがな・・・・・・記念に骸は保存液にぶち込んでおいた。見てみるか?」
老人は家来の歩行衆に合図をした。家来はどこかから大きなビンをカートに載せて持ってきた。保存液で薄い緑色に見えるビンの中には・・・・・・俺や老人に似た顔つきの若い男の、顔と骨以外の肉や内臓をほとんど失った無残な死体が浮かんでいた。
「うっ・・・・・・」俺は耐えられず、吐いてしまった。地下空間の硬い床に液体が広がっていった。外科医として働いていた頃から、血や肉に拒絶反応を起こすことなんてなかったのに・・・・・・。
「苦しいだろう」老人は言った。「人の死体でも辛いというのに、何せ浮かんでいるのは『自分』だからな。並の神経じゃ耐えられるはずもない」
ハッタが探していた若者は、騙してなんかいなかった・・・・・・逃げてなんかいなかったんだ・・・・・・。目の前にいる老人に肉体の全てを奪われ、命を落としていたんだ・・・・・・。愛する人も見つかり、これから人生を謳歌しようとしているときに・・・・・・。
老人は告げた。「心配することはない。ここには俺が世界中から集めた優秀な医者に医療器具が山ほどある。何も感じないうちに手術は終わる。悲しむことはない、お前は俺が次のクローンを作るまでの間、俺の脳の容器として、ちゃんと残れるのだ。少々歳をとってはいるが、ないよりはマシだろう・・・・・・」
俺は抑えられながらも必死に叫んだ。「断る! 何でお前みたいなやつのために死ななきゃならないんだ! 人のことを持ち主みたいに言いやがって! 人の命を軽く考えるな!」
老人は眉をひそめた。「クローンの分際で何を私に説教しようとしているのだ。笑止! ・・・・・・私の苦労も知らずに。私のような優秀な人間は、長く生きて社会に貢献する必要がある。そのためには、たとえ何人のクローンを犠牲にしようと、研究所に近づくやつを抹殺しようと、構わない! 全ては人類のためなのだ!」
すると、家来が一人、老人の近くに顔を寄せて耳に何かを囁いた。老人はニヤリと笑った。
「クローンはクローンらしく、持ち主に従えばいい・・・・・・さもないと、お前をここの近くに連れてきた男のような目に遭うぞ?」
「な!?」
「お前が落ちて来た穴の近くに、お前を探している模様の中年の男がいたので、基地を見つけられたら困るので先ほど射殺したとの話だ・・・・・・」
俺は憤怒の衝動を抑えられなかった。
「うおおおお!」
俺は車椅子の老人に全身の力を込めて飛びかかった。しかし、車椅子に触れる前に素早く家来に取り押さえられ、地面に押し付けられた。
「ハッタが何をしたというんだ!! 何故殺した!!」俺は力を込めて声を張上げた。
老人は諭すように言った。「今でもクローン技術は世界中で快く見られてない・・・・・・私が技術を完成させるまでは、基地のことは誰に知られてもいけないのだ。人類のためなのだ・・・・・・貧乏な島のさえないオヤジを一人犠牲にして、誰が困るというのだ・・・・・・」
「ハッタには娘がいるんだぞ! お前が殺した若い男のフィアンセだったんだ!」俺は声を絞るようにして出した。
「そんなこと、知ったことではない。よくいうだろう? 千人の命を救うためならば、迷わず百人の命ぐらい切り捨てよ・・・・・・と。人類のためなのだ! さぁ、いざ手術へ! お前は私から生まれたクローンとして、また私の一部として生まれ変わるのだ・・・・・・」
老人は合図をまたして、家来の人達は俺を起こし、連行し始めた。
俺は激しい憤りを感じていた。ちくしょう、自分の素性なんて調べようと思うんじゃなかった! 知りたくなかった、こんな腐った素性なら・・・・・・。
俺は力を振り絞り、家来のやつらを張り飛ばした。そして、素早く懐に手を伸ばし、ハッタの車から持ってきていた小型の爆弾を取り出した。俺は後ろに跳び、一番近いクローン培養の試験管に背中を寄せ、爆弾の安全ピンに指をかけた。
「何をするんだ!」老人は慌てて叫んだ。
「来るな! これは爆弾だ! この部屋ぐらい簡単に吹き飛ばすぞ!」俺は言った。「人のことを部品みたいに言いやがって! お前にとってはただの部品に見えても、どんな人だって、いなくなれば悲しむ人はいるんだ! 何でこんな研究を続けるんだ!?」
「黙れ! 何度言っても分からないクローンだな! 人類のための発展は犠牲を伴うのだ! 大いなる発展のためにちっぽけな命を捨てて何が悪い! 私にはこれからもずっとここでクローン技術を発展させ、秘密を死守していく義務があるのだ!!」老人は初めて大声を出した。老人は家来に向かって言った。「奴を捕らえろ! 傷つけても構わん! 殺さない程度に・・・・・・殺せ!」
家来のやつらは銃などの様々な武器を取り出した。
「人の命を軽く扱うことが、人類のためになるはずがないだろう! お前は結局死ぬのが怖いだけじゃないか!!」俺は叫んだ。
しかし、老人はひるんだものの、家来達が止まる気配はまったくなかった。
大きな汗のしずくが俺の額を伝って床に落ちた。
家来達がじりじりと寄ってくる。
(まずい・・・・・・何か手はないか、何か生き延びる方法は・・・・・・)
俺はあたりを見回した。すると、すぐ近くに巨大なクローン製造装置のエネルギー源となっているであろう燃料が沢山積んである山が見えた。
そうしている間もなお、家来達は武器を持って少しずつ近づいてきている。
(ちくしょう・・・・・・どうせ死んでしまうのなら、この腐った研究所だけでも・・・・・・)
俺はそう考え、素早く走って燃料を背に老人と家来達のほうを向いた。そして、安全ピンを持っている手に、力を込めた。
「待、待て!」と、老人は叫んだ。
しかし、老人が叫び終わらぬうちに、老人の家来が飛び掛ってくる前に、俺は安全ピンを引き抜いた。一瞬にして、全てが、まぶしい光に包まれた。
まるでスローモーションで見ているような感じだった。燃料が引火し、近くの試験管から粉々に砕けて行った。巨大な研究室の四方の壁さえも歪むほどの爆風と熱風がかけめぐった。自分の体も風に乗って、軽くなっていくような感じだった。全てが灼熱の炎に飲み込まれててゆく。空間が崩れてゆく。
俺は、俺の人生を生きてきた! 誰のクローンでもない! クローンだから命を捧げろだって? ・・・・・・誰だって生きる権利はあるんだ!! それを否定する権利なんて、誰にもありゃしない!!
俺はそう心で叫び、目を閉じた。