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雨雲病


 千五百回目のレースは終わり、潮吹き山の麓では後夜祭が始まろうとしていた。

 さっきのレースでの一件を指摘する声も上がってたけど、そういう演出だということで町長のおっちゃんが丸く収めていた。奇しくも、千五百回目のレースに特大花火が打ち上げられた。そういう筋書きだ。

 後夜祭では、潮吹き山の麓にたくさんの屋台や出し物が開かれる。レースの参加者は遅くまで飲み明かすのがしきたりだけど、シズクを待たせてるから今年も少し顔を出して帰るか。


「……どうした、ジェシー」


 ライダーたちが集まっているテントに向かおうとすると、不満そうな顔を浮かべたジェシーに服の裾を引っ張られた。


『……りんご飴は?』

「おっと、忘れてた」


 そういえば優勝したらりんご飴を好きなだけ食べさせるって言ってたっけ。賞金は出たものの、おっちゃんに取っておいてもらったりんご飴を買い取ったら相当な出費になる。とはいえ、賞金をもらえるのもジェシーのおかげだから仕方がないか。


「……兄さん」


 ふと、りんご飴の袋を抱えて屋台を後にすると、背後から聞き慣れた声を掛けられる。振り返ると、白い日傘を差して麦わら帽子を被り、白い外套で肌を隠した人影が佇んでいた。日傘と帽子に顔を隠していても、どこか儚げな佇まいを見間違えるはずがない。


「シズク! どうしてここに!」


 人影が麦わら帽子の鍔を上げると、片目を閉じて悪戯に成功した子供みたいに笑うシズクと目が合った。


「今日は大事な日なので、来てしまいました。ちゃんと日に当たらないようにしてきたので大丈夫ですよ」

「父さんに馬を出してもらったのか」


 シズクは、太陽に嫌われている。俺が普段シズクと森の中で暮らしてるのは、森が日差しを遮ってくれるからだ。潮吹き山の麓まで歩いて二時間はかかる。その間、ずっと日差しを避けるのは無理がある。

 馬車の荷台に乗って行けば歩くよりもよっぽど早いけど、それでも日に当たる可能性はある。わざわざ見に来なくても、帰ったらレースの話をしてやれるのに。


「最初は止められたのですが、無理を言って連れて行ってもらったんです。毎年、兄さんの話を聞いているだけじゃ我慢できませんから」


 何を言おうか迷っていると、シズクは花が咲くように笑った。

 そう言われたら怒るに怒れないな。まあ、最初から怒るつもりなんかないけど。それよりも一つ気になることがあった。


「そういえば、父さんは?」


 馬車で来たってことは、父さんも会場に来ているはずだ。もし来てるなら、レースの事や今日あったこと、話したいことがたくさんある。


「私をここに送ってくれた後、すぐに仕事に行ってしまいました。明日には帰ってくると言っていましたが……」

「そっか。残念だな」


 父さんにも今日の話をしたかったけど、父さんはシズクの薬代を稼ぐために毎日働いてるから仕方ないか。


「でも、兄さんのレースは一緒に見ました。かっこよかったって言ってましたよ」


 父さんが若い頃は腕利きのドラゴンライダーだったみたいで、過去にはこの大会を何度も優勝しているらしい。父さんが飛んでいるところは見たことがないけど、父さんの記録を超すのが俺の目標の一つだ。


「……さて、日差しも強くなってきたし、そろそろ帰るか」

「ジェシーには乗せてくれないんですか?」

「そうしたいところだけど、ジェシーの背中はよく日が当たる。風も強いから、何か羽織っていても意味がないしな」

「それは残念です。雨雲病さえなければ、兄さんと一緒に大空を飛べたのに」


 シズクは生まれつき、日に当たった部分が焼けただれてしまう病気――雨雲病を患っている。小さい頃から外に出ないで暮らす日々を思えば、外に出たくなるのは仕方がないと思う。だからこそ、俺はジェシーに乗って世界中を旅して、世界一のドラゴンライダーになると決めたんだ。そして、世界中の景色をシズクに教えてやるんだ。


「でも、今日は兄さんがドラゴンに乗っているところが見れてよかったです」

「はは、そうだな」


 優勝トロフィーなんかより、シズクの笑顔の方がずっとうれしかった。

 本当は父さんとレースの話をしたかったけど、明日には帰ってくるって言うから楽しみだ。ログハウスに向かって飛んでいくジェシーを二人で見送った後は、子供の時みたいにシズクの手を握って会場を後にした。

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