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出立


「……ふう、必要な物は大体揃ったな」


 シズクが眠りについた後、俺は父さんの倉庫から地上で必要そうなものを選別していた。食料はかさばるから現地で調達するとして、それに使う道具――弓やロープなんかは絶対必要だ。それに、危険な動物――例えばドラゴンなんかに襲われたときの武器にもなる。ドラゴンを攻撃したくはないけど、空で大型のドラゴンに襲われたら、戦う力のないジェシーの代わりに俺が戦わないと。


 倉庫の扉を開けて外に出ると、いつものように小屋で眠っているジェシーが目に入る。小屋の上にはいつも小鳥が止まっていて、そこだけのどかな雰囲気だ。ジェシーの近くは襲われないことを学習してるのかもしれないな。


 小鳥たちには悪いけど、そこの白いのには大事な用があるんだ。


「起きてるだろ、ジェシー。そろそろ行くぞ」


 声を掛けると、ジェシーはのそのそと名残惜しそうに小屋から出て、くあ、と大きく欠伸した。今から危険な地上に行くとは思えない緊張感のなさに不思議とこっちまで気が緩みそうだ。


『こんな早くに行くの?』

「明日になれば父さんが帰ってくる。絶対に止められる」

『誰も帰ってきた人がいないんだよ? きっと、すごく危ないんだよ』


 多分、これが最後の忠告だ。こんなところで怖気づくなら、最初から行かない方がいい。


「命の花が咲いてるようなところだ。きっと、すごくいいところだから誰も帰らないんだ」


 ジェシーが呆れたように身を震わせても、俺の決意は変わらない。俺だって、自分が馬鹿なことをしていることは分かってる。だけど、一度確かめたいんだ。本当に、世界は広いのか。世界一のドラゴンライダーが世界の事を何も知らないなんて、それこそ笑いものだからな。


「ほら、行こう」

『危なくなったら帰るからね?』

「大丈夫だって。ちょっと地上まで行って、花を取ってくるだけだ。自然だろ?」


 ジェシーは呆れたように体を震わせた。俺には、シズクには時間がないんだ。

 白い背中に飛び乗って、いつものように空へ向かって指を差す。こんな早朝に警備隊に見つかれば絶対に怪しまれる。なら、どうすればいいかはこの空の様に明白だ。


「ジェシー、うんと高く飛べ!」


 その声を置き去りにして、目を開けていられないくらいの風が全身を包み込み、小屋だけじゃなく、森が豆粒くらいの大きさになるほど高く飛び上がる。いつも買い物に行く街も今では掌くらいの大きさだ。それなのに、この島は眼前一杯に広がっている。ジェシーに乗っていっても、島の端まで一時間近く掛かる。これが生き物だなんて、信じられなかった。真下には肥沃な大地と活気のある街並みが広がっている。商店街も教会も、小さすぎて見えないくらいだ。たくさんの人や動物や植物がたった一匹の生き物の上で暮らしてると考えるとなんだか不思議な気分だった。


 空気が明らかに薄くなり、風がいつもより冷たく感じるほど高い。そして、いつもよりもずっと広い世界が周りに広がっている。それなのに、空の端っこも見える気がしなかった。


「……なあ、世界の果てってどうなってるんだろうな」


 誰もいない上空で、ふと気になってつぶやいた。街や人が見えなくなるほど高く、空気も薄い雲の合間。本来、聞いているのは風や鳥くらいだ。大空の一人旅。静けさはあれど寂しさは無い。何故なら、相棒ジェシーと一緒だから。


『いきなりどうしたの? レイン』


 返ってきたのは、幼い少年のような高い声だった。耳からじゃなく、頭に響く声。その正体は、俺を背中に乗せて大空を飛ぶ純白のドラゴン――ジェシーだ。純白の羽毛に包まれた翼で空を泳ぎ、気候すら操る力を持つと言われる伝説の存在、飛竜の子供。まだ人の背丈と同じくらいの大きさだけど、力強く空を飛ぶ姿は立派なドラゴンそのものだ。


「俺は世界一のドラゴンライダーになるんだ。世界の果てくらい見ておきたいと思ってさ」

『世界の果てまでなんていけないよ。すぐに帰らないといけないんだから』

「そんなに広いなら、いつか行ってみたいな」


 生まれてからずっと故郷の島から出たことがない俺にとって、外の世界はあこがれだった。それに、危険だからって世界から逃げ続けていたら世界一のドラゴンライダーになんかなれるはずがない。

 ジェシーは呆れたようにため息を吐くと、白い翼で一際強く羽ばたいた。


『……世界の果ては、ここだよ』

「その心は?」


 質問が返ってくると思わなかったのか、ジェシーは上を向いて考え始める。言っても聞かない子供を窘めているような、そんな大人みたいな雰囲気があった。


『……そうだね。例えば、ここから真北にずっと行くと、どうなると思う?』

「そりゃあ、世界の果てに着くんじゃないか?」

『そうだね。同じ方向にずっと行くんだから、いつかは世界の果てに行き着くはず。そう思って試してみた知り合いがいるんだ』

「知り合いって、ドラゴンの?」

『うん。故郷で一番強いドラゴンでね。世界の果てを見てくるって言ってたんだ。でも、ずーっと帰ってこなかった。みんな、死んだと思ってた』

「それで、ドラゴンはどうなったんだ?」


 純粋な興味から尋ねると、ジェシーは思い出すように上を向いた。


『みんなドラゴンの事を忘れてたんだけど、三年後に急に帰って来たんだ。みんな驚いてたけど、本人が一番驚いてた』

「寂しくなって、無意識に故郷に向かってたのかもな」


 ジェシーはゆっくりと長い首を横に振る。


『そのドラゴンは北に向かっていただけだったんだ。少なくとも故郷に戻ろうなんて考えなかったし、真逆の方向に向かっていった。なのに、気づいたら元の場所に戻っていた』


 確かに、考えたらおかしな話だ。なんで同じ方向に向かっていったのに、ドラゴンは元の場所に戻って来たんだろうか。ドラゴンのスピードで何か月もかけて離れたら、目印がない限り元の場所に戻れるわけがない。空の上でも迷わないドラゴンであってもだ。


「……つまり、世界の果てなんてないってことか?」

『夢見るだけ無駄だってこと。世界は、意外とそんなもんだよ』


 そういえば、ジェシーは島の外から来たんだったか。きっと、俺よりもずっと世界を知ってるんだろうな。


「そいつは良い。つまり、誰も世界の果てを知らないってことだろ?」

『まあ、そうだけど』

「一番強いドラゴンでも戻ってくるまで三年かかるくらい広いんだ。だったら、世界の果てなんかより面白いところがあるかもしれない。俺は、それが見たくてドラゴンライダーになったんだ」


 ジェシーは何か考えてるみたいだったけど、すぐに白い体を震わせた。


『じゃあ、いつか連れてってよ。そんな楽園に。ボクだって、それが見たくてレインについていくことにしたんだ』


 ジェシーはそう言って、より一層強く羽ばたいた。

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