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八色の魔女  作者: 夢現
第1章 春焦がれ
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9.恋の魔法(後)―――ラウラ

三者三様にやらかしております

 今日は薬屋の営業日でもなく、またその他急を要する予定もない。

 ラウラは調合部屋に引き籠り、のんびりと先日花街で受注した薬類を生成していた。

 ケントは今日も仕事に行っているが、鼻がいいケントは残り香でも結構きついだろう。

 ラウラは休憩がてらお茶を淹れようと湯を沸かし始め、ついでに緑の魔術を込めた魔結石に魔力を流して換気を始めた、そのとき。


 からら、からら、と乾いた音が鳴り響いた。


(礼拝堂の扉が開けられた……。今日、来客の予定なんてなかったはずよね……?)


 ラウラは部屋に駆け込み髪を纏めていた髪紐をほどき、色変えの魔法を込めた魔結石付きの髪紐で髪をくくり直す。鏡の向こうの自分の髪色が栗色に変わったのを確認して、魔女の証の一つである片方だけの金眼を隠すために眼帯を付けた。

 何事もなかったかのように居間に出たそのタイミングで、ノッカーが扉を叩く音がする。


「どちら様?」

『セアル・ペイルーズだ。アネスに頼まれて、『影津波』の報酬を届けに来た』

「そういうことなら、どうぞ」


 鍵を開けて、招き入れる。が、セアルは何故か酷く狼狽して仰け反った。


「セアル、どうしたの?」

「この匂いは……?」

「え?」


 慌てて自分の袖口の匂いを確かめるも、少し甘い匂いがするだけで特に何も───


(………あ)


 部屋に匂いが充満することは予想していたけれど、自分にも匂いが付いているということを忘れていた。今まではケントが帰ってくる前にお風呂を済ませていたから、問題にならなかったのだろう。

 それはさておき。


「セアル、大丈夫?」

「…………………………あまり」

「だよね」


 顔が赤くなり、僅かに発汗している。呼吸も荒くなり、瞳孔も散大。耳も落ち着きなく動いている、と、実に分かり易い興奮状態だった。

 わー、匂いだけでこんなになるんだーー。と半ば感心して眺めていると、セアルがぎこちなく目を逸らす。血の巡りがよくなって顔が赤くなっているからか、いつも以上に恥ずかしそうに見えた。


「ラ、ウラ。その、あまり見ないでくれると嬉しいんだが……」

「ごめんなさい。……鎮静作用のあるお茶淹れてくるから、少し待っててくれる?」


 セアルを居間に座らせ、ラウラは台所に引っ込む。そういった薬の類が効きづらく、また獣人ほど鼻の利かないラウラは、ついに己の失策に気付けなかった。


 湯が沸いていたのは幸いだった。茶葉やハーブを手早くブレンドしてポットに入れ、湯を注ぐ。お客様用のカップを二つ食器棚から出して、セアルへのお詫びに木の実の沢山入ったクッキーを添えて居間へと急ぐ。

 すると、クッションに身を預けていたはずのセアルがいない。


「セアル?」


 ローテーブルにお盆を置き、セアルがいたはずのところへ回り込む。そうすると、何かを踏みそうになった。


(………足?)


 暖かそうな靴下に包まれた足が、絨毯の上に投げ出されている。視線を上へ上げていくと、案の定セアルの足だった。


(………何で?)


 お茶を淹れてくるだけの僅かな時間に、何故セアルがぶっ倒れているのか。換気はきちんとしているはずだし、部屋が暖かすぎるとかいうわけでもなさそうだが。

 顎に手を当てひとつひとつ丁寧に状況を検証していくと、答えはすぐに出た。


(室内の方が、匂いが濃いのね)


 単純な話だ。調合室は室内にあるから、いくら換気をしているとはいえ室内の匂いの方が濃いに決まっている。


(……どうしようかしら、これ)


 媚薬、といってもその実色々元気にさせるだけのお薬であって、決して毒ではない。生理現象強化薬と言った方がいいぐらいの代物である。


(とりあえず、お茶飲んでもらおう)


 セアルの傍に屈みこみ、肩を揺さぶる。


「セアル。お茶が入ったけど、飲めそう?」

「………」


 ぼんやりと熱に浮かされた目に、ほんの僅かな炎が揺らめく。

 嫌な予感に身を引いたときにはもう遅く、ラウラの唇は何か柔らかいもので塞がれていた。


(あらら)


 どうやら、キスをされているらしい。お腹辺りと後頭部に手が回されていて、逃げられそうにない。唇を撫でる熱いものは、舌だろうか。唇を開けと催促されているようだ。


(そこまでは、さすがにね)


 諦めたのか、唇が解放される。ラウラ、と甘くかすれた吐息と共に、頬にすり寄られた。

 頬にも音を立てて口付けられ、それはどんどん下へと降りていく。

 セアルのためにも抵抗すべきなのだろうが、ラウラはそれをしなかった。


(なんて、幸せ)


 『白』の魔女は、愛欲を司る。それ故にラウラは愛することを、愛されることを何よりも欲する。

 セアルの行う、マーキングと呼ばれる行為。

 それにラウラの魔女としての欲は、大いに満たされていた。


 首にまで達したセアルの唇は、ちゅ、ちゅ、と軽く音を立てながら何度も何度も口付けを繰り返している。不意にぺろりと舐め上げられて、思わずラウラは仰け反った。


「んん……くすぐったいわ」


 微笑むのを抑えるのが大変だ。気を抜けば、うっかりにやけてしまいそう。

 ちら、とラウラを見上げたセアルは、再び首を舐め始める。時折唇で撫でるようにして、愛撫に夢中になっているようだった。

 首をくすぐる甘い刺激に、ラウラはどこか恍惚として。投げ出された手にセアルの指が絡んできても、すりすりと頬ずりされても、うっとりとそれを受け入れている。


 特に反応がないことが不満だったのか、セアルは本能の告げるままに、首を甘噛みした。

 ぴく、と跳ねたラウラの身体をより一層強く抱き締め、甘噛みと口付けを与え続ける。

 ふと身を起こしたセアルは、意識されぬまま小さく開いた唇を見付けた。愛おしげに頬を撫で、緩やかに身を屈めていく。

 愉悦に溶け落ちかけたラウラの意識は、肌のすぐ近くで感じた吐息に、ほんの少しだけ浮上する。あまりの近さにぼやけた視界は、柘榴石のような深紅で占められていて。


「こんにちは、可愛い可愛い僕のまじょ─────って、取込み中だった? 退散した方がいい?」


 突如響き渡ったやけに元気よく扉が開かれる音に、空気が凍る。

 やたらと陽気な誰かの声に、ちらりと動いたラウラの瞳に、セアルの理性はたちまち引き戻された。つい先ほどまでの己の行動と現在の状態に蒼褪め、飛び上がらんばかりの勢いでラウラを放し後ずさる。

 そして。


「───────すまなかった!!」


 セアルは、芸術的なまでに美しい土下座を決めた。

 己が欲を満たされて悦楽に浸っていたラウラは、頭を軽く振ってそれを頭の片隅に追いやる。そして、自分の周囲の状況を確認してみた。


 まず玄関付近には、神出鬼没な顔見知りのにこにこ笑顔。

 目の前には、ものすごく綺麗な土下座を決め込むセアル。

 テーブルの上でポットが上げる、湯気がむなしい。


(一言で言えば───────)



 混沌(カオス)だった。

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