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八色の魔女  作者: 夢現
第1章 春焦がれ
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4.我に祝福を(前)―――セアル

人と魔獣の生存闘争について

 朝二つ目の鐘が鳴ってすぐ、まだ街が寝ぼけている時間。セアルは執事から、ラウラが来たと知らされた。


「薬の受け取り、代金の支払いはこちらで済ませますが……いかが致しましょう」


 とりあえず応接室でお待ちいただいておりますよ、と兎族群生種の執事は微笑んだ。


「………すぐに向かうと、伝えてくれ」

「かしこまりました」


 寛いだ部屋着姿だったセアルは、あたふたと街に出る服装に着替えるのだった。


「待たせたか、ラウラ」

「ううん、そんなに。お茶を頂いていたから、待たされた感じはしなかったよ」

「……そうか」


 後で采配をしてくれた執事に礼を言おうと心に決めた瞬間だった。ラウラが紅茶を飲み終わりかけたタイミングで執事が薬の代金が入ったバスケットを持ってくる。相も変わらず空気を読むのが本当に上手い。扉越しに聞き耳を立てているのでは、と何度も疑った覚えがある。


「じゃあ私は一度、家に戻るから」


 これで、と言われているような気がして少し焦った。


「俺も行く。……『影津波』が近いかもしれないんだ。ラウラの住まいはアトーンド(ここ)より『影の森』に近いだろう」

「そうだけど……」

「決まりだな。行こう、ラウラ」

「お気をつけて、セアル坊ちゃま」


 執事の一言に、気恥ずかしさが噴き出した。顔が赤くなっていないことを祈りたい。


「坊ちゃま……」「行ってくる!」


 さっさとホールを横切り、玄関扉を開き広い庭を突っ切る。ラウラはまだ少し、笑っていた。


「坊ちゃま………改めて、セアルって本当に貴族だったんだね」

「今更だな……」

「だって、坊ちゃま………」「それは忘れてくれ今すぐに」

「忘れられたらね」「忘れてくれ!」


 あの好々爺然とした執事の、ほっほっほと笑う声が聞こえた気がした。やっぱり礼を言うのは止めておこうか。

 緩く雪の舞う中を、二人並んで歩く。流石に街中は雪かきがされていたが、裏門から出ればそこには深く雪が積もっていた。ラウラは慣れた様子で雪を踏み、道を作りながら自分の住まう廃教会に真っ直ぐ進んでいく。


「よく道を失わないな」

「慣れてるからね。朝来るときに作った道もまだあるし」


 足早に歩いたお陰か、思いのほか早く廃教会に辿り着くことが出来た。バスケットを置きに行くというラウラが祭壇下に消えたので、セアルは手持無沙汰になってしまった。

 天井がなくなったせいで雪の積もったベンチの雪を払い、座る。尻から直に寒さが沁みてきて、座らなきゃよかったと真面目に後悔するも時既に遅し。諦めて、ぼうと景色を眺めた。


 長い年月の末、ステンドグラスからは色硝子が落ちて枠だけになっているところも多い。描かれているのは芝居なんかでもよく見る、かつての魔女狩り戦争の様子。人族と、五種の獣人と『白』の魔女が共にその他の色彩纏う魔女に立ち向かう姿。

 己の先祖である、兎の耳持つ獣人の姿を認めてセアルはちょっと変な気持ちになった。


「お待たせセアル。寒かったでしょう? アトーンドに戻ったら、暖かい飲み物でも奢らせて」

「お言葉に甘えよう」


 廃教会の崩れた塀から外に出て(門は歪んで開かなくなっているらしい)、作ったばかりの道を辿ってアトーンドに戻り、宣言通りにスープを奢ってもらった。よく煮込まれたタマネギは甘く、歯を使わなくても簡単に食べれてしまう。


「あぁ……美味いな」

「そうだね……」


 木の器をスープ売りの屋台に返し、ぶらぶらと屋台を冷やかしている、その最中。

 ふ、とラウラの纏う気配が変わった。どこか酷薄な目に、ラウラの存在が普段より遠くなる。


「ラウラ─────」「セアル」


 冷やかで硬質な、翡翠そのもののような右の瞳。眼帯に隠れた左目も、きっと同じ光を宿しているのだろう。


「魔獣が………『影津波』が、来る」


 ざわ、とそれを聞いていた兎族、勿論他種もざわめきだす。皆、ラウラが何の根拠もなくそんなことを言わないと分かっていたから。

 セアルは目を閉じ、体から力を抜く。呼吸は深く、ゆっくりと。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。───止める。

 セアルの耳は微かな地響きと、魔獣の鳴き声をとらえた。アトーンドからは、まだ遠い。


「そこのお前、警務隊に。兎族も他種も、避難を呼びかけてくれ。『影津波』はまだ遠い。パニックにならないように」


 兎族王種、赤眼種であるセアルに命じられた兎族の民たちが、弾かれたように『影津波』の襲来を叫びながら走り出す。それに釣られて他種も四方八方に駆け出した。

 外壁の六角の見張り塔からも見えたのか、『影津波』の訪れを告げる鐘の音が鳴り響く。それとほぼ同時に、ふわりと頭上に影が差した。


「フラウ! 街に居たの?」

「ああ……満月が近いからな。『影の森』近辺の見回りをしてたらどうも様子がおかしくて。うちの民たちを避難させてから、狩人たちを呼んできた。……来ちまったな」

「……そうだね。でも、来てしまったものは仕方ないよ。私たちも向かわないと」

「鐘の音の方角からすると、北西か。急ごう。………ラウラ」

「セアル、私は薬師であると同時に魔術師なの。止められても勝手に行くんだから」

「諦めろって、セアル。こうなったラウラは梃子でも動かないって知ってるだろ」

「知っている……安全なところから、離れないでくれよ」

「ええ、勿論」


 フラウ、ラウラ、セアルの三人で市壁に上る。階段は正門と裏門の横と、六角の見張り塔にしかない。遠回りしなければならない自分たちとは違い、真っ直ぐに市壁上に向かうことが出来るフラウに上にいるであろうアネスへ協力を告げてもらうことにして、ラウラと共に小走りに階段を上る。

 上りきった先、忙しげに動き回る警務隊員たちに指示を飛ばす背中があった。警務隊の中で紋章の染め抜かれたマントを着ることが出来るのは、隊長だけ。

 アネスが足音を聞きつけ振り返り、セアルとラウラの姿を視界に収める。


「来たか、セアル。………ラウラ殿も、来てしまったのだな」


 思わず、といった風情でそれを口にしてしまったアネスは、冷やかな翠の瞳にぶち当たることとなる。


「何故兎族の人々はみんな私を避難させようとするの?」

「すまん! そういうつもりでは!」

「わかってる、冗談だよ」


 到底冗談とは思えぬほどに不貞腐れきった眼光だった、という言葉はその場にいた全員がそっと心の奥にしまっておくことにしたようだった。


 閑話休題(それはさておき)


「作戦はいつもの通り。私たち警務隊と冒険者、狩人、近接戦に向いた方は外で『影津波』を食い止め、魔術小隊と魔術師、および弓などを使う方は外壁上から援護していただく」


 様々な返答にアネスは頷き、一層声を張った。


「では、各々準備に入ってくれ!!」


 セアルは腰のベルトに下げた大振りのナイフがきちんと止まっているか、靴に仕込んだ隠し刃が問題なく出るかを確認。大雑把に衣服もチェックするが、セアルは戦闘方法の問題でかなり軽装だ。チェックはすぐに終わってしまった。

 手持ち無沙汰になったから外壁の向こうに目をやれば、迫る雪煙が見える。


「もうだいぶん近いね」

「………そうだな」


 声のした方にちらりと目をやると、その横顔は黒い眼帯で占められている。


「ラウラの準備は終わったのか」

「うん。私は普段から媒体(つえ)を使っていないから」

「そうだったな」


 人族は獣人のように抜きんでた身体能力や秀でた感覚を持たぬ代わりに、魔力が獣人より多い。だから魔術の発動を助け、威力を高める媒体(つえ)を必要としないのだろう。

 二人黙って外壁に迫る『影津波』を眺めていると、アネスのやたらめったら大きな声が出撃準備の完了を告げた。


「ラウラ」

「何?」


 ラウラに向き直って跪き、いつもより上にあるその顔を見つめる。


「戦に赴く我に、どうか祝福を」

「───授けましょう」


 ラウラは真っ直ぐにセアルを見つめて、魔術の詠唱でもするように高らかに詠い上げた。


「戦に赴く勇ましき者よ、汝に太陽と大地の祝福があらんことを!」


 頬に冷え切った手が添えられ、額に暖かで柔らかなものが触れる。ほんの一瞬の、祝福の口づけ。


「───行ってくる」

「気を付けて」


 セアルはラウラに背を向けて、歩き出した。

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