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「ジュリオ様、母のことをご存知なんですか?」
自分の荷物など一つも持っていない私は、ジュリオ様が娼館へ来るのに使ったやけに豪勢な馬車に乗せられ、どこかへ運ばれていく。ミミとミレーナは後程迎えを出すといっていたので、私だけVIP待遇というわけだ。
「……その前に聞かせてくれ。どうして私の名前を知っている? 誰かに聞いたのか?」
馬車の中でずっと眺めていたので流石に少しだけ免疫がついた顔面の破壊力が凄まじい悩ましげな顔のジュリオは、窓枠に頬杖をついて私に問う。
いやそんなダラけた仕草でも色気があってすごいよ。娼婦なんて目じゃないくらいだ。いやー、売れますよこの顔は。看板クラス。
あぁ、顔が良すぎて思考が脱線した。そんなもの、乙女ゲーム(たゆひつ)で攻略したことがあるからですなんて言えるはずもない。だが見たところ、たゆひつで登場していた時より少々若そうだ。
「ミレーナさんに聞きました」
「……そうか。そういえば、あの娼婦も屋敷に来ていたな」
「そうなんですね? そのあたりは聞いたことないんですが、母とは外で?」
「そうだ」
それ以上説明してくれる雰囲気はなさそうだったので、勝手に妄想することにした。
たゆひつの攻略対象――ジュリオ・ヴァレンティの年齢は、本編開始時点で27歳。今は見たところ20代前半といったところか、少しだけ若さを感じさせる。
だが、10年前に亡くなった母を知っていたとして、その時は10代前半ということになり、当然ながら娼館の客であったはずがない。モンテッラに年齢制限はなかったはずだが、精通前の男児が客として訪れることはないからだ。
そこで重要なキーワードが、「あの娼婦も屋敷に来ていた」という点。ミレーナのように芸事の達者な高級娼婦は、町の外に出て仕事をすることがあるのだ。
たしか、話に聞いたフィネはたいへん踊りが上手かったらしく、一緒に貴族の屋敷にお呼ばれすることが多かったと言っていたっけ。
踊りも楽器も盤上遊戯も全般こなすミレーナと、踊り一つに特化して人を魅了するフィネ。二人はよきライバル関係を築いていたと聞く。
となると、自由に使えるまとまったお金が出来たので、昔憧れた踊り子を買いに来たが既に故人だったため、代わりに娘を身請けした――といったところだろうか。
残念ながら、たゆひつ本編でそのような事情は描かれていない。非攻略対象を含めイケメンまみれの乙女ゲーム、たゆひつの中でも顔面偏差値が最も高いとまで言われており、人気も相当高いキャラであったが、娼婦に憧れてるなんて話はない。
「あ」
「ん?」
そういえば、シナリオライターがファンからの質問に答えるライブ配信で、ゲーム本編では語られないジュリオ・ヴァレンティの過去について触れられたことがなかったか?
ジュリオは、公爵家の跡継ぎであるにも関わず27歳の時点で未婚だ。
しかし彼に昔から仕えている使用人曰く、その昔、ジュリオ様には想い人が居たとほんの少しだけ語られており、そのキャラに登場予定はありますかという質問に対し、「故人なのでありません」とすっぱり切られていたのを思い出した。
「ジュリオ様の想い人が私の母で、私はその娘だから――」
ぶつぶつと呟いていると、ジュリオ様はぷっと吹き出した。
「何ですか?」
「あ、いや、そんなところも似ているのだな」
「そうなんですね?」
あれ、お母様も集中すると周りが見えなくなるタイプ? 私は遺伝関係なく前世からよく言われたよ!
「ひどく美しい人だった。――あの夜、私はよほど熱い視線を向けていたのだろうな」
「ふむふむ、続けてください」
「…………まぁ色々あった。以上だ」
「語りたそうな雰囲気だったじゃないですか。何なんですか言いたいんですか言いたくないんですかどっちなんですか」
「笑わないか?」
「笑いませんよ」
「君は私の子供だ」
「ぐぶふっ!!」
なんかものすごい変な声出た。
は? え、どういうこと? あ、そうだよね養子に迎え入れるとか言ってたよね、そういうこと――じゃないよね今の言い方。
「あの、娼婦の子供なんて、言っちゃ悪いですが種が誰だったかなんて分かりませんよ」
「普通はな。だが――」
「だが?」
「私は、あの日が、その、初めてだったのだ」
「ふむふむ」
「その後10年以上経つが、未だに一人とも行為を成すに至っていない」
「え?」
あら意外。普通お貴族様なら本妻が居なくても妾くらい居てもおかしくはない。
だって公爵家だよ。まさかの素人童貞? っていうかお母様、何歳の子に手を出してるんですか? その頃のジュリオ様、10代前半ですよ? ショタコンですか?
「あれ? でもだからって、私がジュリオ様の実子であるとは限りませんよね」
面白い話を聞けたが、それはそれ、だ。
ジュリオ様が初めてでも、母は違う。娼婦人生で、何百どころか何千もの男性の種を受け入れたはずだ。その中の一人がジュリオ様だとしても、私の誕生日すら知らないはずなのに自分の子供であると確証を持てたはずがない。
「……普通はな。君は知らないだろうが、公爵家にはいくつか魔導具が貯蔵されている」
思わず、「みたいですね」と返しそうになり、「み」あたりで踏み止まった。
娼館から出たこともないバンビが、貴重で高価な魔導具の存在を知っているはずもないからだ。
「その中の一つに、対象の血縁者の数を調べるものがある。代々、家督を継いだり他所から嫁入りしてくる者に対して使用し、隠し子や不貞を調べるためのものだ」
「あぁ、それで」
ジュリオ様はコクリと頷いた。うん、イケメン。頷くだけで目の保養になりますな。
「ジュリオ様は母としか経験がなかったのに、隠し子が居ることになった、と」
「……そういうことだ。悪いが、認知などしていなかった。君の母とは一夜しか会っていないからな」
「よほど力強い種だったんでしょうね」
「…………」
その呆れ顔は明らかに娘に向ける表情じゃない気がするが、養子に入るんだしどこかでボロが出る前に全部さらけ出しておくスタイルに出るよ私は。
「ジュリオ様、今おいくつですか?」
「21だ」
「じゃあ、私は11歳の時の子供ですか。精通早いですね」
「……その、娼館育ちは皆その、君のように知識が豊富なのか?」
「えぇ、まぁ。初めて客を取るまでに、性知識に加えて、77の寝技を全てマスターさせられますから」
「…………そうか」
若干引いてる気がするが、まぁ気にしないでおこう。あなたが貰ったのは娼館育ちのバンビですから。
この世界にも四十八手のようなものが存在する。『77の寝技』と呼ばれるその技はモンテッラ秘伝の技で、娼館で生まれ育ったバンビにしか教えられない絶技である。
結局私は披露することなく身請けされたが、この技を使いこなせればそこらの娼婦は目じゃないらしい。モンテッラが性風俗店ばかりの町で最高級の娼館と言われているのは、そのような理由もある。
「そういえば私を養子にって話でしたが、認知した割に実子ではないんですね」
「あぁ、そこは君には悪いが、許してくれ。実子にしようにも妻が居ないのでな」
「娶らないんですか? ジュリオ様なら、いくらでも女が寄ってきそうなものですが」
目が肥えた転生者の私がそう言うのだ。彼は別に人格破綻者というわけでもないし、何よりこの美貌だ。悩ましげな表情も、凛々しい表情も、どれも100億点満点の超良い顔。あの、この人顔良すぎません? 私、こんな人の子供になって本当に良いの?
「…………」
しかし、ジュリオ様は私の問いに対し言葉を返さず、馬車の窓から外を眺めた。
これやっぱり、お母様のことが忘れられないんだよね。でもアナタ、ゲーム本編が始まったら普通に自分の一回り下の子にベタ惚れするのよ。分かってらっしゃる? 乙女ゲームの攻略対象なのアナタ。
「あれ、そうなると私、自分と同年代の子が義理の母になるってこと……!?」
「何を言っている」
「あ、いえ、ジュリオ様が私くらいの子と結婚したら、そうなるのかなぁと」
「……娘と同じ歳の子供に惚れるものか」
いや惚れるんですよアナタ。ベタ惚れですわよ。何せ攻略対象ですからねアナタ。
冗談は置いといて、本編開始時点で27歳のジュリオ・ヴァレンティは、たゆひつの攻略対象の中では年齢が上な方だ。
特に表ルートにおいては、最高齢である42歳の騎士団長の次。まぁ裏ルートでは379歳とか290歳とか出てくるから、10歳差程度は誤差っちゃ誤差なんだけど。
あれ、でもこの世界がたゆひつの世界だとして、どのルートに進むんだろ? 私は主人公どころか完全に作品に登場しないモブだけど、こうなると主人公も転生者だったりするのかな。
うーん、ただ転生者だと裏ルート選びそうだからほとんど関わらないような気もする。表ルートの舞台となる学園生活も、裏ルートではただの必須イベントを消化するだけの作業になりがちだ。もうスキップしまくりで、何が起きてるかすら分からないくらいね。
「ところで、私はこれから何をすれば良いんですか?」
「何を? どういうことだ?」
「え、だってその、必要だから連れてくんですよね?」
「必要……?」
困惑に表情を変え、首を傾げるその姿も素敵ですわ。
でも、なんだか嚙み合わないなぁ。だって、隠し子が居ることが判明したから――ってあれ、違うのか。隠し子が居ても、別に家に連れていく必要はないのか?
何せ、母は故人だし、種が誰だったか知る人は居ない。消去法で私を見つけることが出来たとして、だから何だという話だ。
そうなると、「私があなたの娘です!」って突然無から子供が現れるのを避けるため自分で見つけてきた――にしても、大金払って養子にする必要はない。嫁がせるとかして、目のつくところに置いておくだけで充分なはずだ。
公爵家が娼婦を養子にしたなんて知られたら、社交界の良い標的となるだろう。そんな描写はたゆひつにはなかったけど、それを言えばジュリオ・ヴァレンティ関係のイベントにおいて子供の存在など語られていなかった。もしゲーム内に存在したら――
「……リメイクか」
「リメイク?」
「あ、いえ、こっちの話です」
そうだ、そういえば、そうだった。たゆひつはリメイクされるのだ。
たゆひつが据え置きハードで発売された時、容量や締め切りまでのデスマーチなどの要因により、予定していた様々な設定やストーリーをゲームで描くことが出来なかったと関係者が語っていた。
当時から賛否両論でメディアミックスにも恵まれない作品だったし、ゲーム内で語られることのなかった設定の中に、隠し子の話もあったのかもしれない。あー、たゆひつリメイクプレイしたかったなぁ。
「娼館の常識でどうかは知らないが、私は自分に子供が居ることを知ったから迎えに来ただけだ。君を使って何かをしたいわけではない」
「どっかに嫁がせるとか、自分の手で亡き者にしてやるとかそういうのではなく?」
「ない」
「え、ジュリオ様って本当に良い人なんですね」
知ってたけど、こうしてみると本当に非の打ち所がない良識人だ。一癖も二癖もある他の攻略対象とは違うぜ。まぁ公爵家で27歳の未婚って時点で若干地雷臭いし、清純すぎるその性格から当時は闇落ちとかイベントの裏で暗躍するみたいな二次創作が多かったけど。オタクは生来逆張りが好きな生き物だからね……。
「待て、冗談じゃなかったのか……?」
「え? あ、はい、人目のないところについたら殺されるんじゃないかなーと3割くらいは思ってました」
「高すぎだろう。というか、殺すんなら大金落として身請けするんじゃなくて、公爵家の手の者使って暗殺でもした方が早いと思うが」
「それもそうですね」
あら意外。そういうことも考えられるんですねジュリオ様。血も毒も知らぬ清純なおぼっちゃまとは違うようだ。
まぁ公爵家だし、そういう貴族らしい思考もあるよね。たゆひつは別に貴族社会の身分差のようなものを題材にしたわけではなかったが、彼は攻略対象の中では裏ルートに出てくる王様幽霊の次に偉いのだ。つまり生者では一番上ってこと。
「でも、娼婦の娘を身請けなんてして、本当に良かったんですか?」
「どういうことだ?」
娼婦の身請けとは、通常妾や後妻として迎え入れることを指す。お貴族様が、それも未婚の公爵家跡継ぎが娼婦を身請けするなんて前代未聞だ。
だがジュリオ様は、公爵家の紋章が入った馬車に乗って娼館にやってきてしまった。守秘義務などあってないような世界なので、当然、彼のことを知らなかった娼婦も次の客に言うだろう。「ジュリオという貴族がバンビを身請けしていった」と。
それを聞いた者の中に、貴族ではないにせよ、貴族を相手にする商売人でも居たら、ジュリオ・ヴァレンティに行きつくのも自然な流れだ。
広まる噂は止められない。実子を娼館から救い出したという感動エピソードではなく、未婚の貴族が娼婦を身請けしたという、分かりやすい情報だけが貴族社会を巡るだろう。
「結局、私は娼婦の娘なんです。ジュリオ様が私をどう扱うつもりにせよ、そこが変わることはありません」
「……ならば、君が僕ならどうした」
ジュリオ・ヴァレンティは、親密な相手にだけ「僕」という一人称を使う。
27にもなって子供のころの一人称を使うのが恥ずかしいのか、主人公に指摘されるたび顔を赤くするが――
「先程仰った通り、公爵家の手のものを使って暗殺するのが良いでしょうか。そうですね、娼館が仕入れている食材に毒でも混ぜてみたら、真っ先に私は死んだでしょう」
つまみ食いの常習犯は伊達ではないぜ。だってこの世界、高級娼館なのに食事の質が微妙なんだよ。食材が遠方から運ばれてくるというのもあるが、調理法があまり優れていないのが大きい。だから自分で作りたくなっちゃうのだ。
たゆひつ本編で料理に関するエピソードはほとんどなかったが、主人公がお菓子を作るパートはあったっけな。砂糖をふんだんに使ったお菓子は、特に攻略対象の好感度を上げるのに便利なアイテムであった。
「それで、どうなる」
「少なくとも、隠し子騒動はなくなります」
「違う。僕の心の話だ」
「…………え?」
「君は僕が、自分の子供を自分の都合で暗殺しておいて、笑って朝を迎えられる人間だとでも思っているのか? ――思い違いも甚だしい」
「でも、それが最善で――」
「そういう者も居るだろうな。いや、現に家の者は皆、身請けすることには反対だった。仮にセラフィーナが生きていたとしても、そうだったろうな」
「じゃあ、どうして」
「言っただろう。自分に子供がおり、生きてると知れた。だから迎えに来たのだと」
ジュリオの目は、冗談を言っている目ではなかった。本当に、100%の本心でそう言っていたのだ。茶化してしまったのを反省する。この人は、本当に良い人なのだ。
「社交界でなんと言われようが知ったことじゃない。いつまでたっても結婚しない放蕩息子が娼婦に惚れ込んだと言われるだけだ」
強い口調でそう宣言され、私は思い付きだけで喋っていたのを後悔した。相手は作られたゲームのキャラクターでなく、生きた人間なのだ。
「……ごめんなさい。出過ぎたことを」
「あ、いや、すまない、叱ったつもりはないんだが……」
おろおろと、困った仕草も、素敵だわ。何て可愛い、お父様なの。あらやだ尊さのあまり一句詠んじゃったじゃないの。
「お覚悟、感服いたしました。では私も、私を救ってくれたジュリオ様の力になれるよう、精進したいと思います」
「やけに素直なんだな」
「当然です。誠意を見せられたら誠意を返すべきだと、教えられてきましたから」
「それは娼館でか?」
「…………はい」
嘘だ。それは、前世で祖母から教えられたこと。両親を早くに亡くした私を一人で育ててくれた祖母が、しきりに語っていたことだ。
「まぁ、良い。なんだ。……ところでその、ジュリオ様と呼ぶの、やめて貰えないか」
「え? あぁ、そうですよね、おかしいですよね、じゃあ、……お父様で」
自分で口に出しておきながらちょっと恥ずかしくなっちゃった。顔赤くなってない? けど良いわよね、実際そうみたいだし。ただジュリオ様呼びは公式もファンも使う愛称であったから、しばらく抜けないとは思う。ジュリオ様はジュリオ様だ。
「まぁ、うん、そうだな、それで行こうか」
照れ隠しに顔を背け、窓の外を眺めるジュリオ様の姿を見て、私は本当にゲームの世界にやってきたなんだな、と転生して10年経ってからようやく実感したのだ。
娼館で生まれ娼婦として生きていくはずだった私は、攻略対象の娘になりました。