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かつてカルト的人気を獲得した乙女ゲーム、『たゆたう羊の群れの中』。
動画サイトすらない時代に個人ホームページや掲示板で人気を博したゲームであったが、炎上が身近になったSNS全盛期の時代には絶対出せないゲームと言われていた。
通称『たゆひつ』の作中には、通常の異世界ファンタジー学園ラブコメである『たゆたう羊の群れの中』の他に、『たゆたう棺と眠る夜』という裏ルートが存在する。
裏ルートは死後の世界である冥界が舞台となり、攻略とは即ち意中の相手を浄化させることになる。
そんな裏ルートの特徴は、「画面が暗い」と言われるほどに話がずっと暗いこと。
生身で冥界と現世を行き来できる能力を持つ主人公が死者の未練を晴らしたり、死者の代わりに復讐を果たすといった、全体を通して重く暗い話となる。
そんな『たゆひつ』が、発売15周年を記念してリメイクされることが発表された。
たゆひつに嵌まりすぎて高校時代だけで同人誌を2桁出してたななんて若かりし頃を思い出しながらそのニュースを見ていた私は、前方不注意の車に轢かれて即死した。
――して、今に至る。
*
「リサ! アンタまたサボってんのかい!?」
前世の記憶を持ったまま転生した私は順風満帆な異世界生活――とはいかなかった。
この世界に生まれ落ちて10年経った今も、私の知る異世界に転生したのかすら分からないような生活をしているからだ。
「サボってない!」
「ほらとっとと出な! 今日は上客が来るって言っただろう!? アンタら客も取れないバンビだって買われるかもしれないんだよ!」
そう言って台所からつまみ出され、他の子供達と一緒に荷物のように運ばれていく。
私――リサが生まれ育ったのは、町一番の娼館だった。
娼館で生まれ育った者は、町の中から出ることは許されない。それが規則だった。
小さなこの町の主産業は性風俗。親に売られた女やここで生まれ育った女が働く、夜も眠らぬ町である。どうやら他のいくつかの大都市の中継地点に存在しているらしく、娼館には連日数多くの男性客が訪れる。
「なにリサ、またやってたの?」
私と一緒に着替えているのは、同い年のミミという名の少女。彼女の母親は私と違って他界しておらず、まだ娼館で働いている現役の高級娼婦だ。
「うん、今度こそ上手くいくかなーって思ってたんだけど」
「あはは、リサは懲りないね。この歳になっても婆ちゃんに尻叩かれてるの、リサくらいだよ」
「あんなに叩かれたら四つに割れちゃうよ……」
「いや割れないでしょ」
二人で笑いあって、着替えを済ませる。
娼館で働くが客を取れない年齢――この町で『バンビ』とも呼ばれる年齢の子供は、私やミミを含めてほとんどが娼婦の娘である。
ちなみに男は娼館で働けない決まりになっているので、娼婦が男児を生むと即座に売られる。私達はあと数年で客を取ることになる娼婦予備軍だが、親の顔も見れないうちに売られないだけマシなのだ。
とてもではないが衛生環境が良いとは言えないこの世界、妊婦の死亡率は相当高い。
娼婦も避妊をしているが着床率はそれなりに高く、100人以上の娼婦抱えているこの店、『モンテッラ』でも、子を成す娼婦は毎年数人出てくる。
それでも堕胎するより産んだ方が安全と言われているくらいの衛生環境で、私は女に生まれたが、親の顔を見る前に親を失ったバンビであった。
「にしても、バンビの身請けなんて本当にあるのかな?」
「うーん、10年くらい前はあったってミレーナさんは言ってたよ」
「……ミレーナさんが言うならそうなんだね」
ミミは小さく溜息を吐いてそう言った。
ミレーナは、この娼館で働く中では、経営者である婆ちゃんの次に古株の娼婦だ。実年齢を知っているのは婆ちゃんくらいらしいが、去年30歳を迎えた娼婦が「私が生まれた頃から娼婦だったよ」と言ってるくらいの年齢である。
だが、ミレーナは年齢を思わせない美貌を誇り、常連客の多い高級娼婦の一人だ。
彼女は客を性行為だけでなく話術や楽器の演奏、将棋や囲碁にも似た盤上遊戯でも楽しませることの出来る技術を持ち、常連客には不能になった年齢のお年寄りだって多い。
「ミミってミレーナさんのこと苦手なんだよね、どうして?」
「えー、だって怖いじゃない」
「そうかなぁ?」
私にとってミレーナは、年の離れた姉のような存在だ。
けれど、ミミのようにミレーナのことが苦手なバンビは多く居る。どことなく婆ちゃんに似てるからだろうか? けれど、私が台所でコッソリ和食を作ろうとしても、婆ちゃんと違って怒らないし、楽しそうにニコニコ笑ってこちらを見ているくらいで、私にとっては悪い印象はそこまでない。
「ミレーナさんが婆ちゃんの娘だって噂、本当なのかな? リサ知ってる?」
「聞いたことあるけど、はぐらかされたよ。どうなんだろうね?」
そんな噂があるのだ。婆ちゃんは経営者になる前は娼婦だったらしいし、何十年も娼婦をしていたら子が数人いてもおかしくない。
その中に女児が居たらその子は必然的に娼館で育てられることになるし、身請けされなければそのまま成長して娼婦になっている可能性だってある。
だが、あくまでそれは可能性の話だ。バンビの中で囁かれる噂の一つに過ぎない。
「ねぇ、リサ達は今日の上客が誰か知ってる? バンビの身請けするかもしれないってことは、いつものおじさん達じゃないのよね」
着替え終わった私とミミの髪を整えてくれているのは、三つ上のエラだ。
エラは来年娼婦になるので、その前に身請けされることが出来れば――なんて夢を語っていたのを覚えている。
バンビの名前は二文字までと決まっている。呼びやすさと覚えやすさを重視しているらしい。まぁ、現役の娼婦だけで100人以上、バンビはそれより多く200人程度はおり、身請けや夜逃げや病気など、様々な要因で入れ替わる女連中全部の顔を名前を覚えるのは相当難しいと思うので、仕方ないのだが。
モンテッラでは娼婦としてデビューする時、最初に買ってくれた男性に名前を付ける権利がある。そんな決まりもあるので、最初の相手というのはかなり重要だ。
金だけ持っている精力魔人みたいな太っちょのロリコンに買われたりすると、赤ちゃんみたいな名前を付けられたりもする。その名前を一生背負って生きていくことになるので、バンビの名付け親になる権利というのは、娼館でもかなり高く売られている。
「んー、私は知らないけど、そういえば前は騎士団の人が大勢来てたよね。慰安旅行とか言ってたっけ」
私がよく潜んでいる台所の天井近くにある小窓からは、客が娼婦を選ぶための広間が僅かに見える。娼婦の身の回りの世話や掃除が主な仕事で客と関わることのないバンビは、基本的に男性を見ることはないのだ。
「あ、そうそう、今度は上官連れてきますーって言ってたよ。騎士団の偉い人なら、バンビの身請けすることもあるんじゃない?」
そう言うミミは私のように台所に潜むことはないが、母親が現役娼婦なこともあって、娼婦の待機部屋でお茶をしていることが多い。他のバンビなら出ていけと言われるところだが、ミミの母親よりランクの高い娼婦が少ないので黙認されている状態である。
「騎士団! いいじゃない!?」
「そう? 私はお母さんを買った人しか見てないけど、筋肉ムキムキで暑苦しい感じだったよ」
「それが良いんでしょ!?」
「……エラの趣味分かんないよ。リサはもっとたくさん見たんでしょ? 若くて細身のイケメン居なかった?」
「……そんなまじまじと見たわけじゃなかったけど、ほとんどムキムキだったと思う」
「そっかぁ……」
落胆した様子のミミと違って、エラはどこか嬉しそうだ。
ちなみに、騎士団と呼ばれているが、私の前世の知識で想像するような清楚な細マッチョのイケメンが大勢居る感じではない。皆ガタイがよく、イケメンというわけでもない体育会系の若い男連中といった感じだ。
日頃女断ちしている彼らは性の捌け口をこうした場所に求めることが多く、それなりに高給取りなこともあり娼婦の身請けをするケースも稀にあるが、精力魔人の相手をたった一人でこなすのは、娼館で毎日数こなすより難しいと聞いたことがある。
妾として身請けされれば良い方で、本妻候補の場合は付き合い切れないと断る娼婦も居るらしい。
「バンビの身請けって、名付けもするのかな? リサは知ってる?」
ミミが私にこうしていつも質問してくるのは、前世の知識がある私は他のバンビに比べるとほんの少しだけ物知りで、ほんの少しだけ賢いとミミに思われているからだ。
10歳になっても全然落ち着かないと婆ちゃんによく尻叩きをされているのだが。
「名付けの権利もセットで売るって聞いたよ。でもバンビの身請けって、将来娼婦になって稼いで店に落とすであろうお金を全部払わないといけないから、現役娼婦より高くなるんだよ。だから全然買われないんじゃない?」
「へー。でもほら、憧れない? 実は俺がお前の父親だったんだ! とか言って若いイケメンが現れるみたいな」
「誰が父親かなんて分かるわけないでしょ……。それに若いイケメンって言っても、私達の父親だったら最低でも30歳くらいにはなってるからそこまで若いとは言えないんじゃない?」
「あー、それもそっか……」
娼婦によっては、あえて避妊をせずに行為をするケースがある。
大抵惚れ込んだ相手と一緒になるためだが、そんなことをしても身請けしてくれる男は多くないし、婆ちゃんにバレると系列店の下級娼館に送られてしまうのでかなりリスクが高い。それでも意中の男と一つになるため、娼婦は今日も小技を使う。私の前世の知識で言えば、ゴムに穴を開けるようなアレだ。
「これが終わったらミミは広間の掃除、リサはフェリチタさんのところにお手伝いに行って。3時にはもう一度集まって、身だしなみ整えたらお客さん迎えるわよ」
「「はーい」」
ここは娼婦の町。私達は刻一刻と近づく娼婦までの道を、ゆっくりと上り続けている。
そう、この日までは、私は一生をここで生きていくのだと思っていた。
漫画もゲームもアニメもないこの異世界で、娼婦として過ごす未来だけを見ていたのだ。




